3月8日の国際女性デーを前に、改めて注目を集めている映画がある。
2025年10月25日からロングランを続けているドキュメンタリー映画『女性の休日』だ。
この映画は、アイスランドで1975年10月24日に国民の9割の女性が一堂に会した「伝説の一日」の背景をつづっている。
アイスランドはジェンダーギャップ指数16年連続1位となっているが、50年前は男女の賃金格差も同じ仕事をしても女性は男性の6割しかもらえていなかったし、女性は船頭や弁護士にはなれないと言われていた。日本と同じなのだ。
それが変化したきっかけとなる「伝説の一日」を再現したいと、3月6日から12日まで日本全国で「女性の休日WEEK」とさまざまなイベントも開催されるのだ。3月4日現在、そのイベントは210を超えている。
では、それだけ多くの人の心を動かした映画はそもそもどんな映画なのか。
もとフジテレビアナウンサーの渡邊渚さんのルポをお伝えする。
日本で生きる自分にできることは…
映画『女性の休日』を見終わってから、私はアリ地獄に吸い込まれたように、答えのない問いの中にもがいた。
男女平等のために、日本で生きる自分にできることとは何なのか、考え続ける日々の始まりだった。
この映画は、1975年10月24日、アイスランドの全女性90%が仕事も家事も一斉に休んだ、歴史的な1日を成し遂げる過程を振り返るドキュメンタリーだ。
現在のアイスランドは、ジェンダーギャップ指数が16年連続世界一位で、世界で最も女性が働きやすい国と言える。
しかし、元々そうだったわけではない。
「女は働かず、子供を産み育て、夫を支えればいい」「家事は仕事じゃない」「女性は外での仕事に向いてない」「女に価値はない」「女は組合に入れない」という認識があった社会に、アイスランドの女性たちは行動をもって”間違っている”と示し、女性の存在価値を知らしめた。
その礎となった女性の休日について、行動を起こした女性たちのインタビューを軸に、当時の映像や柔らかいタッチのアニメーションをふんだんに使い、ポップに伝えている。
彼女たちは、何よりとても楽しそう
1975年というと、まだインターネットもない時代。
女性のあるべき姿や理想の母親像に異を唱えるだけでも勇気のいることで、一斉に休むという小さなストライキを、アイスランド全土に広めていく行動力は目を見張る。
それをちゃんと連帯して、たくさんの女性と賛同する男性も巻き込んで実行するところは聡明さを感じる。
インタビューに登場する女性たちはみな自信に満ちた表情だった。
当時は女性が声を上げることに批判的な声もあったが、自らの主張を押し通すのではなく、妥協もしながら反対派と折り合いをつけてきた。
信念を胸に立ち上がる彼女たちは、美しく、強く、柔らかい。そして何よりとても楽しそうだった。
ユーモアを携えて変革をもたらした様子が伝わってくる。
この映画を見終わった後、きっと多くの女性たちがエンパワメントされ、明日への清々しい活力を得られるに違いない。
現状を受け入れた方が波風立てずに生きられる?
しかし、冒頭に書いたように、私はちょっと苦しさも感じた。
なぜなら、「日本がアイスランドのようになれるのか?」と疑問を抱いてしまったからだ。
この50年でアイスランドが成し遂げたことに比べ、日本はそれほど成長していないように見える。
日本のジェンダーギャップ指数をみると、教育や健康面については高評価だが、政治や経済面は低スコアで、世界118位。
これはG7の中でも最下位、韓国や中国やASEAN諸国よりも低い。衝撃的な数字だ。
日本の女性国会議員の割合は10%台。非正規雇用者の7割は女性だし、賃金格差も依然ある。
先日、この映画の上映の後に行われたトークショーで、ジャーナリストでコメンテーターの浜田敬子さんと、地域の男女格差の問題に取り組む小安美和さんが登壇した。
その中でも印象に残ったのは、浜田さんの「声を上げたら面倒くさい女だと思われ、仕事が回ってこなくなると恐れて、声を上げられなかった。もっと言えば、これくらい平気という顔をして、仕事をしないといけないと思っていた」という話と、
日本全国の地方をまわっている小安さんが会った「私たちはこのままでいいと言う女性たち」の話だ。
現状を受け入れた方が波風立てずに生きられるし、そもそも受け入れる以外の選択肢がないように感じる人も、日本人女性の中に一定数いるはずだ。
私もかつてはそうだった
私もかつてはそうだった。
「この業界はセクハラなんて当たり前」だとか、「セクハラやパワハラをうまく受け流せる人間が出世する」、「結婚したら人気がなくなる」「女性アナウンサーは30歳定年説」など、様々な不平等に遭ってきたが、そういう世界だからしょうがないと思ってきた。
本当はおかしいはずのことを、そういうものだからと飲み込んで、見ないふりをした。
そして、そういう世界に長くいればいるほど染まっていって、やがて違和感すら抱かなくなる。
私はたまたま病気になり、仕事や元いた業界から離れたことで、その違和感を取り戻すことができたが、そのままそこにいたら今度はその悪しき習慣を若い世代に引き継がせていたかもしれない。
これを書いている今も、どうしたら男女平等な社会をつくれるのか、明確な答えが出ない。
みんな社会の犠牲になりたくないし、声を上げたところで変わらない、自分がやらなくてもいつか誰かがやってくれると心の奥では思っている人が大半だろう。
ただ一つだけわかるのは、アイスランドの女性たちは一気に社会を変えられたわけではなく、小さな積み重ねと男性たちの意識の変化があったから成し遂げられたということだ。50年前の1975年10月24日、伝説となった「女性の休日」に男女賃金格差のことを歌って踊って訴えて平等な法を勝ち取った。それ以降も2023年までに6回開催され、法改正などさまざまなことを勝ち取ってきたのだ。
これは1日だけで、女性たちだけで、変わる問題ではない。
私にできることは、こうして書くこと、そして続けることだ。
“違和感に気づくこと”
“それを丁寧に言葉にすること”
“考えることをやめないこと”
を何があっても続けようと思う。
顔の見えない人の言葉に、私の信念を奪わせたくない
ここ一年、何の取材もなく自分のことを記事にされたり、根も葉もないことを吹聴されたり、どこからかの圧力をかけられて仕事までなくなったりしたことで、もう何を言ってもこの社会は変わらないのだと諦めモードだった。
変わらない社会のために、なぜ私が犠牲になって声を上げ続けなければならないのだろうと、私の中の反骨精神が薄れていた。
しかし、映画を見て、背中を押され、考え方が変わった。ネットの顔も見えない人間から言われる言葉に、私の信念を奪わせたくない。
訴え続けなければ、社会が変わる可能性は0なのだ。
だから、恐れずに書く。
女性はもちろん、男性にも、「自分の娘や息子に今と同じような社会で生き、同じような不平等さを感じながら生きて欲しくない」と読者に思わせられるように伝え続けることが、私にできる小さな一歩だ。
最後に、映画のキーワードに私なりのエッセンスを加えたメッセージを伝えて終わりにする。
『目覚めよ女性たち。
気づけよ男性たち。
今こそ未来を見据える時だ』
いつだって、出る杭は打たれる。
向かい風を推進力にして、性別関係なく行きやすい世の中に変えていこう。