新宿武蔵野館をメインに不動産事業など多角経営
およそ4ヶ月前の8月7日、新宿のミニシアター「シネマカリテ」の閉館が発表された。各国の話題作・意欲作を上映し、「カリコレ(カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション)」という独自の特集も行ってきた劇場が、2026年1月12日をもって最後を迎える。オープンから約13年での閉館、その知らせは多くの映画ファンや関係者に衝撃を与えた。
『劇場版「鬼滅の刃」』や『国宝』など、シネコンの大ヒット作が興行記録を塗り替えるいっぽう、近年はミニシアターの苦境が伝えられてきたが「まさか、カリテが……」というのが、まず率直な感想であった。
シネマカリテは新宿駅東口近くのNOWAビル地下1階という好立地であり、黄色い階段を下りたところに瀟洒なロビーと2スクリーンを有するミニシアターだ。17歳と24歳の青年による恋を描いた『君の名前で僕を呼んで』など、さまざまなヒット作を送り出してきた。
運営は武蔵野興業株式会社。戦前より複数の映画館を立ち上げた老舗で、現在も武蔵野ビルの新宿武蔵野館をメインに不動産事業など多角経営を行っている。かつて武蔵野ビル3階に「シネマ・カリテ」という劇場が存在し、90年ミニシアター文化の一翼を担ってきた。その名からナカグロを外して復活した「シネマカリテ」は2012年12月の開館以来、映画ファンに親しまれてきた。
これまで閉館をめぐるマスコミ取材を断ってきたというシネマカリテだが、このたび武蔵野興業の代表取締役・河野義勝氏へのインタビューが実現。閉館の理由から最後の特集上映のこと、そして社長としてのメッセージまで、ここに新宿ミニシアターの「記録」を残したい。
閉館を決断したときの気持ち
──まずはシネマカリテ閉館の理由を教えてください。
河野:弊社の発表にあるとおり、「資本コストを意識した経営を推進するため、将来にわたる成長性と収益性、および館内設備・施設の老朽化等を総合的に判断」というのが最大の理由です。設備の老朽化についてはデジタル映写機、DCP(デジタルシネマパッケージ)の上映機器の買い替えと館内の空調設備の入れ替えが大きな要因となります。
──DCPの耐用年数は10年あまり、その買い替え費用は高額でミニシアターにとって死活問題と聞きます。閉館を決断されたときのお気持ちは?
河野:閉館を惜しむ声を上げてくださった多くのお客さまがいらっしゃいましたが、わたし自身「無念」という気持ちです。今期に入って、悩み抜いた結果として決定いたしました。
──2017年の『勝手にふるえてろ』や2018年の『君の名前で僕を呼んで』など、ミニシアターらしいヒット作に恵まれていた印象のあるシネマカリテですが、近年の興行は厳しかったのでしょうか?
河野:シネコンをふくめて新宿地区の映画館が増えており、上映作が限られるという状況に加え、2020年のコロナ禍で厳しい状況が続きました。「配信」によって自宅やスマホ等で映画を鑑賞するスタイルが定着したこともあり、コロナ禍が収まってもお客さまが以前ほど戻ってこなかったのが現実ですね。
──なるほど。
河野:実感として「今までなら、もっと入ったのに……」という上映作が増えました。やはりコロナ禍と配信の影響が大きかったように感じています。
映画の世界に没入できる空間
──さかのぼりまして、2012年にシネマカリテを開館した理由を教えてください。
河野:もともと武蔵野ビルの3階に「シネマ・カリテ」がありましたが、7階の「新宿武蔵野館」を叙々苑さんに貸してしまうため、武蔵野館を3階に移転させてカリテを閉館させた経緯がありました。
しかし、いつかミニシアターを復活させたいという思いはずっとありまして、弊社も株主であるNOWAビルの地下が空いたことで「シネマカリテ」としての再出発が実現できたんです。
美的な部分にもこだわり、武蔵野館のリニューアルをお願いした建築家の小山光さんに改装を手がけていただきました。木を基調とした明るいデザインで、映画の世界に没入できる空間になったかと思います。
──あらためてシネマカリテの特徴を教えてください。
河野:まず利点としては新宿駅のすぐ近くにあり、ミニシアターという「文化の発信地」として多くのお客さまが来場しやすい立地という点が挙げられます。いっぽう、先ほども申し上げたように、新宿には映画館がたくさんありますので、作品の選定に苦労するところもありました。
「カリテ メモリアルセレクション」
──ミニシアターの王道的なラインナップの印象があります。
河野:シネマカリテの「カリテ」はフランス語で「品質」という意味で、映画としてクオリティの高い作品を、ジャンルを問わず幅広く上映することを心がけていました。
その結果、映画祭などで評価の高い作品や新進気鋭の監督の最新作、時代に呼応したテーマを扱った作品をはじめ多彩なラインナップを上映できたこともシネマカリテの特色かと思います。
松岡茉優さん主演の『勝手にふるえてろ』やノルウェー映画『わたしは最悪。』、カンヌ国際映画祭のグランプリを受賞した『コンパートメントNO.6』など、エネルギッシュな女性を主人公として描いた作品は、とくに多くのお客さまに劇場へ足を運んでいただいた印象があります。また、近年はドキュメンタリーをふくめた音楽映画もコンスタントに上映していました。
──音楽映画といえば『ようこそ映画音響の世界へ』、わたしは映画スタッフの取材をすることが多いので、シネマカリテで鑑賞したなかでも印象的な1本です。ご自身として、とくに思い出深い上映作は?
河野:『ロッタちゃん はじめてのおつかい』ですね。わたし自身もともと武蔵野興業ではファンシーショップを担当してまして、ヨーロッパの絵本を輸入したりと、ヨーロッパ文化やキャラクタービジネスに興味がありました。
なかでも『不思議の国のアリス』の商品化には力を尽くしましたので、『ロッタちゃん』の公開時に、バムセというぬいぐるみを持ったお客さまが集まってくださったことは、印象に残っています。
──最後の特集上映「カリテ メモリアルセレクション」について教えてください。
河野:当館で評判となった13本の作品を上映します。シネマカリテを象徴するラインナップになったのではと思っています。興行の1位は『君の名前で僕を呼んで』でその次が『勝手にふるえてろ』、いずれも少し前の上映作になりますが、昨年は河合優実さん主演、山中瑶子監督の『ナミビアの砂漠』が歴代最長のロングランとなり話題を集めました。これらの3本は、すべて「カリテ メモリアルセレクション」に選ばれています。
先ほど申し上げた『ロッタちゃん はじめてのおつかい』は2Kリマスター版を上映しますし、音楽映画として『ようこそ映画音響の世界へ』や『チョコレートドーナツ』もラインナップに入っています。メモリアルセレクションについてはスケジュールや舞台挨拶ふくめて調整中なので、新たな発表をお待ちください。
映画の原体験は『路傍の石』
──ご自身の映画の原体験は?
河野:少年時代に見た『路傍の石』(1964年版)ですね。児童文学の映画化で、貧しくとも懸命に生きる吾一少年に心を打たれました。まったく個人的な思い出ですが、昔ある女性から「あなたは吾一少年みたいな人ね」と言われてクラクラっときたこともありました(笑)。
それから『ノンちゃん雲に乗る』も思い出深いです。雲の仙人役が徳川夢声さんで、すばらしい語りを披露していますが、もともと夢声さんは武蔵野館の弁士として人気の出た方なんです。大映の「ガメラ」シリーズは、わたしの叔父である阿部志馬が特撮の助監督を担当しており、いろんな裏話を聞きました。
──河野さんで四代目となりますが、武蔵野興業は100年以上の歴史をもっている老舗の映画会社です。
河野: 1920年に設立された新宿の「武蔵野館」が弊社の出発点になります。わたしの祖父である創業者の河野義一は強烈な人物として語り継がれていますが、バイタリティをもって戦後も各地に映画館を増やしていきました。
わたしは学生時代から武道をやってまして、王樹金先生という中国武術の達人の押しかけ弟子となり、そのまま台湾に渡って、そちらで就職したんです。それからアニメ制作会社のナックという日本のプロダクションで制作進行を担当しまして、社長の西野聖市さんにかわいがられました。
その後、文房具の問屋を経て武蔵野興業に入ってファンシーショップを担当し、いろんなキャラクターを輸入しました。映画事業ではなく、そうした版権ものを中心に扱い、代表に就任したのは2005年の6月です。
記録として残したい
──もう一度、閉館への思いを教えてください。
河野:シネマカリテを支えてくださったお客さまやご関係のみなさまに、この取材を通してあらためてお礼を申し上げたいと思います。シネマカリテは閉館しますが、姉妹館である新宿武蔵野館はこれからも営業を続けてまいります。1人でも多くのお客さまに映画を楽しんでいただけるような、心安らぐような劇場でありたいと思っております。
また、平成から令和初期にかけてのミニシアター文化の発信地としてのシネマカリテを、このような「記録」として残していただけることを、本当にうれしく光栄に思っています。取材していただき、ありがとうございました。
──こちらこそ、ありがとうございました。
河野:今後とも武蔵野興業をよろしくお願いいたします。みなさまに夢を提供できるような映画を上映し続けていく所存です。
「カリテ メモリアルセレクション」は12月26日から始まる。最後の特集上映が終わり、シネマカリテが閉館しても、この記事はしばらくインターネット上で閲覧できる予定だ。「記録として残したい」という河野社長の要望に応えるためにも、記事の終わりにカリテの写真を掲載しておきたい。
1枚1枚、支配人や劇場スタッフの方々の協力のもと撮影できたものであり、これぞ紙媒体に比べてスペースの制限が少ないウェブの特性──いつまでも新宿駅東口すぐそばの地下にあったミニシアターを忘れないでほしい。
「カリテ メモリアルセレクション」
12月26日(金)~2026年1月12日(月・祝)、新宿シネマカリテにて開催https://qualite.musashino-k.jp/news/27499/
上映作品:『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』『勝手にふるえてろ』『枯れ葉』『君の名前で僕を呼んで』『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』『コンパートメントNo.6』『チョコレートドーナツ』『ナミビアの砂漠』『ブリグズビー・ベア』『街の上で』『ようこそ映画音響の世界へ』『ロッタちゃん はじめてのおつかい 2Kリマスター版』『わたしは最悪。』