7人に1人、日本に約1700万人いるとされる「境界知能」の人たち。
言語化が苦手、仕事の段取りを覚えられない、行動がワンテンポ遅い、対人関係の距離感が極端、金銭管理ができない、ダマされやすい……困っているのに気づかれなかった人々の実態とは?
注目の新刊『境界知能の人たち』では、当事者を見てきた第一人者の医師が、全体像をわかりやすく解説する。
(本記事は、古荘純一『境界知能の人たち』の一部を抜粋・編集しています)
2つの愛着障害
タイチもダイチも、乳児期しばらくは母親が養育をしたようですが、愛情をもって接していたとは言い難く、乳児期後半の愛着が形成される大事な時期に母親がいなくなりました。
祖父はダイチには暴力をふるわなかったものの、ダイチは兄が怒鳴られたり殴られたりする様子をみて、幼児期から不安が強いような状況でした。
祖母は愛情をもって育てていました。2人も祖母との関係は理解して「ばあちゃん」と呼んでおり、父母に見捨てられた経験はわかっているようでした。このような経過から、タイチもダイチも愛着障害ということができそうです。
タイチは誰にでもなれなれしく近づくような脱抑制性の愛着障害、ダイチは対人関係に極度に緊張する抑制型愛着障害と考えられますが、2人とも就学前は医療機関を受診せず、特段の支援も受けていませんでした。
個人差があるため一般論になりますが、愛着障害があると、対人関係を築くことが苦手で、気分の変調を訴えやすく、自己肯定感を保つことが難しくなります。
タイチもダイチも真逆の個性のように思えますが、根底にはこのような困難さがあったのでしょう。
タイチは中学からいわゆる不良仲間と交流していますが、友だちが欲しかったためであり、自分の弱みを隠したかったのではないでしょうか。
もう1つの共通点は、2人とも境界知能ということです。
自身に生じた困難さについて、他人に説明したり、援助を求めたりすることができません。
タイチは窃盗の共犯で何回か補導されていますが、主犯格のメンバーに言いくるめられて、見張りをやったり、実行役を押し付けられているようでした。仲間の中で最初に補導されたのもタイチだったとのことです。
それでも仲間に利用されているという実感はなく、仲間関係を維持したいため、グループから抜けることなく、非行を繰り返していたようです。タイチは中学卒業後も進学や就職をせず、祖母の家にも寄り付かなくなりました。
一方のダイチは、他者と交流すること自体が苦手でした。学校に行っても友だちと話すこともなく、また勉強もわからないため、自信がまったく持てない状況でした。
ダイチは「先生(私)とだったら話ができるけど、ほかの人と話をするのは怖い」「自分には何もとりえがない」などと述べていました。ダイチの話を否定したり励ましたりすることはなく、ただ聞くだけの診察がしばらく続きました。
その後に、ダイチに質問をしても「いつも通りです」「大丈夫です」と、他者に弱みをみせない、助けを拒否する様子もありました。
就労や人づきあいには自信が持てない
祖父が亡くなった後、祖母と2人は生活保護を受けていました。タイチは進学せず、ダイチは不登校状態を呈していましたが、祖母が学校と積極的に相談できず、教育機関のサポートは受けていません。
祖母は、タイチが犯罪者になるのではないか、ダイチが自立できるのかを心配していました。ダイチは通信制の高校に在籍していますが、不安が強いため、通学や受診の際にも祖母が付き添っています。
私は祖母に対して「おばあちゃんのできることはすべてやってこられたと思います。タイチもダイチも2人の人生を歩むことになるでしょう。ダイチは医療機関など相談機関につながっていますし、自分で相談する力もできています。おばあちゃんも心配でしょうが、どうかご自愛ください」と助言しています。
それでも祖母は、今は年金と生活保護でダイチを養育しています。「ダイチは何も支援を受けることができないのでしょうか」と心配はつきないようです。
ダイチは祖母の気持ちは理解できるものの、就労や人づきあいには自信が持てず、高校卒業後も見通せない状態ですが、自分で話ができるようになりました。祖母には、精神障害者保健福祉手帳の申請に関する話をしていますが、就労や進学を考える状況ではなく、ダイチも手帳の申請を望んでいません。
【解説】愛着障害のきょうだいの事例です。愛着障害は、発達過程で対人関係の築きかたや、自己理解、感情のコントロールに困難さをかかえることがあります。加えて境界知能であれば、その困難さは深刻になる一方で周囲から理解されにくくなります。2人の特性が愛着障害によるものなのか境界知能によるものなのか区別することはできませんが、より手厚い理解と支援が必要です。
さらに「日本に1700万人いるとされる「境界知能」の人たち…当事者を見てきた医師が明かす「その実態」」では、7人に1人いるとされ、知的障害と平均値のボーダーにある境界知能の実態に迫っていく。