結婚式をあげようと考えたカップルが、式場を予約し、実際に挙げるまでに、平均してどれくらいの時間がかかるかご存じだろうか。結婚式のプロデューサー歴11年、現在は無料で結婚式相談を受けたり、式場選びを手伝ってくれる「トキハナ」所属の渡辺優子さんによれば、「平均1年~1年半」かかるという。
もちろん無駄に長いわけではない。
ジューンブライドに代表される、梅雨のないヨーロッパでも気候のいい6月が人気なように、日本は秋が人気。遠方から来てくれるゲストのことを考えれば、週末か祝日がいいだろうし、六曜(先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口)と呼ばれる暦注の一つを考慮すれば、さらに選択肢は狭まる。
人気の式場ともなれば、1年先まで予約が入っているのは、珍しいことではない。
だが、時には理想の結婚式にこだわる以上に優先したいこともある。
たとえば、大切な家族の健康に問題があったら。半年、1年先の式まで、今の健康状態が保てないとしたら。
現役プロデューサーの渡辺優子さんが、後悔のない結婚式にするためのヒントをお伝えする連載。
今回は進行性の認知症と診断された60代の母親を持つ新婦からの相談を例に、お客様目線で解決策を渡辺さんの寄稿でお届けする。
渡辺優子
LINEでできる無料の式場探し「トキハナ」のウエディングプロデューサー。これまでに1000組以上の結婚式を手がけたウェディング業界のスペシャリストとして、お客さまと直接対話し、結婚式のスタイル、サービスなどを企画提案する。
同性婚、地域格差、障碍者など多様なカップルや家族に触れる中で、結婚式の可能性と課題を感じ、すべてのパートナーシップを尊重し、一人ひとりの選択を後押しするため、「トキハナ」に入社。お客さまの希望を言語化し、形にする高いスキルと評判は、プロデューサー歴11年で養った深い共感力のたまものである。
結婚式までに親が病気になってしまったら
結婚式の相談のなかで、「病気」は言葉にしづらい難しい問題のひとつだと思います。
当事者である新郎新婦はもちろん、婚約から結婚、式場予約から結婚式当日までに、平均1年〜1年半程度という長い時間がかかるため、家族が病気になってしまうことも決して少なくありません。さまざまな事情から「そこまで時間がかけられない」人もいます。
今回紹介するのは、そんな時間の問題を抱える花乃さんと健一さんです。晩婚化が進み、親が高齢になってから結婚を迎える今の時代、決して特別なケースではありません。
知人の紹介で出会ったふたりは、男子校出身で男性中心の仕事場で働きながら、30代の大半を親族の介護に捧げてきたため、女性との出会いがほとんどなかった健一さん(42歳)と、家族の問題から、自分の幸せに消極的になっていた花乃さん(36歳)。どちらも初婚です。
最初に相談に来た時の健一さんは、坊主に近い短髪で、色褪せたジーンズと履き潰したスニーカー姿。冬なのにセーターの袖をまくり、あまり外見には頓着しない様子。一見ぶっきらぼうにも見えましたが、話してみると、感情が素直に表情に表れる裏表のない人です。
一方の花乃さんは、黒髪のミディアムヘア。しっかりアイロンのかかったベージュのシャツとミモレ丈のスカートにローヒールをあわせていました。いわゆる優等生タイプのしっかり者の雰囲気です。
似たもの親子ゆえの激しいバトルで冷戦関係だった母
花乃さんの家庭は、複雑な事情を抱えていました。
花乃さんが中学生の時に、母親がお金、生活、仕事全てにおいてだらしなかったという父親と離婚、そこから母子二人三脚で生きてきました。
けれども、母娘揃って意志が強く、負けず嫌いの似た者同士ゆえ、激しくぶつかり、互いに相手を論破するまで折れないため、高校時代から20年近く、喧嘩しては口を利かない冷戦期を繰り返してきました。
そのため、外では「しっかり者」として振る舞いながら、母との関係に問題を抱え、内と外で違う顔を使い分けることで自分を守ってきたと言います。悩みがあっても決して人に話さなかった彼女が、人生で初めて「素の自分」をさらけ出すことができた相手。それが、「戦友のような、親友のようなパートナー」と花乃さんが紹介する健一さんでした。
そんなふたりからの相談は、花乃さんの母親のこと。異変を感じたのは、8ヵ月ほど前だと言います。
関係性が悪かったとはいえ、賢く、頭の回転が速かった母親に対しては一目置くところもあった花乃さん。ところがその頃から母親の話が噛み合わなくなり、突発的に声を荒らげて花乃さんに当たり散らすようになったというのです。
花乃さんは当初、「更年期障害か、娘に対する甘えやわがまま」だと思っていたそうです。しょっちゅう顔を合わせ、しかも1対1で向き合うことの多い家族が、「病」のサインに気づくのは、意外に難しいものです。
花乃さんは実家から30分ほどのところに住んでおり、一人暮らしの母親を心配して電話をかけるのですが、そのたびに口論になってしまう。
母親の主張する内容がころころと変わったり、かと思えば妙に落ち込んだり。そんな状態の母親が気掛かりだったといいます。
しかし、心配をすると「年寄り扱いをして!」と怒りだす。10年ほど前、母親が50代のころ、似たようなことがあった気がするけれど、それとも何か違う気がすると感じ、実家へ帰る頻度を増やしたそうです。
母親に下された診断は進行性の認知症
健一さんには、親族の介護の経験がありました。花乃さんから話を聞いて、もしかしてと思い、「一度診てもらおう」と伝えました。
健一さんの提案を受け入れた花乃さんですが、「病院に行こう」と言っても、あの母親が素直に聞き入れてくれるはずがありません。「みんなで健康診断に行こう」という口実で病院へ連れだしました。
結果、下された診断は進行性の認知症。60代という若さでの発症は進行が早く、医師からは「1年後には、娘である花乃さんの認識すら危うくなる可能性がある」と告げられました。
仕事を続けながらの母親の介護は難しく、進行の早さと母の安全を考え、花乃さんは断腸の思いで母親の施設への入所を決めました。決して捨てるのではない、母娘としての関係がこれ以上悪くしないために下した、苦渋の決断でした。
施設への入所と同時に、健一さんと入籍することも決めました。交際当初から結婚を前提に考えてはいたものの、特に急ぐ必要もないと思っていたふたりが「家族」になることを選択したのでした。
そしてまた、結婚式は行いたいと。
「娘だと分からなくなる日が来る」恐怖
なぜ、この状況で結婚式をしようと思ったのでしょう。私が尋ねると、花乃さんはこう答えました。
「これから母の記憶は失われていく、残酷な未来を歩むことになります。いつか私を娘だと分からなくなる日が来るかもしれない。その恐怖を一人で背負うには、あまりに重すぎました。
だから、母が私を認識でき、言葉を交わせる間に結婚式を挙げ、私たちの結婚を認め、喜んでくれている母の姿を自分の目に焼き付けておきたかったんです」
それは、これから先、介護や別れといった困難に直面したとき、花乃さんが『私は愛されていた、お母さんに祝福されたんだ』と立ち返るための、いわば「心の拠り所」を作る作業だったのでしょう。
また健一さんにとっても、重要な儀式でした。
「何があっても僕が花乃を守る。お母さんの代わりに、これからは僕が彼女を支えていく覚悟を、お母さんの目の前で誓いたかった」といいます。ふたりにとっての結婚式は、華やかなパーティーではなく、これからの未来を共に生き抜くための「決意表明」そのものでした。
健一さんの目には、強い意志が宿っていました。私と向き合った時のその目はとても真剣で、自分たちが考えるような式が実現可能なのかを問い、確信を求めるかのようにじっと私を見つめたことを覚えています。
ふたりが望む最良の形にするためには、「何ができるか」ではなく、「何をしなくてすむか」を軸に考えてもらうのがいい。通常の結婚式で当たり前にされていることが、ふたりの考える「未来のための決意表明」に相応しいかどうかを一から見直したかったからです。
ふたりの希望ははっきりしていました。
・豪華な演出はいらない。
・1年以内、できれば半年以内に挙げること。
・母親が混乱せず、体力的にも無理なく、穏やかに過ごせること。
・進行性の認知症であるため、結婚式当日までに母親の状況がどこまで進んでしまうかわからない。友人は呼ばず、ごくごく身内だけ、極力人数を絞ること。
・式の内容も一から考えることにしました。
花乃さんの母親にストレスフリーで参加してもらうためには、ハード面のケアも欠かせません。車椅子を使用するため、バリアフリーの会場はマスト。最寄り駅からの動線も調べました。
こうしたことを考慮し、私は挙式+司会者なしの会食の「家族婚」を勧め、親族紹介、お色直し、ヘアチェンジ、手紙朗読などの長時間の難しい演出はすべてカットできると説明しました。
「ただ、僕たちの誓いを見届けてほしい」
相談が終わると、ふたりはご提案させていただいた形に納得された様子で席を立ちました。その後健一さんのご両親のもとを訪ね、自分たちの決意を伝えたと言います。
花乃さんの母親の病状を伝え、体調を最優先にしたいから、式は短時間で挙げたい、費用は自分たちで負担するからご祝儀もお祝い金も辞退したいこと、認知症が進んでいる母親に配慮し、家族以外は呼ぶつもりはないこと、だから畏まって紋付きや黒留袖を着る必要もないこと。そしてこう付け加えたと言います。
「ただ、僕たちの誓いを見届けてほしい」。
本来、健一さんのご家族は親族付き合いを大切にした、ごくごく当たり前の家庭です。親心としては「もっと盛大に祝ってあげたい」「きちんと親族にもお披露目したい」という葛藤もあったはずです。けれど、ふたりの並々ならぬ覚悟を前に、ご両親は「ふたりで決めたことなら」と、すべてを受け入れてくれました。
新郎側の出席者は両親と姉、姉の夫と子供1名、新婦側は花乃さんと母2名という小さな式ですが、母親のヘルパーさんにも出席してもらうことを決め、式にかかる全体の費用は、ふたりで折半することにしました。
これで万事整い、ようやく肩の荷をおろしかけた矢先、おふたりから驚きの連絡を受けました。
花乃さんの母親が、結婚式に反対したというのです。「式なんて出ない」「人がいるところに行きたくない」「お金の無駄だ」と花乃さんを罵倒。その後、何度か施設に面会に行き、冷静に伝え直しても、ますます態度を硬化させたと言います。疲れ果てた花乃さんは、「もう呼ばなくていいかもしれない」とまで漏らしていました。
「挙式は私の自己満足で、母を困らせているだけなのかもしれない」と。
◇花乃さんの母親を慮っての結婚式の招待状を持っていったふたりに、突然怒り出した母親。その理由はなんだったのか。
渡辺さんのサプライズで明かされた母親の胸の内。そして結婚式の行方は、後編「母から拒絶され揺れる花嫁。進行性認知症の60代母の隠した本音と36歳新婦が決めた結婚式の形」でくわしくお伝えする。