「忘年会の幹事」の負担が話題に
2025年12月9日、タクシー配車アプリの屋外広告のコピーが話題となった。「忘年会、幹事だけポイント貯まるのずるくない!?」というコピーを打ち出した屋外広告が、「幹事の役割を軽視している」と大炎上し、広告掲出を取り下げたのだ。確かに、幹事の負荷は重い。日程と予算を決め会場を予約し、店側とギリギリまで人数や飲食物の調整をする。そんな幹事に「ずるくない?」は配慮に欠けていると思われても仕方がない。この炎上により、広告取り下げに加え謝罪文を掲出するという事態にまで発展した。
キャリア10年以上、3000件以上の調査実績がある私立探偵・山村佳子さんは、メンタル心理アドバイザー、夫婦カウンセラーの資格を持つ。「忘年会や歓送迎会の幹事には多くの負担がかかります。特に、他社からの評価に依存したり、過度な献身をしてしまう性格の人は、必要以上に働いてしまい、燃え尽き症候群のようになることも。幹事のストレスのはけ口が浮気に向くこともあるのです」という。
山村さんは「困っている人を救える人になりたい」という気持ちが強い。学生時代は警察官を希望していたが、当時は身長制限があり、受験資格はなかった。一般企業に勤務するが、目の前の人を助けたいという思いは強く、探偵の修行に入る。探偵は調査に入る前に、依頼者が抱えている困難やその背景を詳しく聞く。山村さんは相談から調査後に至るまで、依頼人が安心して生活し、救われるようにサポートをしている。
これまで「探偵が見た家族の肖像」として山村さんが調査した家族のことをお伝えしてきたが、この新連載「探偵はカウンセラー」は、山村さんが心のケアをどのようにして行ったのかも含め、さまざまな事例から、多くの人が抱える困難や悩みをあぶりだしていく。個人が特定されないように配慮しながら、家族、そして個人の心のあり方が、多くの人のヒントとなる事例を紹介していく。
今回山村さんのところに相談に来たのは、40歳の派遣社員の明美さん(仮名)だ。「2歳年上の夫は幹事を自ら率先してやるタイプ。歓送迎会や忘年会シーズンになると、2歳年上の夫の帰宅が遅くなり、何十万円単位のお金が出ていくのです。しかも性感染症を伝染されました。絶対浮気をしているんです」と山村さんのところに相談してきたのだ。
クラミジア陽性に…
平日の昼に「今日、夕方、相談に乗ってもらえますか?」と連絡がありました。予定時間ぴったりに来た明美さんは、全体的に上品な印象の小柄な女性で、「どこから話したらいいか」と混乱している様子でした。
心が落ち着く効果があるとされるハーブティを出すと、すすり泣いています。そしてバッグの中から、書類を取り出してデスクの上に広げました。それは性感染症の検査結果表で、性器クラミジアのところに、「+」と表示があったのです。
「結婚3年間、私は夫としか性交渉をしていません。ということは、夫が浮気したってことですよね。今、私たちは妊活もしているのに、性病ってありえない。このところ、宴会シーズンじゃないですか。夫はよく外泊するし、お金をバカスカ使ってしまう。ありえないことだらけなんです」
気持ちが落ち着くのを待ち、結婚の背景について伺いました。
「夫とは10年前に料理教室で知り合いました。大手製薬会社の正社員で、すごく明るくて、外見もいいからすごいモテていてた。夫はイベントや飲み会の幹事を率先してやり、みんなをまとめていて、ちょっと好きだったんです。当時、役作りのために俳優さんが教室にきていたのですが、その女性とすぐに交際し、“美人はいいな”と羨ましく思っていました」
その後も、教室は続けていましたが、35歳の時にマッチングアプリで知り合った男性と結婚してからは、足が遠のくように。
「元夫の束縛があったからです。元夫は私が楽しそうにしていると気に入らない。外では人当たりがいいのに、家に帰るとブスッとして、気に入らないことがあると壁を殴るんです。それが原因で実家に逃げていました。ある日、荷物を取りに戻ったら、元夫が見知らぬ女性と性交渉していた。これが原因で慰謝料付きの離婚をします」
この年は試練が続き、明美さんの父が交通事故に遭い、それと同時に母にがんが見つかり入院します。
「さらに、職場のパワハラが原因でうつっぽくなり、両親のケアもあるので会社を辞めました。夫から“どうしてる?”と連絡があり、会うことになったんです。私の話を親身になって聞いてくれて、励ましてくれる。何をしても肯定してくれて、どんな時も優しい。“こんな人と一生過ごせたらいいだろうな”と思っていたら、向こうからプロポーズされました。夫は海外赴任が決まっており、帯同する家族が欲しかったみたいです」
一年半のシンガポールでの新婚生活は順調だったそうです。だからこそ、帰国してからの夫の態度の酷さが目につくのだそうです。
帰国してから「幹事力」フル回転
「みんなでワイワイ騒ぐのが好きだから、学生時代の友人や、会社のフットサル仲間、野球チームの応援メンバーと出掛けてしまう。そして、すぐに人を家に呼ぶ。出すお酒も食べ物もタダではありません。それなのに、人からお金を取らないんです。そのことについて私が文句を言うと、“ケチケチしないでよ。俺の金だし”と軽い口調で返してくるんですよ」
シンガポールでは、職場で飲み会をしたり、大人数の友達が集まって出かける機会が少なかったそうです。
「夫が“幹事力”を発揮したくてうずうずしていたんでしょうね。そして、盛大にイベントを行うと、疲れるのか家で死んだように眠っている。分担するはずだった家事をやらないどころか、歯も磨かずに寝るんですよ」
夫は他人を励まし、喜ばせたいという気持ちが異常に強いそうです。
「まだ交際期間中、夫はびっくりするほど高価なバッグやジュエリーをプレゼントしてくれたこともありました。私が喜ぶ顔を見たいと言っていたのですが、私は、欲しいものは自分で買いたいという性格です、夫と購入先まで返品に行こうとしたら、“販売員さんががっかりするから辞めてほしい”と言われました。そのときに、“この人は他人を優先して生きてきたんだな”と。私がプレゼントを嫌がっていることが伝わり、以降はしなくなりました」
話を聞いていると、夫は自己評価がとても低いゆえに「誰かを喜ばせる」ことに全力を注ぐのではないかと思ってしまいました。そういう方は実はメンタルケアが必要でもあります。
宴会を飲み放題にするために5万円を自腹で
「それはあるかもしれません。一緒にいる人を全員楽しませようとして、自分の身を削るように頑張るんですよ。だから、忘年会や歓送迎会のシーズンでは、誰もやりたがらない幹事を買って出て、みんなを楽しませるようにするんです。去年の忘年会では、20人の宴会で飲み放題のドリンクメニューのオプションを自腹で5万円払っていましたからね。“それはおかしい”と言っても、みんなが楽しめればいいと」
そして、多くの忘年会の幹事になり、年末年始は全く動かず寝ているそうです。
「幹事疲れから目覚めた後は、ものすごく求めてくる。妊活していることもあり、避妊はしませんでした。それで、私はクラミジアに感染してしまった。私は絶対に夫としかしていないということは、夫が誰かとしているということですよね」
残念ながら、クラミジア感染症はそのほとんどは、性交渉が原因とされています。
「なんか、もう疲れたというか。毎週のように何らかの宴会の幹事をして、予約困難なお店の予約日に有休を使って電話をかけ続ける夫に嫌悪感さえ覚えるようになったのです。性感染症が決定的というか……とはいえ、夫に気持ちは残っていて、顔を見ると離婚とか、別居とか言えないんです」
12月の幹事は10回
明美さんは「バツ2になりたくないという思いもあって」と続けます。
「離婚はしたい時もあれば、このまま生活を続けた方が楽なのではないかという思いもあります。家は賃貸ですが、給料が多い夫が家賃の全額と光熱費と通信費を出してくれています。それに、結婚している安定感とか社会的信頼の高さも捨てがたい。子供ができれば夫が変わるかもしれないという思いもあり、妊活もしていました。そういう未練を捨てるためにも、調べてもらいたいのです」
性感染症という揺るぎない証拠があるので、浮気は確定しているようなものです。
「今日、結果が出ましたが、夫には結果を伝えません。夫は症状が出れば病院に行くと思うんですよ。ちょっと早めに調べてもらえますでしょうか」
夫が宴会の日は、女性に会わない可能性が高い。幹事として夜中まで飲み続けるからです。夫婦共用のカレンダーで、夫が幹事の宴会の日を聞くと、12月は10回もありました。
「異常ですよね。それとは別の飲み会にも顔を出しています。夫の行動を調べてください」
◇誰かを楽しませるために全力をつくすのは決して悪いことではないが、ひと月10回以上幹事をして、さらに他の飲み会にも顔を出していたら、出費は相当なものになるのではないだろうか。また、明美さんは夫に性感染症のことを知らせないと言っているが、夫がまた別の女性に伝染してしまう可能性もある。迅速に実態を調査し、性感染症の事実も伝える必要があるのではないだろうか。
夫はどんなふうに浮気をしているのか。調査の結果は後編「12月に10回宴会幹事。さらに…42歳夫の「異常行動」の切ない背景」にて詳しくお伝えする。