マイホーム購入時のいわゆる「50年ローン」が人気を博しています。都心部での住宅価格高騰、依然として続く低金利時代、投資熱の高まりなどから、月々の支払いを抑えつつも住宅を取得するための手段として、超長期でのローン返済が「賢い選択」として紹介されることもあります。これに警鐘を鳴らしているのが、経済ジャーナリストの荻原博子さんです。
前編記事『マンション「50年ローン」、SNSで言われる「メリット」の落とし穴…荻原博子が「おやめなさい」と断言するワケ』では、50年ローンで挙げられるメリットをひとつづつ反証していきました。後編記事ではその続きと、かつて日本にあった「お得な商品」に乗せられて住宅ローンを組み、思わぬ結末を迎えた例を紹介していきます。
返済中の死亡率はそれほど高くない
5:「50年ローンなら、団体信用の保障が長く続く」
「団信(団体信用生命保険)」は、住宅ローンを借りる最大のメリットと言われることもある。借り手に万が一のことがあった時に、残債がゼロになる仕組みだ。ただ、厚生労働省の死亡率の「生命表」で計算すると、35才で住宅ローンを借りた人が60才で亡くなる確率はわずか5%、65才で10%、70歳で15%、75才でも24%と、決して高くない。
一方で、団体信用の生命保険料は、タダではない。保障が長いだけたくさん保険料を払うわけで、当然ながらその保険料は返済額に含まれている。
今は、団信に加えて5大疾病や8大疾病などさまざまな特約がついている。就業不能になった時に住宅ローンの残高がゼロになるものもあるが、対象の住まいはひとつ。就業不能になったり万が一のことがあったりしても、返済が免除されるのは当然ながら一度だけだ。
そのために年0.1〜0.3%の金利を上乗せする必要がある。50年ローンを組んだ場合、保険料に換算すると200万円から600万円の保険料に達する。これが果たしてお得な話と言えるのか、よく計算して選ぶべきだろう。
そもそも、団信は「生命保険」である。住宅ローンを借りた人が死亡時に降りた保険金で残債を一括相殺することで、貸し倒れにならないようし、不良債権化を防ぐのが銀行の狙いだ。契約者のメリットである反面、銀行側にもメリットのあるよう制度設計されていることを理解しておくべきだ。
月々の支払いを減らして投資に回すのは、二重のリスクを背負うこと。
SNSでは、「月々の支払いを抑えればその分を投資に回せるから、資産が増える」などという意見も見られる。これも一見、もっともらしいが、果たしてどうか。
日本は「金利のない世界」
7000万円を金利1%で借りたら、50年後には1800万円の金利を支払うことになる。2%なら、約4000万円、3%なら6500万円の金利を支払う必要がある。今の高市相場が50年続けばいいが、投資したお金が利払い以上に増える確証はない。
それよりも怖いのは、金利の上昇だ。日本は30年以上「金利のない世界」だったのでピンとこないかもしれないが、前述のように1991年の住宅金利は変動で8.5%だった。「AIバブル」の崩壊が囁かれる昨今、金利が上昇し、バブルが崩壊したら、どうなるか。
金利が上がると、投資よりも債権や預貯金に資金が流れやすくなり、投資からお金が引き上げられるためにバブル崩壊を起こしやすくなる。実際、91年のバブル崩壊は、当時の三重野康日銀総裁が矢継ぎ早の金融引き締めで金利を上げたことにより引き起こされたことを思い出して欲しい。
金利が上昇するとリスクを伴う投資から、債権や預貯金の魅力が増すため、そちらにお金が流れる。このため投資資金の流入が抑制され、投資商品が値上がりしない、もしくは下がるという現象が起きる。特に、不動産株のように多額の借り入れのうえに成り立っている投資の場合、借金が問題になればさらに売られて値を下げるという、二重のリスクを背負いかねない。
ここまで50年ローンの抱える落とし穴について述べてきた。なぜ、私がこれほどこの商品危険性ばかり強調するのか、と不思議に感じるかもしれない。それはかつて、「50年ローン」で、人生を崩壊させてしまった人の姿を目の当たりにしてきたからだ。
「ゆとりローン」がもたらした悲劇
1992年から2000年にかけて、「ゆとりローン」という名前の住宅ローンがあった。販売主は住宅金融公庫(現・住宅金融支援機構)で、国が景気浮揚のために住宅政策に力を入れ、収入が少ない人たちにも家を買が買えるようにと仕掛けたものだ。
借り入れから5年間は金利2%で、月々の支払いは50年ローンでの計算になる。6年目からは金利据え置きで30年ローンの計算になり、「ゆとり期間」が終了した11年目以降は30年ローンの計算で金利は4%になる、いわゆる「段階金利」を取り入れている。
最初の5年間は金利も支払額も優遇される。先々にローン額は増えるが、昇進などで収入も増えるから大丈夫と言う触れ込みで、若いサラリーマンや所得が届かなくても家を持ちたいと思う人々へ大々的に売り出したのだ。
しかも国は、前代未聞の大型ローン控除(住宅借入金特別控除)を据え、要は「家を買ったら税金を返してあげる」と下駄を履かせた。
では、「ゆとりローン」の低金利と控除に飛びついた人たちは、その後どうなったか。「ゆとり期間」が終わる10年後にはローン金利が2%から4%に上がり、支払い額が当初より6割も増えたところに、運悪くリーマンショックが重なった。
住宅ローンを払えなくなった人が急増し、2007年から2010年にかけて、公庫貸し出しローンの延滞率は8%と、とんでもない数字になってしまったのである。
この無茶な国の政策については、当時、『週刊文春』で「住宅金融公庫金利2%の甘い罠」という4ページの記事を執筆し、警鐘を鳴らしたのだが、私の力が及ばず、ローン破綻する悲惨な例が後を立たなかった。
銀行にとっては笑いが止まらない商品
現在の住宅ローン延滞率が1%以下であることを考えると、当時がいかに危機的状況であったかがわかるだろう。無論、延滞者の全てが破綻したわけではないが、2000年当時、住宅金融公庫の年間申込件数は約50万戸だから、延滞者(8%)の半数がローン破綻したと見積もれば、2万人(世帯)が家を失ったことになる。恐るべき数字だ。
98年当時、3500万円を「ゆとり返済」で借りたAさんの場合、借りた当初の返済額は月々9万6231円だったが、11年目の返済額は15万2366万円。ちょうどリーマンショックで会社をリストラされた時期に返済額が上がり、返済しきれずに家を手放し、娘は大学進学を諦め、酒浸りの毎日となって妻にも離婚された。「ゆとり返済」が「ゆとり」を奪い、家族をバラバラにしてしまったのだ。
ローンが返せなくなっても、銀行は痛手を受けない。上述のような家庭が生まれた当時と違って、今は「信用保証会社」が存在し、契約者が払えなくなったら銀行に代わって補填するためだ。
この保証料を支払うのは契約者。「50年ローン」は、銀行にとっては笑いが止まらない商品なのだ。
「安い金利で借りて給料が上がったらどんどん繰上げ返済していけば、金利が上がっても大丈夫」と謳ったものの、結果的にこのローンに飛びついたのは、繰上げ返済できる余裕がない人たちだった。現在ある某社の「50年ローン」は、収入100万円以上が融資条件になっている。継続的に返せる見込みが立っていない人たちが「50年ローン」に飛びつき、同じように結末を迎えることが予想される。
こうした事実を知った上でも、「50年ローン」しかないと思うのであれば、私は止めない。だが、安易に手を出す前にしっかりリスクを計算して欲しい。長年住宅ローンと銀行を見てきた、私からの願いだ。
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