「忘年会や歓送迎会の幹事には多くの負担がかかります。特に、他社からの評価に依存したり、過度な献身をしてしまう性格の人は、必要以上に働いてしまい、燃え尽き症候群のようになることも。幹事のストレスのはけ口が浮気に向くこともあるのです」
こう語るのは、キャリア10年以上、3000件以上の調査実績がある私立探偵・山村佳子さん。彼女は、メンタル心理アドバイザー、夫婦カウンセラーの資格を持つ。
これまで「探偵が見た家族の肖像」として180回にわたり山村さんが調査した家族のことをお伝えしてきたが、メンタルケアのことにも掘り下げていく連載「探偵はカウンセラー」をお届けしている。
24回目で紹介する依頼者は40歳の派遣社員・明美さん。42歳の夫とは結婚3年になり、ふたりの間に子供はいない。この夫が「忘年会や歓送迎会の幹事」を山ほど引き受けるのだという。しかも明美さんは性感染症まで伝染され、調査を依頼してきたのだ。
宴会幹事に全力、そして性感染症を…
明美さんと2歳年上の夫は10年前に料理教室で出会い、親しくしていましたが、5年前に明美さんが結婚したことで疎遠に。離婚した後に、距離を縮めます。交際期間中、夫は30万円以上のジュエリーやバッグを明美さんにプレゼントしてきたそうです。そして夫の海外赴任を機に結婚。シンガポールで新婚生活を送っていました。そのあいだは何も問題なく、幸せに暮らしていたのです。
宴会文化の日本で“幹事力”を発揮し始めたのは帰国後でした。毎週のように飲み会やイベントを主催し、会社の飲み会の幹事も率先して行う。明美さんが呆れたのは、忘年会のドリンクオプションを自腹で払っていたことでした。
不満が重なっていましたが、明美さんは再び離婚したくないことと、夫が誰かを喜ばせたいとするのが悪いことではないと耐えていました。子供ができれば変わるかもしれないと、妊活も始めたのです。そんな最中に夫から性感染症のクラミジアをうつされたため、調査を依頼したのです。どんな「幹事の生活」を送っているのかを見極める必要があります。
社内の役員を交えた懇親会の翌日
12月、夫は10回以上の宴会の幹事をしていました。さすがに部署の宴会は若手が幹事をするようですが、会社の部活、役員を交えた懇親会、社内勉強会やサークル活動の幹事をしています。さらに大学の同級生、シンガポール駐在仲間など、数人から15人規模の宴会までまとめている。これは幹事が好きではないとできないと思いました。
「この日ではないか」と思う宴会を狙い、尾行することにしました。その宴会は、中国語を学ぶサークルの7人規模の宴会で、土曜日に自宅から遠い繁華街で開催するからです。この街はカプセルホテルが多く、外泊の言い訳がしやすい。
またこの宴会の前日に、役員を交えた15人の職場の懇親会をまとめています。仕事関係の宴会の幹事にはそれなりの重圧があります。宴会を無事に終えるまでに、メンバーの体調、店側のサービス、交通遅延、仕事のトラブルなど、不測の事態があれば対応しなければなりません。ここから解放されてリラックスするのは、この宴会だろうと思ったのです。
ワインビストロを貸し切りにして
有休を取ったのでしょうか、17時に出てきた夫は、20分ほど電車に乗り会場がある駅で下車。そして、リカーショップに行き、5000円のシャンパンを2本購入。保冷剤も買い、店員さんに巻きつけてもらっています。おそらく差し入れるのでしょう。
それから、プラスチックのフルートグラスを10個購入。近くの居酒屋で一人ビールを飲み、50分ほど時間を潰し、一番乗りで店に入って行きました。会場のワインビストロは貸切なので中の様子は分かりませんが、盛り上がっていることは伝わってきました。
21時30分に3人の女性に囲まれ、出てきた夫はかなり酔っ払っている様子でした。容姿端麗な40代前半の女性が、夫と腕を絡めて外に出てきます。二人は親密な様子でしたが、夫は女性から離れ、知的な容姿の40代前半の男性と話をしています。7人は駅に行き、解散。
男性と連れ立って風俗に
男性と夫はその場に残り、どこかに電話をした後、2次会となる居酒屋に向かいます。そこで、30分ほど過ごしてから、2人は上半身裸の女性が接客するお店に入っていったのです。この日、店が混雑しており入店待ちをしていたようです。
夫と男性は23時20分ごろ、楽しそうにお店から出てきて、駅で別れます。夫はJRの改札内に入り、男性に“良いお年を”と呼びかけていました。男性は、私鉄の改札方面へと向かいます。
私たちも夫の後を追おうとしたら、夫は駅員さんがいる窓口から出てきて、コンビニでビール2本を購入し、ラブホテルに入って行きました。すると直後に、ホテル前で車から降りた20代前半と思しき女性が入っていき、フロントで夫がいる部屋番号を伝えて入っていく。性産業のデリバリーサービスを呼んだのでしょう。1時間後に、女性は出てきて、迎えの車に乗って帰って行きました。
そのまま朝まで過ごすのかと思っていたら、深夜1時に再び20代後半に見える胸が大きい女性が、夫の部屋番号を告げて入って行きました。この人は徒歩で来たので、プロではなさそうです。
女性は3時ごろ出てきました。ペアの探偵が女性の後を追うと、徒歩15分のところにある、かなり年季のあるアパートに入っていったそうです。この女性は、後に別の町の性産業のお店で働いている女性だと分かりました。夫は始発で帰宅。この日は土曜日なので、自宅で泥のように眠るのでしょう。
1年半で300万円くらい使ってる
以上を明美さんに報告すると、「単なる浮気なら、夫婦関係の改善に向けて動こうと思っていましたが、これでは無理です」と泣いていました。また、日本に帰国してから、夫の貯金が激減している理由もわかったそうです。
明美さんは「たぶん、この1年半で300万円くらい使っています。一緒にお金を貯めて、家を買おうと話していていたのですが、これは裏切りです」と怒っています。夫の行動は確かに裏切りですが、連続して女性を呼んでることが、性依存症のように思えます。また、人に対して献身するところに、心の病の気配を感じます。ちょっと気になったので、夫の生い立ちを聞きました。
「人を喜ばせなければ居場所がなくなる」
「生まれてすぐに両親が離婚し、父方の祖父母に育てられています。両親ともに別の相手と結婚し、音信不通状態です」と明美さん。祖父母は厳しく、夫は捨てられないように明るく振る舞い、手伝いや勉強も頑張ったそうです。「人の役に立たなければ、喜ばせなければ居場所がなくなる」という根源的な恐怖を抱えているようにも感じました。
だからこそ、一つのミッションが終わると、ストレスを発散するように性行為をしてしまう可能性がある。そう話すと「言われてみるとそうかもしれません。対等な人間である私にはとにかく優しく接して、私本位です。夫は自分本位にふるまったことがないかも」と答えていました。自分を受け入れてくれると安心できる対象がいないまま育った人は、心に欠損を抱える可能性もあります。
明美さんは「今後のことを、夫と話してみます」と帰って行きました。夫が宴会の幹事を一手に引き受けるのも、「誰かを喜ばせたい」ということの表れではあります。ただ、実はその負担を感じているからこそ、性的な依存を引き起こしているであろうことは想像できます。そのために明美さんとの家族のお金をどんどん使ってしまっていることは看過できません。また、性感染症をもっているのに女性たちと性交を繰り返していると、さらに感染症の拡大も心配されます。明美さんはそんな夫を支えたほうがいいのではと考えたのです。
性感染症になったと告げると…
ところが翌日、「夫の闇に向き合えそうもないし、やはりどうしても気持ち悪いので離婚します」と連絡をくれました。
「夫に浮気の証拠は見せず、性感染症の陽性の診断結果を見せたら、テーブルを拳で叩いて、出ていってしまったんです。これって都合が悪いこととは向き合わないってことですよね。そんな夫に証拠を見せたら、どうなることやら」と泣いています。
夫はたった一人で自分の弱さを抱えて42年間生きてきた。これを変えるのは、専門医であっても一朝一夕にはできません。
「伴走できるかと思った時に、それは無理だと。こういう人だと見抜けなかった私の甘さもあると思うので、離婚して実家に帰ろうと思います。これから長い人生、人に労力と時間とお金を撒き散らかす“幹事”とは生きていけませんから」
その後、弁護士を立て、慰謝料と調査費用などを夫が支払うことで離婚が成立。夫は最後まで離婚に抵抗していましたが、証拠を見せたら応じました。そして夫に「カウンセラーとか精神科医のところに行ったほうがいい」というと、「わかった」と答えたことが、救いだったと話していました。
明美さんは現在40歳。人生をやり直すのに、今が遅すぎるという年齢はありません。また夫は自らの行動と向き合い、生き方を変える努力を始めるかもしれません。夫が幹事を引き受けなくても、周りの人は夫を認めるし、大丈夫なんだと安心できるような心のケアを受けることも祈ります。明美さんも夫も、誰かに喜んでほしかったし、優しさがあるのです。
調査料金は20万円(経費別)です。