人気漫画家・鳥飼茜さんが、2026年2月、エッセイ『今世紀最大の理不尽 それでも、結婚がしたかった』(文藝春秋)を上梓した。2度の結婚と離婚を経て、3度目の結婚を前に体験した、姓の変更にまつわる“理不尽”を綴ったものだ。「選択的夫婦別姓」という単語に、身構えてしまう人も多いかもしれない。しかし、鳥飼さんのくすっと笑ってしまうような文章はエンターテインメント性も高く、「この後、いったいどうなるんだろう」とわくわく感すら覚える。そして、鳥飼さんが被った“理不尽”は、「選択的夫婦別姓」というテーマにとどまらず、さまざまな事案に結び付くように思う。
「ぜひ鳥飼さんに話を聞きたい!」とFRaUwebでは鳥飼さんにインタビューを実施。その内容を前・後編にわたって紹介する。前編では、鳥飼さんが同書を認めた理由、そして、彼女が被った「今世紀最大の理不尽」についてたっぷりと語ってもらった。
鳥飼茜
1981年生まれ、大阪府出身。漫画家。京都市立芸術大学卒業。2004年、「別冊少女フレンドDX Juliet」(講談社)でデビュー。著書に『おんなのいえ』(講談社)『サターンリターン』(小学館)『先生の白い嘘』(講談社)『地獄のガールフレンド』(祥伝社)など。「バッドベイビーは泣かない」を週刊モーニング(講談社)で連載中。エッセイ集に『漫画みたいな恋ください』(筑摩書房)『今世紀最大の理不尽 それでも、結婚がしたかった』(文藝春秋社)がある。
2度の結婚で夫の姓になった
改姓に発生する手続きは煩雑だ。「結婚と離婚を2回し、その2回とも苗字を夫のものに変えた」鳥飼さんは、一度目の離婚の際、「漢字そのものを殆どの人は目にしたことすらないであろう」旧姓のH姓には戻さず、元夫のO姓を名乗り続けることにした。
「特に揉めたりいがみ合って別れたのでないことと、O姓である子供との繋がりやこれまでの便利さを考えると、ここで本名のHに戻す選択肢は無かった。そもそも、結婚して姓をHからOにした時の手続きの煩雑さは異常だった。国民健康保険、年金、パスポート銀行口座クレジットカード各種団体保険ほか……苦労して変えたものを一から全部戻して行くなんて何時代の罰だよ、と思っていた」(本書より)
そして、2018年、O姓を名乗っていた鳥飼さんは再婚を決める。
「そのころには選択的夫婦別姓の導入を求める声があちこちで上がっていて、それが出来たら良かったのにとも思いつつ、私がまたも夫の姓に変更することになった」(本書より)
苗字を変えることに違和感はなかった。旧姓のHという苗字が「とても使いづらい」「奇抜な」ものだったこともあるが、「幸せなことだしと、結婚に対する高揚感で自分を欺いていたような気がします(笑)」。
離婚後に抱いた「なぜ自分が譲ってしまったのか」
しかし、この結婚は2022年に破綻。離婚したときに結婚時共同で購入した家があったこと、そして、本書に書いてあることを引用すると、「本音を言えばなるだけ私が穏便に離婚を済ませたい一心で、離婚後すぐさま苗字を戻すという行動がお相手の心証を悪くするんじゃ、という行き過ぎた懸念」があったことから、鳥飼さんは離婚後もしばらく二度目の結婚相手の苗字を名乗っていた。しかし、やがて猛烈な違和感を覚えるようになったという。
「結婚時の手続きの煩わしさは、『こんな面倒くさいことまでして私はこの人と結婚したいんだ』という幸せ税のようなものであまり気になりませんでした(笑)。ただ、離婚後に籍を変えることに関しては罰感が否めなくて。そのまま結婚を継続しておけばよかったのに、離婚するヤツはこういう面倒なことになるぞ~といった感覚でした(笑)。そんなこともあってか、すぐに(二度目の結婚相手の姓を)変更しようと思えなかったんです。でも冷静に考えると、苗字を変えることに伴う面倒な手続きが、二人のうちどちらかに課せられているって変な話なんですよね。幸せだからいいじゃないか、(その人のことを)好きなんでしょう? という言葉の裏にこんな罰ゲームが潜んでいることを知らない人は案外多いと思います」
離婚後、しばらくして、なぜ自分が“譲って”しまったのか、なぜもっと自分を大切にしなかったのかという思いが頭の中を牛耳るようになっていったという。その時のことは本書で次のように書いている。
“自分を捨ててまで、体現したかったもの。それは、相手が良い人間と認めるような、しかし本来の自分とはまるで違う人間像だった。”
自分を“譲って”しまっていることは、きっと結婚している時から気づいていたと、鳥飼さんは二度目の結婚を振り返る。
「結婚には “譲る”“譲らない”のバトルが付きものだと思うのですが、片方が『こっちがめっちゃ譲ってるな』と憤りを感じ、それを口に出せなかったら、その時点で終わっているんですよね。自分らしさを出せない場所に居続けるのは大きなストレスを伴います」
美徳を守るために、何度も自分を犠牲にしてきた
結婚していた頃、そして離婚直後はその事実に気づいていなかったという鳥飼さんだが、状況が落ち着き、冷静になってくると、「これってとんでもないことではないか」とふつふつと怒りがわいてきたという。
二度目の結婚相手は、鳥飼さんの同業者で、鳥飼さん曰く「自分よりずっと著名で人気もある男性」だった。
「その相手を支えることを、周囲から期待されていました。『鳥飼さんが支えてください』と、面と向かって言われたことも多く、そういうものなのかなと思いながらも戸惑いも感じていました。破綻したら私の頑張りが足りなかったからダメになったと思われるんだろうなという怖さを感じていました。……私、真面目ないい子ちゃんなんです(笑)」
本書の中でも、「真面目」「いい人」という表現がたびたび登場する。その「いい人」のニュアンスが絶妙だ。
「もちろん私のことなんか全然いい人じゃない、と評する人もたくさんいるはずだし、私は要求が多くむしろ付き合いにくい人、わがままな人と思われているだろうことは自認しています。
私が言う“いい人”とは、真面目で融通が利かず、どんな場面でも自分が正しく善良でありたいという欲望が強すぎる『いい人』のことです」
鳥飼さんの口調や彼女から発せられる言葉からは、彼女が一瞬一瞬を真摯に生きていることが伝わってくる。
「自分が大切にしている美徳のようなもの──、たとえば、『嘘をついてはいけない』といった類のことを、私はどうしても“譲る”ことができません。ただ美徳を守るために、何度も自分を犠牲にしてきました。自分の美徳に固辞しすぎることは、自分を大事にすることと相反することもあります。相手がどんなに非常識で矛盾していることを言おうが、私を貶めてこようが、自分の美徳として目前の相手の語ることは真摯に聞かなければならないと思い込んでいました。相手との関係に悩んでいた時、友人に『ほかに彼氏でも作れば?』と言われたことがあるんです。その時は、『なんて不真面目なことを言うんだ、この人は』と思ったのですが、案外それくらいの不真面目を実践していたら状況は変わったのかも知れません」
離婚の翌年に「苗字を変えよう」と決意
二度目の夫の苗字でいることに「壮絶な違和感を覚えるようになった」鳥飼さんが、「とにかく、すぐにでも苗字を変えなければ」と区役所に電話をし、その方法を尋ねたのは、離婚の翌年の2023年のことだ。
本書ではその仕組みについてこのように説明している。
「結婚して変えた苗字は、離婚時に旧姓に戻すかそのまま称するかを選ぶ。どちらも離婚届を提出する際に設定できるが、離婚後3ヵ月以内に届け出が必要で、以降は気が変わっても苗字を変更することが原則できないため家庭裁判所にその旨を申し立て、裁判官による審理を受けなければならない。申立ての際は必ず理由を明記して、必要なら理由を裏付けるための書類、ないし婚姻前から現在まですべての本籍地から戸籍謄本を取り寄せ、添付する。これらを家庭裁判所に渡して大体平均2ヵ月の後、許可されればその通知が来る」
離婚から3ヵ月を超えると、「変えます!」という書類に記載するだけではだめなのだ。
このケースで、鳥飼さんが選択できるのは、「一度目の結婚相手の苗字で実の子供と同じOという姓」、そして、生まれてからO姓になるまで連れ添っていた、鳥飼さんが言うところの「難儀なあいつ」H姓だ。鳥飼さんは、「私は悩みに悩み、利便と都合を考えてOの姓に戻す」ことを決意した。離婚してからすでに15年が経過し、「もはや最初の夫の影が無い」ことも大きな理由のひとつだった。書類を作成し、東京家裁に送付。「噂通り数ヶ月待たされた後に審判が下り、左記の『審判書』が送付されてからそこで更に確定申請を郵送したのち、晴れて氏の変更申立て許可が記された『審判確定証明書』が送られてきた」(本書より)。
この証明書を持って区役所で手続きすれば、戸籍上の苗字をO姓に戻すことができる。しかし、鳥飼さんは、約2年間、放置してしまう。理由は「めんどくさかったから」。
国民健康保険、年金、運転免許証、パスポート、銀行口座、クレジットカード、各種団体保険自宅の登記……一つずつ修正する「行脚」を想像しただけで私たちも気が遠くなる。証明書にも使用期限の類の記載がないのなら、「裁判所の審判は下りているのだから」と鳥飼さんが思うのは当然だろう。
しかし、状況が変わったのは2025年。鳥飼さんに三度目の結婚の話が浮かび上がり、5月26日、件の証明書と事前に調べておいた書類一式を持って、2回目の結婚相手の姓からО姓に変えるための手続きを行うために「意気揚々と」区役所の戸籍課に出向いた。しかし、窓口の職員に告げられたのは、「今日から法律が変わり、この書類は受け付けられない」という予想外の言葉だった。
2025年5月26日に施行された戸籍法改正により、戸籍に氏名のふりがなが新たに記載されることになった。鳥飼さんが持っている「審判確定証明書」は、戸籍法改正の前に作られたものであり、当然ながらふりがなの記載はない。窓口の職員からは、申し訳なさそうに、家裁にもう一度、氏の変更の申し立てをして新しくふりがなの記載のある許可証を持ってくるようにと説明があったという。「ふりがなの記載がなかっただけ」で、書類は無効となり、スタート地点に戻らざるを得なかったというわけだ。
書いた発端はいらだちです(笑)
『今世紀最大の理不尽 それでも、結婚がしたかった』はこの理不尽の顛末、そして、その体験を通しての気づきを記したエッセイだ。執筆に至った理由について、「出版社から依頼されたわけではないんです」と鳥飼さんは小さく笑う。
「発端はいらだちです(笑)。これを文字にしなきゃやっていられないと、衝動のままに自発的に書いていったら、すぐに2万字近くになりました。知り合いを通して、『文学界』の編集者に読んでもらったところ、『面白いから文学界のnoteで出しませんか』と言っていただいて。そこは私も狙っていたところだったので(笑)、ありがたく掲載していただいたんです。そのタイミングだったかな、(友人で小説家の)金原ひとみさんにも読んでもらったのですが、『新書にしたらいいんじゃない?』と言ってもらい、最終的に単行本で出すことになったという経緯です」
単行本化に当たっては、かなりの文字数を加筆することになるが、「最初は、『そんなに書くことあるかな』と思ったのですが、書き出したら止まらなくなりました」と鳥飼さん。インタビューに同席した担当編集者が、怒涛の勢いで原稿が送られてきたと教えてくれた。
「最近知り合った芸人さんが、noteにバイト先の先輩の悪口を書いているのですが、それを読んで、理不尽に対するストレートな愚痴って面白いなと思ったんです。熱量というか、次に何が起こるんだろうという推進力というか。一方的な悪口は食傷してしまいますが、率直に、私の身の上にこういう出来事が起こったんですよということを書いてみたいという気持ちも大きかったです」
執筆にあたっては、本を手にする人に対する配慮を怠らなかった。
「もちろん気遣いは必要です。でもそれ以前に、空気を読んで周囲に配慮することが、すでに当たり前になっているんです。それに無用に他者を傷つけないためには配慮してもし過ぎることはない、とも言えます。とはいえ空気や圧を避け過ぎて言わないでいるのはやはり難しい。だから、私、この本を書いたのだと思います」
インタビューの後編「2度離婚して3度目のパートナーの結婚を決めた漫画家が分かった「こういう人とは結婚しないほうがいい」教訓」では、二度の結婚から得た学び、そして、三度目の結婚をしたい理由についてじっくりと語ってもらった。