先端医療装置に支えられた外科手術、大幅に進歩した化学療法など、華々しい最新の治療法が開発されている「がん」の治療。しかし、残念なことに現在も、多くの先進国で死因トップに君臨し続けるのはがんです。
がんは遺伝などの先天的な要因より、 日々の「習慣」に大きく左右されることが明らかになってきており、がん対策の決め手は「予防」であると言われています。しかし、必要だとわかっていても習慣のコントロールはなかなか難しいものです。
患者が後悔するのをもう見たくない――この切実な思いから、新しい概念「がん活」を勧めるのが、内科医で、大阪公立大学教授の川口知哉さん。
それは、退屈で面白くないがん予防の習慣を、賢者たちの「名言」を支えにして前向きに、軽やかに行う、というユニークなもの。では、「名言でがん予防」とは、いったいどういう方法なのでしょうか。
川口さんがこの度出版した著書『「がん活」のすすめ 科学と名言でつくる「がんを寄せつけない習慣」』から見ていきたいと思います。
*本記事は、『「がん活」のすすめ 科学と名言でつくる「がんを寄せつけない習慣」』(ブルーバックス)の「はじめに」から、その内容を一部再構成・再編集してお送りします。
予防にまさる治療なし
現在、多くの先進国ではがんが死因の第1位となっている。がんは心疾患や脳血管疾患を上回る、現代人にとって最も身近であり、なおかつ、依然として最も恐れるべき病である。たとえば私が専門とする肺がんは、がん死の中でもトップに位置していて、世界では毎年およそ180万人が肺がんを発症し、160万人が命を落としている。
医学はこの20年で大きく進歩した。免疫チェックポイント阻害薬をはじめとする新しい薬剤が次々と登場し、治療の選択肢は大きく広がった。しかし、2020年に米国の一流医学誌『The New England Journal of Medicine』に発表された大規模疫学データによれば、肺がんの2年生存率は男性で35%、女性でも44%にとどまっている。決して満足できる数字ではない。
ただ、その論文をよく読み込むと、重要な事実が浮かび上がる。
新しい治療法の導入で、確かに死亡率は下がった。だが、それと同様に大きな効果を示していたのが、禁煙による影響だったのだ。治療薬の進歩に負けないほど、喫煙率の低下は肺がんの死亡率を押し下げていたのである。この結果は、がんにおける「予防」の力をあらためて突きつけるものであり、予防には高額な薬剤に匹敵するほどのパワーがあることを実証するものだ。
私は日々、臨床の現場でがん患者と向き合うなかで、「がんになってから薬で治す」ことの限界と「がんにならないための予防」の重要性を痛感している。日進月歩の科学研究により薬剤や手術、放射線治療は目覚ましい進展を遂げている一方で、がん予防についての研究はまだ圧倒的に少ないが、最も有効ながん対策は「予防」であると断言できる。
たとえば禁煙は、その最たるものだ。肺がんにかぎらず、喉頭がん、食道がん、膀胱がんなど、たばこと深く結びついたがんは数多く存在する。禁煙すれば予防できることは明らかなのである。
それでも、実際に禁煙を実行することの難しさも、同時に目の当たりにする。人間にとって、ひとたび身についた習慣を変えることは、いくら理屈でそうすべきだと理解していても非常に大きな困難をともなうものだ。がん予防はまさに生活習慣と直結しているだけに、習慣を変えようと「実行」することこそが、最大のハードルとなるのである。
そこで提案したい考え方が、本書のタイトルにもなっている「がん活」である。
「がん活」とは、科学的に正しいとわかっているがんの予防策を、できるところから生活に取り入れていく、ごく日常的な取り組みのことだ。
たとえば、体を少し動かす、たばこを控える、飲酒量を見直す、睡眠を大切にする、必要な検診を受ける――どれも特別なことではない。ただ、こうした小さな選択を意識的に積み重ねていくことが、将来のがんリスクを確実に下げていく。がんになる、そのずっと手前から始める「予防のための活動」、それが「がん活」なのである。
では、私たちはどうすればこうした活動を続けていけるのだろうか。
名言という、もっとも効果のある“カンフル剤”
ここで私が着目したのが、世界の「賢人」「偉人」ともいわれる先人たちが残した言葉、いわゆる「名言」である。私たちは子どもの頃から、読書を通じて、あるいは人生の先輩の教えなどによって、数多くの名言に触れ、ものの考え方を形づくってきた。名言とは人類の経験と叡智が凝縮された結晶である。私自身、多くの名言に出会ってきたことが、人生や医療の現場でどれほど支えとなったかわからない。
私は他人の言葉を自分の財産とし、
それらを手もとに置いて自分の思考を養う。
ミシェル・ド・モンテーニュ
(1533-1592 フランス・ルネサンス期の思想家)
モンテーニュは、古代の知恵や他者から得た教訓を「自分の思考を鍛える糧」とし、それらを自らの経験と照らし合わせながら熟成させていった。こうした彼の姿勢は、読書などで得られた箴言(しんげん)を手元に置いておくことの有用性を教えている。
たとえば、それをメモのように残しておき、折にふれて眺めることは、つい日々の惰性に流されがちな私たちに、ときにカンフル剤のような効果をもたらす。長たらしい概念や論理ではなく、凝縮された「名言」という形なら、負担に感じず繰り返し見ることができる。その積み重ねが、自身の価値観の形成に大きな影響を与えるのである。
そして「がん活」においても、このように名言を活用することは、大きな効果が期待できる。日々の食事、運動、睡眠といった予防に直結する習慣を、推奨されているものに変えることは非常な困難をともなうが、まさにそのとき、名言を繰り返し見るという方法が有効になるのだ。
予防の重要性が科学的にどれだけ強調されていても、私たちを動かすのは「言葉の力」なのである。
言葉が響いて行動につながることを、もう一人の名言からご紹介したい。
育まれた健康的な生活習慣は、やがて「未来」を築く
君の信念が、君の考えになる。君の考えが、君の言葉となる。
君の言葉が、君の行為になる。君の行為が、君の習慣となる。
君の習慣が、君の価値観となる。君の価値観が、君の運命となる。
未来は、君が今日何をするかにかかっているのだ。
マハトマ・ガンジー
(1869-1948 インド独立の父、思想家、政治指導者)
「非暴力・不服従」の思想を掲げ、英国の植民地となっていたインドを平和的な抵抗運動によって独立へと導いたガンジーは、人間の内面の力こそが社会を変える原動力であることを示した。彼のこの言葉は、私たちの思考がいかに行動を導き、生き方そのものまでを形づくっていくかを端的に表している。そのことは「がん活」においても例外ではない。
まず「健康を守るべきだ」という思想が心に芽生えることで、それが「禁煙しよう」「食事を整えよう」といった言葉となって自己に響き、行動へとつながる。それを繰り返すことで、健康的な生活習慣が育っていき、やがては「未来」が築かれるのである。
賢人の言葉を嚙みしめながら、日常の選択を少しずつ変えていくこと。「がん活」という、能動的で、軽やかな取り組みを始めること。それが結果として、がんを遠ざけ、人生の質を高めることにつながる。本書が読者にとってその一助となれば望外の喜びである。
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いかがだったでしょうか。とはいっても名言には本当に、がん活を実行していくような力があるのでしょうか。そこで「名言の効用」について具体的な例をご紹介していきたいと思います。
続きは、がん予防をはじめ、健康に関する「習慣の重要さ」と、名言の結びつきの、わかりやすい例をご紹介しましょう。以下の「NEXT」へどうぞ。
「がん活」のすすめ 科学と名言でつくる「がんを寄せつけない習慣」
華々しい治療法が開発されている現在も、がん対策の決め手は「予防」だ。地道で面白くない習慣を続けるには、先人の「名言」が効く!