アメリカとイスラエルによるイラン攻撃。最高指導者ハメネイ師をはじめとした指導部の殺害により、世界は「いよいよ第三次世界大戦か」という不穏な空気に包まれつつある。
一方、SNSには正反対の雰囲気の投稿も多い。
「イラン全土で祝賀ムード爆発」「ペルシア人とユダヤ人がロンドンで抱き合う歴史的瞬間」といった、イランを支配してきた「悪の」体制が、いよいよ崩壊しつつあるという喜びの投稿だ。そうした投稿が映像と共に、各国語に翻訳、拡散され、なかには感動してリポストした人も多いだろう。
だが、その映像の出元を辿ると、見えてくる景色はまったく違う。
流れてくる投稿が本物の映像、本物のデータ、本物の涙で、「事実」であることに変わりはない。ただし、その事実を誰が撮影し、誰が編集し、何の目的で流しているかは問われない。──つまり、映像の「意味」だけが、撮影者とは無関係な第三者によって丸ごとすり替えられている。悲しみの涙が「歓喜の涙」に、沈黙が「反乱の叫び」に入れ替えられているかもしれないのだ。
本記事では、いまSNSで拡散されている「感動の映像」や「衝撃のデータ」の出元を一つひとつ辿り、その裏に何があるのかを検証する。見えてくるのは、映像そのものは本物なのに、意味だけが書き換えられるという、ファクトチェックでは見抜けない新しい情報操作の手口だ。
──スマホは、すでに戦場になっている。
「祝賀映像」の出元を辿ってみた
アメリカとイスラエルによるイラン攻撃開始直後から、Xには大量の映像が溢れかえっている。
イラン国内で人々がハメネイ師の像を引き倒す映像。街頭で歓声を上げる群衆。たいていは国外の人が拡散した映像だ。そのキャプションには日本語で「イラン全土で祝賀ムードが爆発的に拡大」などと書いてある。
しかし、筆者がある投稿の映像の出元を確認すると、Right Angle News Networkというアメリカの保守系メディアだった。日本語に翻訳して拡散しているのは、ユーザー名に親トランプ団体Turning Pointの名を冠した日本語アカウントだ。
他にも、ロンドンで「ペルシア人とユダヤ人が仲良く盛り上がっている」映像が「歴史的な瞬間」として拡散されている。イランとイスラエルは長年敵対関係にあったが、両国の国民同士が抱き合う姿は「憎しみを超えた和解」の象徴に見える。 いい話だ。人種と宗教を超えた友情。泣ける。リポストしたくなる。
だが、この映像の投稿者はイラン系の名前のアカウントで、撮影者も場所も経緯も不明だ。もし本当に「ペルシア人とユダヤ人の和解」を象徴する場面だとしても、「誰がこの場を設定したのか」という疑問が残る。
慎重な人はこう考えるハズだ。「確かに、そういう事実もあるだろう。しかし、すべてではない」と。例えば、2011年以降ブームとなった脱原発運動では、金曜日の国会前は群衆で埋まった。そこだけ見た人のなかには「いよいよ日本も原発をやめそうだ」と思った人もいただろう。でも、歩いて10分ほどの有楽町では、サラリーマンたちが会社帰りによっぱらっているいつもの光景があった。そこには原発の「げ」の字もなかった。
1960年の安保闘争の時、時の総理大臣・岸信介は「国会周辺は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつも通りだ」と発言して非難を浴びたが、実にその通りである。
映像による印象操作の典型例は2003年、イラク戦争の開戦直後にバグダッドでフセイン像が引き倒された映像だ。この映像は、「イラク国民の歓喜」として世界中に配信された。だが後になって、あの「歓喜の群衆」がごく少数の人々によるもので、米軍が演出に関与した事実が判明している。
今回も、ハメネイ師の死を喜ぶ人がいたのは事実だろう。だが、「一部の現場」を「全土の祝賀」にすり替えてはいけない。
テキサス州知事もゲーム映像に騙された
侵略が始まって数日で、SNSには早くも真偽不明な映像、そして明らかなフェイク映像も大量に出回っている。しかも、フェイク映像のなかにはAIを使わず、めちゃくちゃ低レベルなものも山のようにある。
例えば「ドバイのCIA本部が炎上」として流れた映像は、2015年のマンション火災だった。イランの反撃によるアメリカの「空母エイブラハム・リンカーンが撃沈」に至っては、軍事シミュレーションゲーム「Arma 3」の映像だ。米中央軍は「リンカーンは被弾すらしていない」と公式に否定している。
低レベルなフェイク映像でも、ひっかかる人はいる。テキサス州の共和党知事グレッグ・アボットは、テキサス州の共和党知事グレッグ・アボットは、テキサス州の共和党知事グレッグ・アボットは、第二次世界大戦を題材にしたゲーム「War Thunder」の映像を本物の戦闘映像と思い込み、「Bye bye(ざまあみろ)」とコメントつきでリポスト。すぐに気づいて投稿を削除したが、赤っ恥をかいている。
じつは、こういう「バレバレのフェイク」は、まだマシだ。ファクトチェックで潰すことができるからだ。問題は、先に述べた「祝賀映像」のように、映像そのものは本物なのに文脈だけが操作されているケースである。
2025年6月の「12日間戦争」(イスラエルによるイラン攻撃)の際、イスラエルのインターネット協会(ISOC-IL)が行った偽情報の調査によれば、生成AI画像を用いた偽情報は全体の2割程度に過ぎなかった。
つまり、残りは本物の映像に、偽った文章を添えたり、別の場所・時間の出来事として投稿されたわけだ。SNSの情報戦は、巧妙な生成AI動画というよりも、より簡単で雑な「事実の編集」へと移行しているのだ。
誰が「イランの女性は解放を望んでいる」と言ったのか
「事実の編集」の手口を、もうひとつ見てみよう。
3月2日のアジアカップ開幕戦で、イランの女子サッカー代表が国歌斉唱を「拒否した」映像がSNSで拡散された。「これこそ真のフェミニズムだ」「勇気ある抗議だ」と称賛のリプライが殺到した。
というのも、イランでは女性の権利が厳しく制限されており、2022年にはヒジャブの着用をめぐって若い女性が死亡したことをきっかけに大規模な抗議運動が起きている。そうした背景があるため、女性選手が国歌を歌わなかったことは「体制への抵抗」として受け止められたのだ。
かっこいい。感動する。フェミニストから保守的な思想の人まで、みんな思わずリポストしたくなるだろう。
でも、このニュースの大元は、アメリカの保守系メディアFox Newsの「国歌斉唱を拒否──沈黙の抗議」という記事である。記事本文は、歌わなかった事実を描写し、ハメネイ師殺害のタイミングを並べ、「沈黙がすべてを物語っている」と結んでいる。
「体制への抗議」とは一言も書いていないが、読んだ人間がそう受け取るように書かれている。それに対してSNSで「これこそ本物のフェミニズムだ」と称賛が殺到、拡散されているというわけだ。
だが、別のメディアは同じ映像をまったく別の意味で書いている。「自国が爆撃されているさなかでの沈黙」つまり体制への反抗ではなく、戦争そのものへの悲しみとして報じたのだ。同じ「歌わなかった」という事実が、書き手次第で「独裁への反乱」にも「反戦の涙」にもなる。そして選手たち本人は、何も語っていない……。
もう一つ、筆者がSNSで見つけたのは「イランのキリスト教徒は戦争による解放を望んでいる」という投稿だ。独裁体制に苦しむ宗教的少数派が、アメリカの介入を待ち望んでいる……映画なら泣ける展開だ。
ところが、この投稿に対して、お隣イラク・キリスト教徒財団(Iraqi Christian Foundation)がSNSで怒りを表明した。「アメリカの福音派が、勝手にイランのキリスト教徒の声を代弁するな」というのだ。
そもそも、イランに暮らすキリスト教徒はアルメニア使徒教会やアッシリア東方教会の信徒で、2000年近く続くかなり古い伝統的なキリスト教の信者だ。キリスト教のなかでも新興宗教に近いアメリカの福音派とはまるで別物である。
最近では、イランの体制に嫌気がさして福音派に改宗する伝統的キリスト教徒も少なからずいるようだが、それでも上からミサイルを浴びせられて「救いが来たぞ〜!!」と歓喜するとは思えない。
ここで注意すべきは、「イランのキリスト教徒は解放を望んでいる」と投稿しているのは、イランの当事者ではなく、アメリカの福音派系のアカウントだということだ。
「当事者の声」を名乗る奴らが、実は当事者を何度も殺してきた側だった。この構造を見ずに「感動した」「勇気ある」とリポストすることが、どれだけヤバいか。おわかりいただけるだろうか。
【つづきを読む】『イラン情勢をめぐるSNS上の情報はなぜ「デタラメ」だらけなのか…「スマホのなかで戦争が起こっている」もうひとつの戦争』