女優・吉永小百合が語る橋幸夫
「お加減が悪いことは存じておりました。それでも歌はやめないという強い気持ちで様々なシーンに登場されているお姿は、私にとっても励みになっていました。こんなに早くお亡くなりになるとは……」
今年9月4日、橋幸夫さんが肺炎のために82歳で旅立った。昭和、平成と歌謡界を彩った巨匠を偲ぶのは、女優・吉永小百合さんである。
二人の運命的な出会いは、’62年のデュエット曲『いつでも夢を』のときに遡る。当時二人は多忙を極め、顔も合わせずに別々に録音していたという。人気歌手と人気若手女優の共演が話題を呼び、300万枚という驚異的な大ヒットを記録したこの楽曲は、「第4回日本レコード大賞」を受賞する。実は、二人が初めて顔を合わせたのは、その授賞式だった。
「式で『いつでも夢を』を歌ったことを、今でもはっきり覚えています。
お会いする前も、橋さんが『潮来笠』を歌っている姿を何度か拝見していましたが、昔ながらの曲調を当時のムードに合わせることがとてもお上手で、どんな音域も歌いこなせる印象を持っていました。
橋さんはスーパースターという存在でありながら、2歳下の私に同世代の感覚で接し、歌手としてデビューして間もない私を引っ張ってくださいました」
この歌をきっかけに、二人の関係は深まっていく。同名の映画『いつでも夢を』でも共演を果たした。
いつも明るく、周囲を元気づけていた
歌謡界から映画の世界に来た橋さんだったが、撮影現場でも違和感なく溶け込んだ。その姿に、吉永さんは強烈な印象を抱いたという。
「橋さんはトラック運転手の役で、私は定時制高校に通いながら看護師見習いをする役でした。同級生のような感覚で楽しく仕事ができましたね。
何より、慣れない環境にもかかわらず、橋さんはいつも明るく振る舞って、周囲を元気づけていました」
橋さんは’23年に一度、歌手活動から退いている。後に公表されたが、’22年に軽度のアルツハイマー型認知症を発症し、’23年には脳梗塞も併発していたのだ。
しかし、「歌を歌うことが使命だ」と、’24年に復帰を発表。歌うことをやめなかったのは、橋さんにとって歌は人生そのものだったからである。
病を抱えながらも歌い続けた橋さんの姿を見つめてきた吉永さんが、はじめて二人で一緒に歌ったあの時を忘れることはない。
「振り返ると、今もなお歌われ続けている曲をともに歌えたということが、どれほど素敵でありがたいことだったのかを実感しています。
橋さんはいつも、歌にご自身の魂を込めていらっしゃいました。そんな橋さんとデュエットした『いつでも夢を』は、私にとってかけがえのない宝物です」
昭和の巨星が歌う雄姿は、いつまでも輝き続ける。
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「週刊現代」2025年12月22日号より