2025年の「今年の漢字」は「熊」。(※1) 全国でクマの出没や人身被害が相次ぎ、もはや地方の個別事例ではなく、日本社会全体のリスクとして認識され始めている。その背後には、山の実りを奪い、生態系を大きく揺るがす地球温暖化がある。陸で顕在化しているこの異変は、海でも確実に進行している。
こうした危機感のもと、国連「1.5℃の約束」メディアコンパクトの一環として、絵本『あちちち地球とだいじなやくそく! ニコとサクの大冒険』が刊行された。主人公は、温暖化の“悪役”と見なされがちな二酸化炭素。存在意義を見失った二酸化炭素のニコが世界を旅するなかで見つけた答えとは何か。なぜ今、CO2の視点から物語を紡いだのか。
地球温暖化の現状を発信し続ける国連広報センター所長・根本かおる氏と、海の変化を現場で見つめ続けてきたさかなクンが、「地球の健康状態」をどう読み解き、いかにして絶望を希望へと変えていくのか──対談は、そんな問いから幕を開ける。
【『あちちち地球とだいじなやくそく! ニコとサクの大冒険』あらすじ/主人公は二酸化炭素のニコ。悪者扱いされて教室を飛び出す。そこで出会ったサクと、ボトル号で一緒に旅に出ることに。】
※1 2025年の「今年の漢字®」|「今年の漢字®」ゆく年、くる年、伝える一字|公益財団法人 日本漢字能力検定
夏は暑すぎて外で遊べない…地球の「今」
──まず、「世界の現状を日本に伝え、行動に促す」立場の根本さんの目には、今の『地球の健康状態』はどう映っているのでしょうか。
根本かおるさん(以下、根本さん):まさに、この本のタイトルですよね。「あちちち地球」。もう、地球はその状況にあります。2024年の地球の平均気温は、産業革命前と比べて1.55℃も上昇し、観測が始まって以降最高、そして2025年についてもトップ3に入る暑さとなりました。(※2)
大気だけでなく、海水温も上昇しています。海水には熱をためこむ性質があるので、さかなクンの専門でもある海の生き物にも、大きな影響を及ぼしているんです。
子どもたちにとっても、夏は暑すぎて外で遊べない、ブランコやすべり台を触ると火傷してしまう──そんな状況が当たり前になりつつありますよね。
それから、去年から今年にかけて注目された「クマの被害」。これも気候変動を背景に、クマたちが主食にしていたどんぐりや果物が育たなくなり、エサを求めて町や村にまで出てくるようになった結果です。(※3) ありとあらゆる形で、気候変動が私たちの暮らしに影響を与えているんです。
※2 WMOは2024年を産業革命前より約1.55°C高く、記録上最も暖かい年と確認しました
※3 近年、クマ被害が急増している理由 気候変動による影響は? – ウェザーニュース 出典:森林総合研究所
──最近の漁や潜水を通して、さかなクンが感じている「ギョギョッとした異変」についても教えてください。お魚たちにとって、どのような状況なのでしょうか?
さかなクン:近年の気温と水温の上昇は、本当に著しいものがありますね。たとえば、さかなクンの地元でもあります千葉県館山市の漁師さんのお船に乗せていただき定置網漁業の網に入るお魚を見ると、「ギョギョギョ~! 南の海のお魚ちゃんがいっぱいだ~」という状況もギョざいます。
「ぐるくん」(※4)の名で沖縄県の県魚として有名なタカサゴちゃんやその仲間が、千葉県の漁師さんの定置網にたくさん入ることもあります。房総半島の海の中を、実際に潜ってみると、以前は海藻が生い茂っていた藻場が減り、サンゴの海へと変わっています。枝サンゴやテーブルサンゴが広がる光景は、まるで南の海のようです。(※5)
泳いでいても、かつて多かったメバルちゃんやアイナメちゃんなどの磯魚より、チョウチョウウオやスズメダイちゃんの仲間など、カラフルな南のお魚たちを目にする機会が増えてきました。
私たち人間にとっては、数℃の変化でも、自然界の生き物にとっては、暮らす場所そのものがガラリと変わってしまうほど大きな出来事なんです。
根本さん:特に、日本のまわりの海は海水温の上昇が激しいですよね。
さかなクン:そうなんです。海域によっては海水温が数度上がっているといわれます。(※6) 海の生き物の多くは変温動物ですから、水温の変化は体温の変化になります。海水温が高いと、私たちにとって「これは高熱だ~」という状態になってしまうんです。そうなると、しっかりと泳げる生き物たちは生息地を変えなければいけない。より北へ、より深い場所へと、近年、生息域を変えているお魚たちも知られています。
根本さん:それで、北海道や東北で獲れる魚が変わってきているわけですね。
さかなクン:そうなんです。北海道の海は、暖かい海で獲れていたブリちゃんやマンボウちゃん、シイラちゃんといったお魚が漁業でも多く獲れるようになったといわれています。(※7)
※4 沖縄県のシンボル/都道府県情報/全国知事会
※5 地球温暖化で海藻が減る?|国環研View LITE 出典:国立環境研究所(NIES)
※6 (1)我が国近海等での海洋環境の変化:水産庁 出典:気象庁(海洋の健康診断表)
※7 図特-1-7 日本近海の平均海面水温の推移 出典:水産庁「水産白書」
根本さん:漁師さんは、どう対応しているんですか?
さかなクン:これまでシャケちゃんが獲れていた漁場の多くが、シャケちゃんではなくブリちゃんに変わってきているそうです。日本には昔から「北から東はシャケちゃん、西はブリちゃん」という食文化がありました。
さかなクン:ブリちゃんは美味しいお魚であることは間違いないので、北海道の地域によっては、最初は普及を目的に学校給食に取り入れられたそうです。すると、ブリちゃんは北の海を回遊するあいだに、プランクトンちゃんや小魚ちゃんやイカちゃんなどをたっぷり食べて、ものすギョく脂がのって美味しく、今では北海道産のブリちゃんはとっても人気で喜ばれます。
多くの生き物は、気候変動によって暮らす場を変えていきます。私たちも、昔からの食文化を大切にしながら、移り変わる「暮らし方や食」のあり方を見つめ直して、柔軟に変化させていくことが大切だと思います。
加速する環境変化が平和な日常をおびやかす
ブランコが触れないほど熱くなる夏も、住宅地にまでクマが出没する異変も、そして海で進む魚たちの生息域の大きな移動も──いずれも私たちの日常と地続きで起きている現実だ。
世界の最新動向を発信する根本かおる氏と、海の変化を現場で追い続けるさかなクンの言葉は、「地球はすでに変化の段階に入っている」という、静かだが重い事実を突きつける。
では、加速する環境の変化に対して、私たちはどのように向き合い、行動すべきなのか。
次回は、魚や食卓の変化を手がかりに、日々の暮らしのなかで実践できるアクションについて、二人とともに考えていく。
続く【日本の魚5000種のうち食卓にのぼるのはたった30種──“静かな異変”の正体はあなたの食卓に潜んでいる】はこちらから。