現在、長期金利が上昇しているが、これは、高市内閣の拡張的財政政策と物価上昇率の高まりによると考えられる。この2つの要因のいずれも、金融政策で対処すべき問題ではなく、政府が対処すべき問題だ。
金融政策にとって重要なのは、現在の政策金利が中立金利に比べて低すぎる値になっており、実質政策金利が負の値になっていると考えられることだ。これを修正するために、政策金利の引き上げが必要だ。「今回の利上げでもまだ緩和的」との植田日銀総裁の発言は、このような状況を指摘しているのであろうと思われる。
金融政策の基本目標は「中立金利」
金融に関する問題は、専門的な用語を用いて語られることが多いため、その本質を把握しにくい。本稿では、できるだけ平易な概念と日常的な言葉を用い、基本に戻って、この問題を説明することとしたい。
最初に、きわめて単純化された経済を考えよう。ここでは、時間の経過とともに労働力が増加し、また資本が蓄積され技術が進歩することによって、労働者一人当たりの生産額が増加するものとしよう。
この条件の下では、この経済は一定の率で成長することになる。いま、 成長率は年率10%であるものとしよう。すると、仮に1万円を投資すれば、1年後には1.1万円が得られる。
したがって、投資資金1万円をr%の金利で1年間借入れることができれば、1年後に、1.1―(1+r/100)=0.1-r/100(万円)の利益を得ることができる。
借入金利r%が10%未満であれば、この取引は利益を生むので、投資が行われるだろう。逆に、借り入れ金利が10%を超えれば損失が発生するので、投資は行われない。結局、年利10%が、投資活動を過度に促進もせず、抑制もしない金利水準だということになる。
この場合、この経済での「中立金利は10%である」と表現される。
もし1年間の金利を中央銀行が決められるとすれば、中央銀行はこれを10%に設定するだろう。
そして、何らかの原因で現実の投資が少ないと判断されるなら、金利を10%より低くして、投資を増やそうとする。逆に、投資が過大であると判断されれば、金利を10%より高くして、投資を抑制するだろう。
このように、金融政策によって投資額を、ひいては経済活動の水準を、適切な値にコントロールすることができる。中央銀行の基本的な役割は、以上のようなことだと考えられている。
現実には名目金利を相手にせざるをえない
前項で考えたモデルは、金融政策の基本を理解するには適切なものだが、現実の経済をあまりに単純化していることは間違いない。現実の経済はもっと複雑であり、それに対応して、モデルを修正することが必要だ。しかし、それが議論を分かりにくくする。
第1の問題は、投資や借入れの期間は、1年間だけでなく、さまざまであることだ。例えば2年間の借り入れがある。これは、基本的には、1年間の借り入れを繰り返すことだが、それだけではなく、つぎの点で1年借入の繰り返しとは異なる。
第1は、将来の経済条件は確実に知られているものばかりでなく、多くの条件は不確実性を伴うことだ。そして、投資期間が長いほど、不確実性は大きくなる。したがって、それをカバーするだけ、利回りが高くなる必要がある(この部分は、「期間プレミアム」と呼ばれる)。
第2の問題は、前項のモデルは、物価変動がない経済を考えていることだ。したがって、そこで述べた「成長率」とは「実質成長率」であり、「金利」は「実質金利」だ。ところが、現実の経済では物価が変動しており、実際に観測できるのは、名目の成長率であり、名目の金利だ。名目値を実質値に換算するには、将来の物価上昇率の予測値が必要になる。これは、過去の物価上昇率からある程度の予測ができるとはいえ、正確には分からない。つまり、ここにも不確実性がある。
長期の金利は高くなる
こうして、さまざまな期間に対応する金利は、異なる値になる。したがって、横軸に期間、縦軸に金利をとれば、曲線が得られる。これを「イールドカーブ」という。
最も短期の金利は、無担保オーバーナイトの金利(無担保コールレート:金融機関同士が担保なしで短期資金を貸し借りする際に適用される金利)だ。ここから始まって、中期、長期、そして超長期と、様々な期間にわたる金利がつながる。
通常は、期間が長期になるほど、金利は高くなる。つまり、イールドカーブは、通常は右上がりだ、
これらのうち、オーバーナイト無担保ものの金利を中央銀行が決める。すると、その他の期間の金利が決まる。つまり、短期の金利を中央銀行が操作することによって、全期間にわたる金利を操作できることになる。
「YCC政策」でイールドカーブが殺された
ところが日本では、2016年に「イールドカーブ・コントロール」(YCC)が導入され、政策金利だけでなく、10年債の利回りも固定化されることになった。具体的には、政策金利をマイナスとし、10年債の利回りがほぼ0%となるようにコントロールしたのである。つまり自然に形成されるイールドカーブを殺してしまったのだ。
これは日本経済に大きな攪乱効果を与えたと考えられる。中立金利に比べて実際の金利が低すぎるため、無駄な投資が多くなされた可能性が高い。特に公共投資について、そのことが言える。また、不動産や株式における投機的な取引を拡大した可能性が高い。
YCC政策は、2022年に入り、海外ファンドによる大規模な投機的取引の対象となった。10年債利回りはYCCの上限に達し、日銀は巨額の国債買入れを迫られた。10年債の利回りは、2022年には0.25%上限(年末には0.5%)近辺に張り付く水準となった。
2023年7月・10月には上限が柔軟化された。そして、2024年3月にYCCとマイナス金利政策は終了された。
政府の守備範囲
YCCの制約から解き放された長期債(10年債)の利回りは、その後上昇し、2025年1月に1.3%を超え、夏には1.55%を超えた。
そして、高市内閣発足後は、財政運営への警戒感やインフレ期待の高まりを背景に、長期金利の上昇圧力が一段と強まっている。
これに対処するために政策金利を引き上げる必要があるだろうか?
長期金利の上昇は、主として、期間プレミアムの上昇によるものと考えられる。そして、その基本的な原因は、財政放漫化とインフレの昂進にある。しかし、金融政策は財政放漫化そのものは止められない
この問題に対処するには、財政の放漫化を抑制し、かつ物価対策を強化する必要がある。これらは、政府の役割だ。
基本は政策金利を中立金利に近づけること
金融政策の基本は、あくまでも政策金利の水準におかれるべきだ。日銀は、これまでの政策金利0.5%では、まだ緩和的と見なしていた。
問題は、今回の引上げで十分なのか、それとも、将来にわたってさらに引上げる必要があるかだ。今回の引上げでは、実質政策金利がプラスの領域に入ったとは見なしにくい。したがって、日本経済の潜在成長率との比較において、低すぎる。つまり、金融は過度に緩和的になっており、無駄な投機的需要を増加させる結果になっていると考えられる。したがって、今後とも、政策金利の引き上げが必要とされるだろう。
「今回の利上げでもまだ緩和的」「ブレーキを踏むというよりは、アクセルを踏んだ状態で、踏み方を調整しているという程度のもの」との植田総裁の発言は、このような状況を指摘しているのであろうと思われる。
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