『モーニング』に連載中の『バッドベイビーは泣かない』や映画化もされた『先生の白い嘘』などで知られる漫画家・鳥飼茜さん。3度目の結婚を前に体験した、戸籍の変更にまつわる“理不尽”を綴ったエッセイ『今世紀最大の理不尽 それでも、結婚がしたかった』(文藝春秋)には、手続きの煩雑さについて、「何時代の罰だよ」と綴っている。
インタビューの後編では、「それでも結婚したかった理由」を中心に話を聞いた。
鳥飼茜
1981年生まれ、大阪府出身。漫画家。京都市立芸術大学卒業。2004年、「別冊少女フレンドDX Juliet」(講談社)でデビュー。著書に『おんなのいえ』(講談社)『サターンリターン』(小学館)『先生の白い嘘』(講談社)『地獄のガールフレンド』(祥伝社)など。「バッドベイビーは泣かない」を週刊モーニング(講談社)で連載中。エッセイ集に『漫画みたいな恋ください』(筑摩書房)『今世紀最大の理不尽 それでも、結婚がしたかった』(文藝春秋社)がある。
「好きだから結婚する」をやめたくない
鳥飼さんは、新たなパートナーを得て、三度目の結婚を決めた。結婚に際しての戸籍変更に伴い、「今世紀最大の理不尽」を味わい、目黒区役所の屋上で号泣したという鳥飼さん。なぜそこまでの思いをして、「結婚」にこだわるのか。
「まずはパートナーのことが好きだからです。“好きだから結婚する”ことを私はやめたくはありません。好きなら付き合っているだけでもいいのではないかという考え方もあるとは思いますが、好きということ、そして、結婚とは何かということについて、もっとちゃんと考えてみたいという思いもありました」
ほぼ初対面の人に、二度目の結婚について問われるがままに話した際にこう言われたという。
「私は鳥飼さんみたいにいい人じゃないから、私だったらそんな結婚耐えられないしすぐに逃げる」
「そう言われて、私、自分のことをめちゃくちゃ恥ずかしいと思ったんです。 “いい人”だと思われているのか、“いい人”だから付け込まれたのかと、無性に腹が立ちました。 “いい人”でありたいという気持ちがあり、そこに付け込まれた──。図星をつかれたからこそ、腹が立ったのだと思います。私が、“いい人”でなかったら、“悪い人”だったら、相手の無茶苦茶な道理とかに対して必死でしがみついて、傷つくこともなかったんだなって。
この女性が突発的に私を評した『いい人』はおそらく単純に、人に合わせる人、気弱でNOと言えない『いい人』を指しています。自分が信念として目指していた『いい人』が『自分のため』ではなく『相手に気に入られる自分のため』に変わった時、他人に見下され利用される『いい人』に成り変わってしまう。もっと言えば、出どころが信念でも弱さでも、他人から見たらいい人は単なる都合の良い人なんだ、と思い知り、途方もなく悔しい思いがしたのです」
結婚は「こういう人として社会にありたい」をふたりで表明すること
「実はとっても良い人間である」ことを自負する鳥飼さんは、“悪い人”になるのは抵抗がある。結婚して“悪い人”になる必要があるのなら、もう結婚はしなくてもいいとも思ったという。
「ただ二度目の結婚が終わってから、改めて結婚について考えた時、私、思ったんですよ。結婚というのは、こういう人間でいたいとか、こういう人として社会に存在したいということを二人一組で表明することなんじゃないかなって。結婚は、こういう人でありたいというのを、お互いに認め合っていて、助け合いながら邁進する社会活動だと私は考えます。もちろん家の中にも社会があり、だからこそ、倫理観などがずれてる人との結婚は難しい。今まではそれがわかってなかった──、うまくいくわけがないんです」
お互いの理想を認め合っていて、2人で助け合いながらそれぞれが自分の理想に向かって邁進していく──。これが鳥飼さんが考える理想的な結婚であり、パートナー論だ。
「そうありたいとは思っていますが、ちゃんと実践できているわけではありません。それでも、共にそうありたいと思える相手と一緒にいられることは素晴らしいこと。さきほどもお話しましたが、私は自分の美徳を捨てたくないし、捨てられません。捨てなければいけない相手とは、結婚すべきではないということもよくわかりました。逆に言えば、一緒に同じ理想に向かって歩んでいける相手に出会えたら、何回だって結婚したらいいと私は思います」
この考え方は、結婚だけではなく、友人関係や仕事、家族とのあり方など、ほかの事象にも通用することかもしれない。
「そうかもしれませんね。そもそも私、結婚や家庭というものは社会だと思っています。だから健全でないと一個人として非常につらい」
ちょっとでも「怖い」と感じる人はダメだ
鳥飼さんは、本書の中で、結婚しないほうがいい人について聞かれたことをつづり、人によるはずだから……と思いながらもこのような気づきを伝えている。「ちょっとでも『怖い』と感じる人はだめだ。それは相手が怖い人間なのではなくて、自分から怖がりに行っているので」と。
「“怖い”といっても大きい声を出すから、といったようなことではなくて。そうであれば、今のパートナーは、大きな声も出すし、口も悪いです(笑)。でも、怒鳴り合っても、“怖い”とは思ったことはありません。(相手を)“怖い”と感じる理由は別にあります。
著書にも書きましたが、家庭内で一方が“恐怖”を感じていたら、それはもうその結婚が健全な社会を成していないということ。もし“怖い”と感じても、ちゃんと自分の言葉で気持ちを伝えて、その“恐怖”を乗り越えていかなくちゃいけない。そうやってパートナーなり社会と関わっていくことが理想なのだと思います」
鳥飼さんは、“怖い”という感情について、著書でこう記している。
「最初から相手に認められないことがわかるからこそ、思う通りに自分自身の良心や善意、美徳が伝わらないことを勝手に『怖い』と変換して感じている。すると、怖さを解消するためならと逆に自分らしくないことまで何でもしてしまい、最後には自分を丸ごと差し出してしまう」
「相手がどうであれ、問題は“怖い”と感じている自分自身だと思うんです」と鳥飼さん。そして、 “怖い”という感情は連鎖するものだとも指摘する。自分が“怖い”と思う場所にいた時は子どもとの関係にも悪影響を及ぼしてしまったと振り返る。
「自分が恐怖を感じていた時、その威圧感のようなものを、子どもにも渡してしまっていたように思います。威圧感が凝縮されたボールを自分では持っていたくなくて、知らず知らずのうちに、家庭内の自分より弱い存在に流してしまっていました」
どんな人と付き合ってもいい。ただ「怖がって自分を差し出したらダメ」だということは、鳥飼さんがさまざまな経験を経た上でたどりついた結論だ。そして、「怖いのは相手ではなく、『自分の良さ』がたった一人に伝わらないことで消えてしまいそうになること」も二度の結婚を経て得た大きな気づきだったという。
鳥飼さんは、「怖い」と思ったことはないという三度目のパートナーと、お互いの理想を尊重しながら邁進していく。
そういった人と出会い、人生を一緒に歩んでいくのは、とても素敵なことだと思う。
ただ、「法律婚」を選んだうえで「どちらの姓にするか」を決めなければならないという日本の状況は変わっていない。世界でも「選択肢がない」ほぼ唯一の国である日本で、私たちの尊厳は、果たして国から大切にされているのだろうか。