年収の12倍なんて借りちゃダメ
住宅価格の高騰を背景に、住宅取得の際の「50年ローン」なる商品が注目されている。
これは、最長50年、80歳に到達するまで借りられる住宅ローンで、従来の35年ローンに比べて、毎月の返済額が少なくなるなどの理由から、特に若い世代に人気のようだ。だが、このローンには大きな落とし穴がある。
SNSでは、50年ローンのメリットがしきりにまとめられ、拡散されているという。そこに挙げられているのは、概ね以下のようなものだそうだ。
1:月々の返済額を抑えられ、マイホームの選択肢が広がる。
2:借入期間が長いほど、借入上限額が増える可能性がある。
3:若いうちでも無理なく借りられ、早めに住まいを持ちやすい。
4:住宅ローン以外にお金を回しやすく、暮らしに余裕が生まれる。
5:50年ローンなら、団体信用の保障が長く続く。
だが、一部のインフルエンサーや金融機関が謳うこれらのメリットは、「50年ローン」の持つデメリットの裏返しでもある。それを、一つ一つ検証してみよう。
毎日の返済額を抑えられる
1:「月々の返済額を抑えられ、マイホームの選択肢が広がる」
確かに、住宅ローンの期間を延ばせば、高騰している都内好立地の物件でも買えるようになる。たとえば、7000万円のマンションを買うのに頭金ゼロで7000万円の住宅ローンを組むとしよう。
借入期間35年で7000万円のローンを組むと、月々の支払いは約18万円(金利0.73%)。50年ローンでは、月々の支払いは約14万3000円(金利0.83%)で済む。ボーナス払いを併用すれば、月々の支払いは10万円、ボーナス加算でも約26万円に抑えられる。
手が届かないと諦めていた7000万円以上のマンションでも、なんとか払えるのではないか…そう思う人が増えるので、「選択肢が広がる」と言えばたしかにそうだ。
ただ、そもそもの問題として、自分の支払い能力を越えた価格まで選択肢を広げていいのかという疑問がある。住宅ローンを無理なく返していける借入額の「定説」は、年収の5倍から多くても7倍である。つまり年収500万円なら、2500万〜3500万円というところ。その2倍以上の7000万円も借りたらどうなるか、冷静に考えて欲しい。
30才でマイホームを購入して、定年〜再雇用に差し掛かる65歳まで働くとしたら、35年ローンであればギリギリ完済できる。だが50年ローンだと、その時点でまだ15年分の支払いが残ってしまう。残りは退職金で賄えばいいと金融機関は喧伝するが、老後の虎の子である退職金を現役時代の残債処理に充て、目減りさせてしまったら本末転倒だ。
そもそも、50年ローンを借りる若い世代がリタイアする頃に、退職金制度が維持されている保証はない。そんな不確実なものを前提にした試算は、計画とは言えない。
家を失ったのに借金が
2:「借入期間が長いほど、借入上限額が増える可能性がある」
借入期間が長いほど、毎月の支払額が少なくなるため、銀行はたくさんのお金を貸してくれるのは事実だ。ただ、借りたお金は利息をつけて返さなくてはいけないので、その分だけ返済総額も増えることを忘れてはいけない。
たとえば、7000万円を金利1.5%で借りた場合、35年返済と50年返済では、長く借りている分、返す利息の総額は約1000万円増加する。これは、1000万円の老後資金が失われるのと同じだ。
もっと深刻な問題は、途中でローンを支払えなくなった場合だ。
アメリカやヨーロッパでは、「ノンリコース」といって住宅ローンが払えなくなったら、家を手放せば、残りのローンは無くなる。ところが日本の銀行などでは、「ノンリコース」を採用していない。7000万円のローンを借りて、途中で勤めている企業が倒産するなどやむを得ない事情で家を売却する場合もあるだろう。
例えば、5000万円のローンが残っているのに3000万円でしか売れないというケースでは、家を失い、その上で2000万円の残債はその後も払い続けなくてはならない。借入期間が長くなるほど、支払いに行き詰まる可能性がある期間も長くなると言える。
もし家計の資金繰りが立ち行かなくなると、選択肢は少ない。自己破産により免責を受ければ、借金をチャラにすることも可能だが、与信は「ブラックリスト」入りする。自己破産後少なくとも5〜7年は新たなローンが組めないばかりか、クレジットカードも作れない可能性がある。
売却の選択肢を残す
3:「若いうちでも無理なくローンを借りられ、早めに住まいを持ちやすい」
毎月の返済額が下がれば、収入が少なくても銀行の審査をパスしやすい。だから若い人もマイホームを持つチャンスが増える。それも確かにそうなのだが、反面で若い時に自宅を「固定」させてしまうことには様々なリスクがある。
今の職場に通勤しやすい立地を選んだとしても、転職などで勤務先が変わる可能性が大きい。そうなると、途端にその計画は崩れる。逆に、マイホームを買ってしまったために、いい条件で転職できるチャンスに尻込みしてしまうかもしれない。
不動産業者は、「通勤が大変になったら便利な場所に買い替えすれば大丈夫」と説明するだろう。だが、新築で買ったマンションは、一日でも住めば中古ということで買った価格の6〜7割ほどになり、さらに長く住み続けるほど値段が下がるのが一般的だ。売却額がローン残高より低ければ 、売却を選択できない場合もある。
もちろん、差額を手持ち資金で補えればいいが、その保証はどこにもない。インフレが続き、不動産価格が上がり続けることもないとは言えないが、それはあくまで土地の値段であって、マンション(上物)の価格が50年も上がり続けるなど、まずあり得ない。
借金の先送りにすぎない
ちなみに、住宅価格はバブル崩壊後から20年以上にわたって下がり続け、上がってきたのはここ数年のこと。しかも、地域格差が大きく、手の届かない都心の物件は軒並み億を超えているが、郊外や周辺圏では今も横ばい程度で、下落傾向が続いている地域もある。
運良く50年住み続けてやっとローンがなくなったとしても、その時は相当に老朽化が進んでいるだろう。売却しても二束三文になっている可能性がある。もっと短期間で完済していれば、その後に貯蓄も出来るかもしれないが、50年間ローンを払い続けていれば、それも期待できない。その時に売却してもお金が手に入らなければ、介護施設の入居費用にもならないかもしれない。
4:「住宅ローン以外にお金を回しやすく、暮らしに余裕が生まれる」
収入から返済に充てる金額が減れば、その分自由に使えるお金が多くなる。だから、暮らしに余裕が出る、という理屈だと考えられる。だが、前述したように、借りた金は金利をつけて返さなくてはいけない以上、借入期間が伸びれば総支払額が増えることに変わりは無い。つまり、それは借金の先送りにすぎない。
しかも、恐ろしいことに「50年ローン」のほとんどは変動金利なのも注意が必要だ。確かに今の金利は1%以下だが、バブル期の1991年には、変動金利でも8.5%であったことを忘れてはいけない。もちろん、今すぐそこまで上がることはないだろうが、日銀が物価上昇を抑えるために積極的に利上げをしていく中で、住宅ローン金利も上がっていく可能性がじゅうぶんある。
変動金利は、5年間返済額が変わらない。また、6年目から返済額が増えても上限はそれまでの125%(1.25倍)までというルールがある。しかし、返済額は半年ごとに見直されている。毎月払っているローン金額の範囲内では払いきれない返済額(未収利息)が出ている可能性があり、これが元本に繰り込まれるため、きちんとローンを返済しても元本が減らない事態も起きうるわけだ。
例えば冒頭で例示した7000万円を変動金利0.83%で借りている人は、月々10万円、ボーナス時約26万円を、5年間滞納なく払っていても、金利が1%上がると未収利息は月約3万円発生し、2%上がっていると約月6万5000円、3%上がっていると約月10万円、4%上がっていると月約14万円の未収利息が発生し、毎月このお金が元金に繰り込まれていくので、元金が減るどころか増えていく可能性がある。
返しているのにローン残高が増える恐怖
筆者は、バブル前夜に住宅ローンを変動金利で2700万円借りたことがあった。その後金利が上昇し、バブルで変動金利が8%を超えた時に借りたローンの残高を見たら、2900万円になっていて驚いた。銀行から言われていた額を契約通りに一度の滞納もなく払っていたのに、借りたおカネが気づけば200万円も増えていたのだ。
変動金利の場合、金利が上昇していくと、こんな恐ろしいことが起きるということを、私は身をもって経験している。暮らしに余裕ができたなどと浮かれているうちに、気がついたら借金地獄に陥っているかもしれない。
後編記事『人生崩壊した人を、私は見てきた…人気の「50年住宅ローン」で荻原博子が思い出した、かつての「苦い記憶」』へ続く。