2月29日にアメリカはイスラエルと共にイラン攻撃を開始。最高指導者ハメネイ師の殺害には成功したものの、トランプ大統領が口にした「短期終結」はまだ見えない。むしろ長期化の様相を呈している。
アメリカが踏み込んだ泥沼の地政学的構図を解説する。アメリカが置かれた状況については、【前編記事】「イラン攻撃で新たな泥沼に陥ったアメリカ、この先に凋落が待っている」を参照。
イスラエルはアメリカ「勢力圏」の飛び地
トランプ大統領は、「モンロー・ドクトリンのトランプ・コロラリー」を掲げ、西半球世界における卓越した地位の回復と確立を目指している。ただしそれは、必ずしも西半球以外の地域におけるアメリカの関与をすべて放棄するという意味ではない。
西太平洋側にある日本のようなアメリカの同盟国や、大西洋の東側にある欧州の同盟国との関係は、引き続き維持されることになっていた。これらの同盟諸国が位置する地域は、いわばアメリカの広い「勢力圏」の外周部分と認識されるはずである。
同じように地理的には西半球を飛び出していながら、明らかにアメリカの「勢力圏」に属していると言える国がイスラエルである。イスラエルは、アメリカの「勢力圏」の飛び地である。
イスラエルとアメリカとの間には、深い宗教的・文化的・経済的・人的結びつきがある。その観点から、アメリカにとって負担が大きくても、保護の対象から決して外さない「飛び地」としてのイスラエルの特別な位置づけは説明可能である。
ただし、より鳥瞰的な地政学理論の観点からも、「飛び地」としてのイスラエルの位置づけを説明することも可能である。
イスラエルは、ユーラシア大陸から突出した「橋頭保」であるアラビア半島の付け根に位置し、ユーラシア大陸とアフリカ大陸を結ぶ回廊にもあたる。海洋国家(シーパワー)は、大陸へのアクセスを確保するために、「橋頭保」として概念化される半島部分を重視する。アラビア半島もまた、ユーラシア大陸から突き出た「橋頭保」の一つである。イスラエルは、海洋国家が、アラビア半島の付け根に打ち込んだ影響力確保のための楔だと言える。
「英米系地政学理論」の枠組みでは
第二次世界大戦以降のアメリカの外交安全保障政策の枠組みは、「英米系地政学理論」の概念構成によって成り立っている。
アメリカは海洋国家として、他の海洋国家および沿岸国との同盟ネットワークの形成・強化に利益を持つ。海洋国家群は、大陸を支配しようとまではしないが、大陸が単一勢力によって独占的に支配されることは防ごうとする。大陸へのアクセスを否定されてしまえば、海洋国家群は圧倒的に不利な状態に陥るからである。そこで半島部分の「橋頭保」を重視し、大陸へのアクセスを確保する政策をとるようになる。英米系地政学理論の見方では、海洋国家群にとって、「橋頭堡」重視は、それが大陸から拡張してくる勢力を封じ込める最も合理的な方法であると想定された。
「モンロー・ドクトリン」のような19世紀の「偉大なアメリカ」の政治外交思想との親和性が高いトランプ大統領は、20世紀以降の海洋国家群が形成した同盟ネットワークを支える英米系地政学理論の世界観を、必ずしも忠実には受け入れていない。ただし、既存の同盟ネットワークを破壊してしまおうとするほど急進的でもない。結果として、地理的には西半球の「大陸主義」にとどまらず、太平洋と大西洋の両岸にまで 延びるアメリカの「勢力圏」も維持しようとしている。
イスラエルに対しても、ときにあえて距離をとるような態度を見せることはあったが、基本的にはアメリカにとって特別な保護対象国であるという考え方を引き継いでいる。その背景に独特の宗教観や政治的打算があることは言うまでもない。「エプスタイン・ファイル」事件の影響を指摘する声も多々ある。そうした複合的要素をすべてあわせるなら、「トランプ版モンロー・ドクトリン」もまた、「飛び地」でありながら特別な重要性を持つイスラエルという国家の保護を、自明の前提として含み込んでいる。
つまり伝統的な英米系地政学理論の世界観を相対化して、「圏域」思想を重視しているようにいるように見えるトランプ大統領も、イスラエルを取り込んだアメリカの広範な「勢力圏」の確立には、意欲を見せる。そのため、イスラエルの存在に対する脅威とみなすイランを、徹底して敵視し、機会を見て攻撃しようとするのである。
ハートランドとしてのイラン
英米系地政学理論の伝統において最も重要なハルフォード・マッキンダーの1904年の論文「歴史の地理的回転軸」に掲載された地図を見ると、ロシアの領土に相当する地域とあわせて、現在のイランの領土もまた「回転軸地域(Pivot Area)」として扱われていることがわかる。
これは、イランのテヘラン近辺に相当するカスピ海の南側までが、ユーラシア大陸中央部から続く広大な平野部となっている地理的条件にもとづくものと思われる。20世紀前半の国際政治の動向をふまえて、ロシア帝国の影響力がカスピ海南側まで及びがちであることも考慮されていたのかもしれない。ただ、地政学理論の観点からは、基本的には両者はほぼ同じことを意味している。
ペルシャ湾沿岸部は山岳地帯であり、大きな政治共同体が生まれにくい。そのため、「回転軸地域」、すなわち「ハートランド」の南端にあたる現在のイランのテヘラン地域に存在する政治共同体の動向は、「ハートランド」南側の境界領域の動向に大きな意味を持つことになる。
かつて「ハートランド」から発したモンゴル帝国は、現在のイランの領土まで版図を広げ、巨大な世界帝国となった。ロシア帝国もまた、国力を充実させて南方に拡大するにあたり、イランを通過してペルシャ湾に到達するルートに大きな魅力を感じた。19世紀に、ロシア帝国とペルシャは二度にわたって戦争を行い、勝利したロシアはペルシャそのものは支配しなかったものの、コーカサスを獲得した。
その一方、海洋国家(シーパワー)群は、ペルシャ湾へのアクセスを確保するため、沿岸国イランを勢力圏に取り込みたいという願望を持つ。それによって中央アジアから中東へとつながる地域との円滑な交易を推進し、ハートランド勢力が大陸全域を支配してしまうことを防げたいからである。こうした事情から、イランでは大陸国家(ランドパワー)と海洋国家(シーパワー)の間のせめぎあいが生じてきた。
1907年の英露協商は、現在のイランにあたるペルシャの北部をロシアの「勢力圏」、南部をイギリスの「勢力圏」と定めた。つまりイランは、大陸国家ロシアと海洋国家イギリスがせめぎあう「グレート・ゲーム」の最前線といってよい地域であった。20世紀初頭には、「勢力圏」の分割によって均衡が保たれる仕組みになっていたのである。
その後、イランでは1925年に軍人レザー・ハーン(のちに皇帝として即位し、レザー・シャー)が権力を掌握して成立したパフラヴィー朝の時代となり、イギリスの影響力が強まった。さらに20世紀後半にはアメリカの影響下に置かれる国となった。その後、1979年のイスラム革命まで、イランはイギリス・アメリカという海洋国家の前線基地としての役割を担った。冷戦勃発後も、1979年まではハートランドのソ連の影響力拡大を封じ込める重要な存在と認識されていた。
孤立した反米国家としてのイランの時代
1979年のイスラム革命によって、イランは一気に中東有数の反米国家へと生まれ変わった。その際の444日間に及ぶ米国大使館員人質事件は、アメリカ人にとって歴史に刻まれる屈辱の記憶である。イラン革命防衛隊とアメリカとの敵対関係は、この時から続いている。
もっとも当初のイランは、他の大国に接近することなく、孤立したイスラム主義政権であった。1980年代を通じて続いたイラクとの戦争は、イランを疲弊させた。イラクとの戦争の過程で、ペルシャ湾に機雷を敷設したイラン海軍と、それを問題視したアメリカとの間で1988年に軍事衝突が起こった際には、アメリカが圧勝し、イラン海軍は壊滅的打撃を受けた。
ただし、1990年代に冷戦終焉と湾岸戦争後の圧倒的影響力の高まりを享受していたアメリカは、イランとあえて全面的に事を構えることはせず、厳しい経済制裁によって封じ込める政策をとった。
2001年の9・11テロ後、アメリカのジョージ・W・ブッシュ大統領は、「対テロ戦争」の軍事作戦を開始するにあたり、イラク、北朝鮮とともにイランを「悪の枢軸」の国と呼んだ。9・11テロ事件とイランとは直接関係がなかったが、反米国家イランはテロ組織とともに「悪」として十把一絡げに扱われたのである。アメリカは、アフガニスタンとイラクというイランを挟み込む東西の隣国に軍事攻撃を仕掛け、占領または疑似占領状態に置いたため、イランには大きな圧力がかかった。
イランの勢力拡大と存在感の高まり
こうした状況の中で、イランとロシアは次第に接近していく。具体的なきっかけとしては、2011年の「アラブの春」の動乱が押し寄せた後、内戦状態に陥ったシリアをめぐって、ロシアとイランがともにアサド政権を支える側に回ったことが挙げられる。シリア内戦を通じて、ロシアとイランは期せずして準軍事的パートナーとなったのである。最近では、ロシア・ウクライナ戦争をめぐり、イランがロシアにドローンを供給し、両国がさらに軍事面での協力関係を深めたことも観察されている。
ただし、その背景にはより大きな地政学的構造がある。ロシアはプーチン政権成立直後には親米的な姿勢を示し、9・11テロ事件後しばらくは、イスラム過激派勢力との戦いでアメリカと共闘する構えを見せていた。しかし、NATO拡大政策や、アメリカの支援があったとされるジョージアやウクライナにおけるカラー革命などを通じて、プーチン大統領は次第にアメリカへの不信感を強めていく。そうなれば、ロシアがハートランドの南端に位置する反米国家イランと接近することは、構造的にはほとんど必然であった。
さらにイランは、シリアのアサド政権のみならず、イエメンのフーシー派、レバノンのヒズボラ、ガザのハマスなど、反イスラエル・反アメリカの立場をとる非国家勢力とも緊密な関係を築き、それらを支援するようになった。アラブ世界の反体制諸勢力を支援しているのはイランである、という構図が固まっていった。
そこでイスラエルは、「アブラハム合意」の流れを作り、イランを警戒するアラブ諸国をイスラエル側に引き寄せる外交努力を進めた。こうして中東におけるイランとイスラエルの対立は、アラブ諸国政権と非国家勢力との対立に連動し、さらにその背後でアメリカとロシアの確執とも結びつくようになった。
加えて、21世紀に入って中国が超大国化するにつれ、中国にとって重要なエネルギー供給源国としてのイランの意味も高まった。国内ではウイグル問題を経済開発によって乗り越えつつ、一帯一路を通じてイスラム圏諸国との緊密な関係を構築していった中国にとって、イランは重要なパートナー国となった。こうして、米中という二大超大国間の確執の構図にも、反米国家イランの存在が重なり合っていくことになった。
BRICSメンバーとしてのイラン
2022年以降、メンバー国の急拡大を始めたBRICSに、イランはいち早く加入することになった。ロシアとも中国とも良好な関係を持つイランであれば、その流れは当然であったとも言える。
BRICSは、決して軍事同盟組織ではない。ただ、共通の利益はある。アメリカを中心とする欧米諸国の制裁から逃れるための互助的関係を、平時から作っておくことである。
2022年以降、改めて苛烈な欧米主導の経済制裁に直面したロシアは、中国やインドとの貿易関係を生命線として、制裁の影響を抑え込むことに成功している。イランは、長期にわたってさらに苛烈な経済制裁の対象となってきた。それでもイランが現在の戦争でアメリカとイスラエルに軍事的に対峙できているのは、ロシアと中国というBRICSのパートナーとの間で築かれた反経済制裁の紐帯があるからだ。
BRICS諸国は、大陸系地政学理論が強調する「圏域」思想を重視する傾向がある。中国は、自国の確固たる勢力圏を東アジアに持ちながら、一帯一路政策を通じてユーラシア大陸の外周部に沿った自国の「勢力圏」の確立を目指している。ロシアは、自国の確固たる勢力圏をユーラシア大陸中央部に持ちながら、中東を貫いてアフリカへと延びる影響力の拡大を画策している。イランは、地域レベルで有力国の一つとなりつつ、BRICSのパートナーであるロシアや中国の外交政策の中で確固たる地位を築くに至った。
こうしたイランの大陸系地政学理論における位置づけと、英米系地政学理論の視座から見たイランへの強い警戒心は、今回の戦争を通じて浮き彫りになった構造的背景だと言える。
イランの存在を軽視してはいけない
イランは、おそらくアメリカが第二次世界大戦あるいは朝鮮戦争以降に戦った相手の中で、最も手ごわい部類に入る敵であろう。アメリカが度重なる軍事介入で相手にしてきた小国群とは、規模も実力も異なる。トランプ大統領は、その点に関する認識が甘かったと思われる。
さらに深刻なのは、トランプ大統領と歩調を合わせるように、高市政権の日本政府関係者が、あたかもイランを孤立した小国であるかのように扱おうとしているように見えることである。イランの過小評価は、重大な外交上のミスにつながる恐れがある。高市政権の親米一辺倒の路線では、なかなか容易ではないだろうが、本来であれば、可能な限り、より慎重な姿勢で中東情勢を見守ったほうがよい。
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