保護犬、猫の譲渡では、老齢は絶対的に不利になると言われている。多くの里親希望家族は、「子犬や子猫など、なるべく若くて人懐こく健康な子」を要望するからだ。
そう話すのは、動物支援団体「ワタシニデキルコト」代表の坂上知枝さんだ。
病気や障害のあるシニアの犬猫は、さらに譲渡が難しくなる。
そんな背景を誰よりもよく知っていながら、坂上さんは愛護センターからの相談で推定年齢10歳の保護犬てんてんを引き出した。放置すれば、今後殺処分の可能性も考えられたからだ。
前編「クリスマスの日に赤い首輪をつけたまま収容された豆柴。尻尾はちぎれ、鳴き声もあげない推定10歳の老犬の運命」では、シリカ結石と片方の睾丸に腫瘍、さらに初期の僧帽弁閉鎖不全症が見つかったてんてんが、優しい預かりさん宅での生活を経て、理解ある里親に譲渡されるまでをお伝えしている。
保護犬猫の世界で言えば、シンデレラストーリーである。だが、そんな幸運はまれな話しだ。
保護活動の現場を伝える連載の後編では、ワタデキが保護したもう一匹のシニア犬について、詳しくお伝えする。
子どものころから捨て犬や捨て猫を見過ごせず、保護しては世話をし、新しい家族につなげてきた坂上知枝さん。2020年9月に、動物支援と保護を目的とする一般社団法人「ワタシニデキルコト(ワタデキ)」を立ち上げた。
本連載は、東京・千葉・福島などの保健所や愛護センターと連携し、ボランティアメンバーたちとともに、犬や猫の救助、ケア、里親探しに奔走する日々を、ワタデキで坂上さんとともに活動するメンバーの視点から伝える。
背中に傷を負った迷子の犬
ゴンは2022年4月9日に背中に大きな傷を負いウジが湧いた状態で倒れていたところを発見され、福島県のセンターに収容された。推定8歳のオスの中型犬。
首輪を付けていたので迷子犬だとは思われたが、結局飼い主は現れなかった。
背中の傷を手術で縫って塞ぎ、現地の保護活動家からの相談で、同年7月、ワタデキにやってきた。
ワタデキが「動物保護団体」ではなく、「動物支援団体」を名乗る理由はここにある。自分たちが保護した動物だけでなく、他団体や個人の保護活動家の手には余る相談にのったり、企業からフードやシートの寄付があった時に、個人で保護活動を頑張る人に支援したりと、保護動物に関わるさまざまな立場の人も含めた保護活動全体を支援する体制を取りたいと思っているのだ。
相談をくれた保護活動家の方からの文面が残っていたので抜粋する。
「背中の傷がかなり大きく残ります。ガッツリ毛を剃っているため、果たしてきちんと生えてくるかどうか? という心配もあります。
そういう犬を果たして望む人間がいるだろうか? とセンターの皆さんは不安視されていました」
「センターでは小学校の教室訪問の際、子供たちの心をわしづかみにしていたとのお話でした。人懐っこいとても良い子だそうです」
外飼いでずっと係留されていた疑いが…
実際ワタデキにやってきたゴンは、痩せて傷も痛々しいものの、非常に温厚で他の動物にも優しい性格だった。
「ゴンちゃんは声をかけてもあまり反応をしませんでした。耳が遠いというのもありますが、きっと今まで名前を呼ばれたり声をかけてもらった経験がなかったのでしょう。名前という概念すら知らないようでした」(坂上)
いったいゴンは、飼い主にどんな飼い方をされていたのだろう。
ゴンはメンバーである坂上の妹のK宅が預かることになった。
当初は犬用フードを嫌って食べず、試行錯誤の末、パンだけは食べることが分かったので、それを工夫した手作りご飯を与えていた。排泄もさまざまなところでしてしまい、理由なく同じ場所をぐるぐると回るなどの不思議な行動も目についた。
「外飼いでずっと係留されていたから、同じ場所をぐるぐる回ることしかできなかったのではないか? そして発達に問題もあるのでは? というのが我々の見解でした。こだわりが強くマイペース。そんなゴンちゃんに対して妹のKはとにかく声かけを続け、甲斐甲斐しくお世話をしていました」(坂上)
それから数ヵ月経ったころ、ゴンに変化があった。
「その日はドッグランに連れていきました。私たちから離れてドッグランの周りを延々と歩き回るゴンに向かって『ゴンちゃーん!』と呼びかけると、嬉しそうに振り返ったのです!」(坂上)
耳が遠く、名前という概念すら知らなかったゴンが自分の名前を認識していることが分かった喜ばしい出来事だった。
自分の名前を認識できるようになったゴンは、それから少しずつ言葉に慣れ、家庭犬としての生活にも慣れていった。食餌もKの創意工夫のおかげで少しずつ改善し、犬用のフードや煮込んだ野菜や肉なども食べられるようになった。好きなおやつもできた。同じ場所をぐるぐる回るのは、寝転がる前の10分程度にまで減った。
坂上さんに撫でられ、嬉しそうなゴン。
決してお世話は楽じゃないけど
「譲渡会を開いたりと里親探しを頑張ってはみたのですが、肺も悪いし、怪我の影響で足腰も弱いなど、健康体とはいえない上に、意思の疎通にも時間がかかるゴンちゃんなので、妹も私も心のどこかで、譲渡は難しいかもしれないなと思っていました」(坂上)
里親希望者が現れないまま1年が過ぎ、2年が過ぎ……Kはゴンを正式な家族として受け入れることに決めた。
現在、ゴンのこだわりはさらに磨きがかかり、段差に躓いたり、認知症かと思うような様子も見られ始めてはいるが、散歩が大好きで、リードを見ると下を向いてニヤッと笑う癖は相変わらず可愛らしい。
「ゴンちゃんは聞こえが悪いだけでなく、ぼんやりと上の空で意識が飛んでいる時も多いのです。ゴンちゃんの世界があるのでしょう。
こだわりも強いし、トイレの失敗もよくあります。決してお世話は楽じゃない。ですが、それを大きく大きく上回る笑顔や優しさがたまらないのです。
妹宅も保護っ子を預かることも多いですが、どんな子が来てもゴンちゃんは優しい。いつも変わらずに受け入れてくれるので、動物たちが安心するのです。鳴き声も聞いたことがないですし、怒りの感情をみたことがありません。
一見、いろいろなことを理解していないように思えるのですが、ゴンちゃんはちゃんと妹一家を家族だと思っています。一緒にいると嬉しそうに笑うのです。妹の声にハッとして反応するのです。
買い物をしていて、妹が『これ、ゴンちゃんが好きなやつだ!』といそいそとカゴに入れていたり、義弟が『散歩しているとゴンちゃんは必ず、かわいいですね、って言われるんだよ。笑っていますね、とも言われるんだ』なんて話すのを聞くと、ゴンちゃんはこれでよかったって思うのです」
坂上さんの妹さんの家族の一員に迎え入れられたゴン。名前を呼ばれ、嬉しそうに笑う様子が見られる。
てんてんとはまた違う形で幸せを掴んだゴン。Kの家族に囲まれて、これからもきっと、穏やかで楽しい日々を過ごしてくれることだろう。