先物市場においては、情報のわずかな変化が、先物価格の大きな変動を引き起こす可能性がある。ホルムズ海峡閉鎖に伴う原油価格上昇と、その後のトランプ発言などを受けての低下は、このようなメカニズムによって引き起こされた現象だと解釈することができる。こうした状況は、中東情勢に関して、今後もあり得ることに注意しなければならない。
3月10日、原油価格が低下した
原油価格は、2026年初めには1バレル60ドル前後であった。ところが、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃により急上昇し、3月9日には1バレル119ドルになった。しかし、11日には急落して83ドル程度になった。一時は、76ドルとなった。これは、過去2番目となる下落幅だ。
ところで、ここで言及されている「原油価格」とは、WTI(West Texas Intermediate:アメリカのテキサス州やニューメキシコ州周辺で産出される、高品質の原油)の先物価格であり、原油の現物の価格ではない。
つまり、今回の原油価格変動事件は、原油の現時点での取引において、供給が減ったり、あるいは需要が増えたりしたことによって価格が変動したというよりは、主として先物価格の変動なのだ(ただし、ガソリン価格も上昇しており、高市首相は、「石油備蓄を放出する」と3月11日に表明した)。
先物契約とは、将来の特定の月(限月)に、あらかじめ定めた価格で商品を売買することを約束する契約であり、その契約が取引される場が先物市場だ。上で述べたのは、WTIの翌月渡しの先物だ。
満期まで契約が保有された場合には、売り手は原油を引き渡し、買い手はそれを受け取って決済が行われる。売り手は自ら保有する原油を引き渡す場合もあるし、市場から調達する場合もある。
もっとも、実際の先物市場では満期まで契約が保有されることは少なく、多くの場合は満期前に反対売買が行われ、差額決済によって取引が終了する。
先物市場があるのは価格変動リスクを回避するため
先物市場が発達したのは、将来の価格変動リスクに対処するためである。
例えば、1ヶ月後に原油が必要となる企業を考えてみよう。1ヶ月後に現物市場で購入するなら、その時点の価格がいくらになるかは現時点ではわからない。したがって価格変動のリスクを負うことになる。
しかし先物市場があれば、1ヶ月後に原油を購入する価格を現時点で固定することができる。これによって将来の価格変動リスクを回避することが可能になる。
先物価格は、現物価格、金利、保管費用などを反映して決まる。したがって、先物価格が現物価格より高い場合もあれば低い場合もある。
様々な商品について先物市場が形成されている。これによって、経済活動に伴うリスクを回避することができる。
現物資産売買によっても将来の不確実性に対処できる
原油のように保存可能な商品については、先物市場がなくても、ある程度は将来の不確実性に対応することが可能だ。
例えば、将来原油価格が上昇すると予想する企業は、現時点で原油を購入して備蓄することができる。しかし、そのためには貯蔵施設が必要であり、保管費用や資金コストなどの負担が生じる。
これに対して、先物市場を利用すれば、現物を保有することなく将来の購入価格を固定することができる。したがって、先物市場は備蓄に伴うコストを負担せずに価格変動リスクを管理する手段を提供する。
この意味で、先物市場は不確実性のある経済活動を円滑に進めるうえで重要な役割を果たしてきた。
先物取引は投機にも使われる
以上で見たように、先物取引は、価格変動のリスクに対処するための手段として発達したものである。しかし、それだけでなく、投機目的にも利用される。
例えば、原油価格が将来上昇すると予測する投資家は、現時点で原油の先物を買うことができる。もしその予測が正しければ、満期時の原油価格は契約時の先物価格より高くなり、その差額が利益となる。
このように、将来の価格変動を見越した取引によって利益を得ようとする行為が、先物市場における投機である。
こうしたことのために、わずかの条件の変化でも敏感に反応して、先物価格が大きく上昇したり下落したりすることが起こり得る。今回のホルムズ海峡閉鎖問題も、その一つの例だと考えることができる。
すなわち、ある時点から、作戦の完了に時間がかかるという可能性が広がった。それは、将来時点における原油供給の減少を意味するだろう。その通りになるとすれば、将来時点における価格が上昇することになる。
したがって、先物を買う動きが急増した。これがWTI先物価格を、3月6日の80ドル程度から9日の119ドルにまで急上昇させた原因であったと考えられる。
ところが直後に、トランプ大統領が「イランへの軍事作戦は間もなく終結するだろう」と述べたことから、原油価格は90ドル台にまで下落した。
紛争長期化の見方が後退し、将来時点における原油価格の上昇はさほど大きくないという見方が広がったためであろう。このために、投機的な先物買いの需要が減ったのだと考えることができる。
先物価格は誤った情報によっても影響を受ける
3月10日にWTI先物が一時70ドルまでに下落したのは、「米海軍がホルムズ海峡を通過するタンカーの護衛に成功した」と、米エネルギー庁長官がXに書き込んだためだ。これによって、直前まで85ドル前後だった価格が急速に下落したのだ。ただし、この情報は誤りで、同長官はXの投稿を削除した。ホワイトハウスのレビット大統領報道官は、「米海軍はタンカーや船舶を護衛していない」とした。これを受けて、価格は85ドル前後にまで戻った。
この場合、現物市場において、需要や供給が実際に変化したために価格が変動したのではない。
このように、先物価格は、誤った情報によっても、大きく変動しうるのである。
現物に対する需要も、将来の見通しによって影響を受けたり、誤った情報によって影響を受けたりすることもありうるだろう。ただし、それよりも先物価格の変化はずっと大きいはずである。
もしそうであれば、先物取引は、価格を安定化させるだけでなく、価格の変動を大きくする場合もあるということになる
ホルムズ海峡閉鎖のような問題は、過去にも例がない事態であり、実際に閉鎖がどの程度の確率であり得るか、閉鎖が行われた場合に、現実にどの程度の供給減が生じるかなどについて、見通しが立ちにくい状態にあった。
そうしたことがあるため、先物価格の大きな変動が生じたと考えられる。こうした状況は、中東問題に関連して、今後もあり得ることに注意しなければならない。
実際、イランは、湾岸諸国のエネルギー関連インフラに攻撃を加えている。これに対する湾岸諸国の対応も複雑だ。カタールは、イランが攻撃を正当化しようとするいかなる説明も拒否するとした。サウジアラビアは、自国を守るためにあらゆる措置を取る権利があると述べた。他方で、オマーンは、ハメネイ師の後継となったモジタバ師に祝電を送った。このように、湾岸諸国をめぐる不確実性も拡大しており、わずかな動きが原油先物価格を大きく変動させかねない状況が続いている。
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