量子力学によって、物質は粒子として振る舞うと同時に、波 (波動) としても振る舞うことが分かっています。そして量子力学によれば、物質の波としての性質は、どんな大きさでも成り立つことが予言されていますが、サイズが大きな物質でこれを確かめることは困難です。
ウィーン大学のSebastian Pedalino氏などの研究チームは、ナトリウム原子が7000個以上固まったナノ粒子も波として振る舞い、自分自身の大きさの16倍以上の範囲内で位置が不確定になる、いわば “シュレーディンガーの金属塊” となることを実験によって確かめました。ナノ粒子の大きさはほとんどのタンパク質よりも大きく、最も小さなウイルスをわずかに下回る程度の大きさです。
この実験結果は、物質はマクロスケールでも量子状態が現れるのを示していますが、同時に、このような実験が可能になるほど高感度なセンサーが作れるようになったという、技術的な成果も示しています。
大きなスケールでの量子力学的効果の検証は困難
20世紀以降の物理学は、量子力学と一般相対性理論の2本柱で成り立っています。2つに分かれているのは、現状ではこの2つの理論を統一することができず、取り扱う世界のスケールに合わせて使い分けているためです。
量子力学は、主にナノメートル以下のミクロな世界での物理学を担っており、肉眼で見える以上のマクロな世界での物理学を担う一般相対性理論と共に、現代物理学の重要な柱となっています。そして、私たちはマクロ世界の住民のため、量子力学によって描かれる現象の内容はしばしば直観に反するものがあります。
「粒子と波動の二重性」は、直観に反する代表的な性質の1つです。これは、全てのモノは常に、「粒子としての性質」と「波としての性質」を兼ね備えていると言うのです。これは、特にマクロスケールで見ると信じがたい内容でしょう。例えば、光の1種である電波が、電波源の陰である壁や建物の裏にも回り込むのは、電波が波としての性質を持つためです。
粒子が波としての性質を持つならば、例えばこんな奇妙なことが起きるはずです。塀に囲まれた路地を、正面が壁となっているT字路へと走る車を想像してください。ハンドルを切らなければ、車は壁にぶつかってしまいます。しかし粒子が波としての性質を持つならば、車も波としての性質を持つため、たとえハンドルを切らなくても、車は左右どちらかの道へと曲がっていくでしょう。
しかし実際には、物質が波として振る舞うことは実験的によく確かめられており、この性質は「物質波」と呼ばれています。この概念はルイ・ド・ブロイが1926年に初めて予想したことから、今日ではその功績をたたえ、物質波のことを「ド・ブロイ波」と呼ぶこともあります。2026年はちょうど100年目の節目の年です。
ただ、一般的に物質のサイズが大きくなるほど、波の性質は小さくなり、肉眼的スケールでは実質的になくなってしまいます。なので、先ほどの車のたとえは、間違っても試してはなりませんし、日常生活ではこのような現象が現れないことが、直観に反していると感じる理由となります。
しかし、どんなサイズの物質であっても、波としての性質は常に現れるというのが量子力学の考えです。物質のサイズが大きくなれば観測は難しくなるものの、それでも波の性質は失われないはずなのです。
もちろん、その検証はとても難しいものがあります。今回紹介する研究とは少し分野が異なりますが、やはりマクロスケールでの量子力学的効果を実証する研究に対し、2025年にノーベル物理学賞が贈られたことからも、その難しさの一端が見えてきます。
物質の波としての性質は、100年前は電子でしか確認ができませんでしたが、その後は原子や分子でも波の性質が見つかっています。この実験はより大きな物質に対して行われるようになり、例えばフラーレンやビタミンEのような、かなり大きな分子でも確認されています。フラーレンは炭素原子が60個くっついた分子であり、電子と比べれば130万倍も大きな物質となります。
“どこにでもいて、かつどこにもいない”状態
今回の研究は、研究チームが長年その技術を磨いてきた「マルチスケールクラスター干渉実験」の一環として出された成果です。今回の実験で対象となったのは、5000個から10000個の原子でできた、ナトリウムの金属ナノ粒子です。直径は8nmと、最小のウイルスのさらに半分しかないほど小さなものですが、それでもフラーレンと比べて200倍ほど大きな塊となります。
量子力学が扱っているスケールから見れば十分に大きな塊であり、波としての性質を見出すのは困難です。
図3: 今回の実験で使われた装置の説明図。数千個のナトリウム原子が固まったナノ粒子は、紫外線のレーザーで決まった方向にしか進むことができません。この状況で位置を精密に測定することで運動量に不確実性ができる状態を作り、量子力学的効果によって干渉縞ができるように制御します。 (Credit: Sebastian Pedalino, et al.)
わずかな波の性質を捉えるために、研究チームは実験装置に様々な工夫を施しました。例えば実験装置全体は、振り子や磁場によって1nmの精度で位置が固定されています。また実験装置内部は、液体窒素温度となる-196℃まで冷却した上で、1兆分の1気圧以下の超真空下に置かれています。これらの工夫は、わずかな振動や熱などが、実験において致命的なノイズとなるからです。
このような工夫を施した上で、ナノ粒子を発射して終点まで飛ばす装置を取り付けています。ナノ粒子が通る “道” は紫外線レーザーによって作られています。このようにした上で、もし、ナノ粒子が粒子としての性質だけを持つならば、ナノ粒子は終点のただ1点に辿り着くはずです。
しかし、ナノ粒子が波としての性質を持つならば話は変わってきます。波同士が交わると干渉を起こし、干渉縞と呼ばれる模様を作るからです。ナノ粒子による干渉縞は、ナノ粒子が持つ波の性質が干渉を起こして発生する縞模様であり、少しイメージしづらいですが、 “自分自身” の波と干渉して生じます。
実験の結果、最大で7000個のナトリウム原子でできたナノ粒子において、干渉縞の形成が確認されました。つまりナノ粒子が “どこにでもいて、かつどこにもいない” 状態となっており、研究チームはこれを “シュレーディンガーの金属塊” と形容しています。
マクロ物質では最も大きな量子力学的効果の検証結果
驚くべきことに、この “どこにでもいて、かつどこにもいない” 状態は、最も離れた地点では133nmも開いていました。これは粒子自身の大きさの16倍以上の距離です。
過去の実験では、今回のナノ粒子よりずっと大きな物質でも波としての性質を確かめた実験はあるものの、経路の不確定性は自分自身の大きさより何桁も小さなものでしかありませんでした。今回の実験は、サイズが大きい上に経路の不確定性が大きいという点で注目されています。
図5: 今回の実験で使われたナノ粒子は、ほとんどのタンパク質よりも大きく、最も小さなウイルスより少し小さい程度となっています。左側がナノ粒子、真ん中は大きめのタンパク質として免疫グロブリンG、右側は小さなウイルスとしてタバコネクロシスサテライトウイルスが例示されています。 (Credit: Sebastian Pedalino, et al., 図4よりbをトリミング)
7000個のナトリウムナノ粒子とは、ほとんどのタンパク質より大きな物質であり、最小のウイルスの半分程度の大きさです。複雑な生体分子に匹敵するスケールでも量子力学の性質が現れるのを確かめられたことは、測定に関わる実験装置の性能が大幅に進歩したことと関連しています。
研究チームは、実験装置をさらに改善することにより、今回よりさらに記録を引き上げることを目指しています。
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【参考文献】
・Sebastian Pedalino, et al. “Probing quantum mechanics with nanoparticle matter-wave interferometry”. Nature, 2026; 649 (8098) 866-870. DOI: 10.1038/s41586-025-09917-9
・Markus Arndt, Klaus Hornberger & Theresa Bittermann. (Jan 22, 2026) “Metal clumps in quantum state: Vienna research team breaks records”. Universität Wien.