アメリカとイスラエルによるイラン攻撃が始まって以来、SNSにはフェイク映像が溢れている。しかし、本当に厄介な問題は、「本物の映像」が他人に都合よく使われ、多くの日本人が偽物の感動に踊らされていることだ。
前編では、「イラン全土で祝賀ムード」と拡散された映像の出元がアメリカの保守系メディアだった例など、その手口を検証した。
たとえ映像は事実でも、映像が示す内容や意味は、赤の他人に都合よく丸ごとすり替えられている。後編では、こうした「事実の編集」が日本のSNSで横行し、私たちの判断力を奪い、日本人自身が誤った情報をお互いに拡散し合う様子を見ていく。
【前編記事】『イランの「ハメネイ師死去で祝賀」映像は本当か…?情報の出元を探ってみてわかったSNS社会の深層』よりつづく。
「イランと左翼が手を組んでいる」という珍説
イラン攻撃が報道された直後から、日本のXにはこんな投稿が溢れた。
「日本の左派がイラン擁護に回るのは、イランが旧東側の金融コアだからだ。政権が倒れたらギャラが出なくなるんだろう」
SNSには、このような陰謀論めいた投稿が一定数存在する。国際情勢が動くたびに「裏の繋がり」を断定し、それらしい物語を作り上げるアカウント群だ。多くの人はスルーするが、普段こうした投稿に触れていない人が不意に目にすると、「そういう裏事情があるのか」と信じてしまうことがある。だが、イランの近現代史を少しでも知っていれば、この説がどれほどバカバカしいかわかる。
というのも、端的に言えば、イランの現体制と左派は「敵同士」だからだ。1979年のイスラム革命の後、新体制は共産主義者や左派を真っ先に弾圧し、多くが処刑・投獄された。日本の左派も、イランの体制から逃れてきた難民の支援に関わることが多く、現体制には否定的な立場が主流だ。つまり「左翼=イランの味方」という図式は、歴史的事実とまるで合わない。
だが、こういうナラティブはSNSでウケる。なぜか。楽だからだ。
「イラン=悪」
「攻撃に反対する人=イランの手先=左翼=金で動いている」
多くの読者にとっては、上記の図式はすんなり頭に入ってこないだろう。しかし、一部の人々にとっては、この一本道が通れば、ごちゃごちゃした中東情勢を考える必要がなくなり、脳のエネルギーを節約できる。快適なのだ。
しかし、歴史を知らないまま飛びついた〈敵味方論〉は、結局のところ誰かに判断を丸投げしているのと同じだ。自分では「真実を見抜いた」つもりでいても、実際には誰かが用意したストーリーに乗っかっているだけ。要するに、脳を乗っ取られているのだ。
SNSには、こんな投稿もあった。ある投稿者がイラン料理屋に行って、店主と「アメリカひどいよ!」と盛り上がったエピソードを書いた。日常のワンシーンだ。するとこんなリプライがついた。
「私の親戚の旦那はイラン人だが、イスラム政権から逃れてアメリカに来た人だ。イスラムを甘く見るな。いつ暴れ出すかわからないから気をつけろ」
料理屋の雑談が、一瞬で「イスラム教徒は危険」に化けている。しかもこのリプライ主のプロフィールを見ると、パレスチナへの剥き出しの憎悪が固定ツイートに並んでいた。
「信頼できそうな人」が一番ヤバい
イランへの攻撃開始以来、SNSで活発に投稿しているアカウントのなかには普通の人々もいる。仕事や留学でイスラエルに滞在したり、イスラエル人の家族をもち現地に住む日本人だ。
空襲警報が鳴って子供を抱えてシェルターに駆け込む。不安な夜を過ごしながら家族への愛を語る。スーパーの棚が空になった写真を上げる。──どれも本物の体験だ。嘘じゃない。読んでいるわれわれも「大丈夫かな」と心配になる。
だが、その投稿の合間に、ふっと別の顔が覗く。「向こう側」の言葉が混じる。イランの民間人が何百人も死んでいることには一言も触れず、イスラエル側の被害だけは克明に描写する。「自称専門家を信じるな」「政府が”大丈夫”と言ったら信じろ」と書く。
もちろん、ある世代から上の日本人なら、「戦争の時に政府ほど信じられないものはない」ということを戦争当事者の体験談やフィクションなどを通じて知っている。今の40代以上なら映画『風が吹くとき』(1986年)を思い出すかもしれない。
この作品は、核戦争を描いたイギリスのアニメーション映画だ。善良な老夫婦が政府の「核攻撃対策パンフレット」を信じ、その指示通りにドアを外して立てかけてシェルターにする。パンフレットに書いてあるから大丈夫。そう信じたまま、二人は被曝して死んでいく。政府の言葉を疑わなかった善良さが、そのまま命取りになる物語だ。
善良な人ほど、権威の言葉を疑わない。しかし、情報戦では「信頼できそうな人の口から出る、考えるのをやめさせる言葉」が武器として使われる。そして、その善良だが有害な言葉の拡散ツールとしてSNSは最適なのだ。
もちろん、デマをふりまく素人には注意が必要だが、権威の妄信もいけない。「その投稿が本当に信頼できるかどうか」を常に疑う姿勢が欠かせないのだ。
SNSで盛んに拡散されている投稿の一つに「イランでシーア派を信仰する人はわずか3割」という調査結果がある。この投稿は、たいてい英語の円グラフとともに拡散されている。
この調査自体は、ウソではない。オランダの研究機関GAMAANが2020年に実施したものだ。だが、オンライン調査のため回答者は都市部・高学歴・高所得層に大きく偏っている。しかもこの研究機関は、イランの体制転換を目指す米国政府系の人権団体とのつながりが報じられている。
調査は本物だ。データも存在する。だがそのデータが「イランの国民全体」であるかのような顔をして投稿された瞬間、それは学術研究ではなく情報操作になる。ゲームのフェイク映像なら笑って済ませられる。しかし、本物のデータ、本物の涙、本物の体験談、すなわち「事実」で武装された投稿は、ファクトチェックの網をもすり抜ける。
いま、スマホの中で戦争が起きている
ここまで読んできた人は、もう気づいているだろう。「イランと左翼が組んでいる」のは嘘だが、フェイクではない。歴史を知らないだけだ。
料理屋の雑談を「イスラム教徒は危険」に変換するリプライは、嘘じゃない。ただの偏見だ。シェルターから投稿する「普通のお母さん」の話に嘘なんかひとつもない。本物の恐怖だ。「シーア派はたった3割」の調査データは実在する。ただし調査の偏りは伝わっていない。
これらの投稿すべてが「事実」の形をしている。だからファクトチェックではひっかからない。これが、2026年の情報戦だ。嘘をつく必要がない。「本物」を並べ替えるだけで、人の頭の中を好きなように書き換えられる。
このような状況で、SNS利用者にできることは一つだけだ。
衝撃的な映像を見て、感動して、怒って、リポスト(拡散)ボタンに指が伸びた瞬間、その指を一秒だけ止めること。「誰が撮った?」「誰が流してる?」「なんのために?」この3つを自分に聞くこと。
答えが出なくてもいい。出ないほうが正常だ。「すぐに答えを出さない」という勇気。敵はわずか数秒で、私たちの思考を奪いにくる。安易に投稿を拡散しないことだけが、スマホの中の戦争に巻き込まれないための唯一の方法だ。
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