【前編〈小島耕社長インタビュー〉チーム人件費J1最少の水戸ホーリーホックは百年構想リーグをどう乗り切るのか?より続く】
ホームスタジアム変更問題
2026年明治安田J1百年構想リーグに参戦中の水戸ホーリーホック。今回の特別大会は90分勝利が600万円、PK戦勝利が400万円、PK戦負けでも200万円の賞金が入るというレギュレーションになっている。
小島耕社長も「2025年J2優勝の賞金が2000万円だったので、90分で4勝すれば、それを上回る金額になる。我々にとっては勝ち点1がすごく重要なんです」と強調する。
3月1日までの4試合は1勝3敗の勝ち点4。稼いだ賞金は800万円という状況だが、ここから順位を引き上げ、より多くの賞金を稼いでいくことが理想的。そうなれば、夏開幕の26-27シーズンの補強に投じられる資金も多くなる。そこでJ1残留を果たし、最高峰リーグでの基盤を確立することが、水戸にとっての最重要命題なのである。
クラブの命運がかかる重要なシーズンに、彼らはホームスタジアム変更という大きな一手を講じることになった。
水戸はこれまで水戸市南西部にあるケーズデンキスタジアム水戸を本拠地としていた。同競技場の収容人数は1万152人。屋根もメインスタンド側のみで、いずれもJ1ライセンス基準の1万5000人を満たしていなかった。
最寄りの水戸駅から約9キロというアクセス面の課題も以前から指摘されていた。公共交通機関がほぼ使えないため、移動は車に頼らざるを得ない。となれば、試合当日の周辺道路は大渋滞に陥る。そこはいかんともしがたい状況だったのだ。昨年のJ1昇格争いの真っ最中、小島社長はこう語っていた。
「現時点ではJリーグからクラブライセンス交付規則に則り、例外適用が認められ、『J1ライセンス』が付与されていますが、昇格から3年以内にスタジアム建設予定地と基本計画を提出し、さらにその5年後には供用開始が求められています。
そのスタジアム計画をまとめるのはかなりの難題です。我々のホームタウンは水戸市や日立市など茨城県の15市町村となっていますが、地方は人口減が急激に進んでいる。そこに200億円以上かけてスタジアムを新設するのは、あまりにもリスクが高い。現実を踏まえながら、いろんな議論をしていく必要があります。個人的には既存施設の改修を含め、さまざまな可能性を検討したほうがいいと考えています」
移転で入場料収入は2倍以上に
そのまま2026年へと突入。茨城県や水戸市と善後策を協議したところ、新シーズンからは那珂市向山にある水戸信用金庫スタジアム(笠松運動公園陸上競技場、略称=笠松)をメインで使うことが決定。2月27日に正式発表されるに至った。
笠松は1974年と2019年の茨城国体の会場で、水戸ホーリーホック自身も2009年まで本拠地として使用していた。収容人員は2万2000人。ケーズデンキスタジアム水戸の2倍近い規模。より多くの集客が期待できるのは大きなメリットと言っていい。
屋根はメイン側のみ。さらに言うと、アクセス面もJR東海駅から徒歩30分。やや遠いが徒歩圏ともいえ、水戸市内や首都圏から出向くサポーターにとって、公共交通機関で行き来がしやすくなるのも確かだろう。
水戸市民から見ると「ホームスタジアムが離れてしまう」という一抹の寂しさや不便さがあるのかもしれないが、J1基準を満たす既存競技場があるのだから、わざわざ新設しなくていいというのが自治体やクラブ側の共通認識ではないか。改修費用についてはクラブ側が負担し、8月までに万全の体制を整えていくことになる。
こうした方向性が明確になり、小島社長も安堵しているに違いない。
「2025年度の売上高は過去最高の15億5000万円程度に達しました。前年が12億2000万円だったんで、130%弱の成長度です。今年8月から開幕する26-27シーズンは、25億円超の予算を組む予定です。
J1に上がるとリーグからの分配金が増えますし、前回もお話しした通り、スポンサー収入も大幅増額が実現する見込みです。今のところ、8億円から14億円くらいにアップすると見ています。
そして、笠松移転によって入場料収入も現在の2億円弱から約5億円へのアップを見込んでいます。J1になれば、集客力のある浦和レッズや同じ茨城県の鹿島アントラーズを筆頭に人気クラブが数多くある。アウェーのサポーターもかなり来てくれると期待しています。
ただ、スタジアム周辺は、ホテルが少ないのが課題ではあるんです。国営ひたちなか海浜公園は春がネモフィラ、秋がコキアやコスモスの人気が高く、夏は音楽フェスがあるので、そういう時期と試合が重なると厳しいですね。ただ、我々がJ1に上がったことで、地域経済の流れが変わるきっかけになればいいと前向きに考えています」
地方クラブがトップに居続けるために
しかしながら、サッカークラブの経営は勝敗に左右される部分が大きい。かつてJ1で戦っていたヴァンフォーレ甲府や大分トリニータもJ2降格から長い時間が経ち、クラブ経営規模も下降線を辿っている。2015年と2019年に2度の最高峰リーグ参戦を果たした松本山雅FCに至っては近年、J3に低迷。売上規模も2024年度は14億円程度と一時より半減してしまっている。巨大な経営母体を持たない地方クラブがトップに居続けるのは極めて難しいのが実情なのだ。
「26-27シーズンを25億円でスタートした場合、110%の成長を5年間継続できれば、31-32シーズンには40億円規模になる。その水準は今の京都サンガFCやアルビレックス新潟くらいなんです。我々より1年前にJ1初昇格を果たしたファジアーノ岡山も2025年度の1年だけで15億円以上の収入アップを果たし、売上高35億円超に達したと聞いています。
そういうレベルに上り詰めて、初めてJ1定着が見えてくる。仮に一時的にJ2に落ちたとしても、すぐに再昇格できる基盤を持ったクラブになれるんです。その領域を目指して、ひたすら成長を続けていくしかない。今はそう考えています」
水戸ホーリーホックの生き残る道
成長を続ける当たり、まず考えなければならないのがファン層の拡大だ。水戸はJ1昇格争いを演じた2025年でも1試合平均観客数が6006人とまだまだ少ない。J1昇格後、初のホームゲームだった2月22日のジェフユナイテッド千葉戦は9675人と満員御礼の数字を記録したが、もっともっと新たな観客を掘り起こしていく必要がある。今後は人口減も想定される中、その作業は一筋縄ではいかなそうだ。
「水戸ホーリーホックの名前を知っていても、まだ試合に行ったことがないという地元の人々はまだまだ非常に多いと僕自身は感じています。『強くなったら見に行くよ』という声も聞いていたんで、追い風が吹いているこのタイミングで来ていただいて、サッカーの魅力を体感し、恒常的に来ていただけるように導いていけたら理想的ですね。
僕自身も鉾田市で育った少年時代にカシマスタジアムでヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)のカズさん(三浦知良=福島)、ラモス(瑠偉)さん、北澤(豪=日本サッカー協会参与)といった選手たちを見て、『こんな田舎町にスターが来るんだ』と感動した記憶がありますけど、サッカーを通してそういう喜びや興奮を味わっていただけるはず。J1初昇格というのは、絶好のチャンスなんです」
今の水戸には、93年Jリーグ発足当初のカズやラモスのようなスーパースターはいない。それでもここまで3ゴールを叩き出している加藤千尋、2年前の大分では出場ゼロだったGK西川幸之介、1年前まで作業服店に従事していたフォファナ・マリックのように「今からブレイクする選手」が数多くいて、一緒にチーム・選手を育ていける楽しみや喜びはある。地域活動に熱心な水戸は、一般のファンと選手が触れ合えるチャンスも多い。そういう意味でも応援しがいのあるクラブであることは間違いないだろう。
「まだまだ埋もれている選手は日本中に沢山いると僕らは考えています。そういう選手の力を最大限生かしながら、しぶとく勝っていけるチームを作ることしか、水戸の生き残る道はありません。みんなが浦和レッズやFC町田ゼルビア、ヴィッセル神戸のようにお金を投じて有名選手を獲得できるわけではないですし、違ったやり方があることを我々は示したい。1つのモデルケースを作っていければいいと考えています」
「地元で堂々とお酒は飲めません」
小島社長が何があっても常に前向きなスタンスで居続けられるのは、自身の異色のキャリアによる部分も大だろう。
エルゴラッソ時代も映像制作会社時代も「いつどうなるか分からない」という不安定な環境の中で、前進し続けるしかなかった。浮き沈みがある人生を生き抜いて、愛されるクラブの経営トップとして働けていることは、彼にとって大きな幸せに他ならないはずだ。
「正直、水戸にいると堂々とお酒を飲んだりもできないですよ(苦笑)。地元には知り合いだらけですし、何をしていてもすぐに人の目に留まる。チームの結果が出なければ批判的な目線も向けられますし、”胆力”がなければできない仕事ですね。
それでも僕は水戸に関われることを本当に有難いと感じています。正直、実家を出ていった30年前には地元に戻って働くなんて考えたこともなかった。こういう立場にいると想像したこともありませんでした。それが巡り巡って今、水戸というクラブにいる。実家の母親もJ1昇格をすごく喜んでくれましたし、中学・高校時代の仲間も応援してくれている。そういう仕事ができることを心から感謝して、これからも足を止めることなく前進し続けていきます」
小島社長のようなユニークな人材がけん引する水戸というクラブの動向は興味深いところ。今後のさらなる進化を楽しみに待ちたいものである。
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