東芝ブレイブルーパス東京
売り上げの立て方は無限にある。株式会社東芝から独立して5年目のラグビーチーム、東芝ブレイブルーパス東京にはそう信じる。
主収益のひとつはもちろんラグビーのゲームだ。
加盟するジャパンラグビーリーグワン1部の今年6月までの先シーズンでは、自分たちで運営するホストゲームの平均有料入場者数が約9000人だった。有料観客率は常に8割超を保つ。
プレーした選手が帰宅するファンをお見送りし、次回以降の来場動機を促す「ファミリーロード」は常に盛況だ。
観客の作る温かみは本来のチームカラーとも共通する。昨季まで副将としてプレーして今季から海外に挑戦する原田衛は、ブレイブルーパスへの入部理由をこう表わしている。
「部活みたい」
北海道、鹿児島での主催試合では、ゲームの興行権そのものを各地域のラグビー協会に販売。チケットのセールスや支援企業の募集をその土地に委ねた。
クラブが赤字を背負うリスクを減らしながら、その土地自体にラグビーで稼ぐマインドを育んでもらうためだ。ゆくゆくは、リーグワンの加盟義務もあって作った小中学生のアカデミーの地方支部も作れたらと考える。
それと同時並行で、本体である東芝のほかに自分たちを支えてくれる会社をいかに増やすかにも苦心してきた。
「稼ぐ力をつけなくては」
強調するのは薫田真広だ。新社長である。ずっと増え続けて一昨季は約5億7000万円だったというオーナーフィー以外のからの収入を、8億円程度にしたいと考える。
もともとは選手として旧東芝府中や日本代表で活躍し、引退後は古巣の監督、日本ラグビー協会でのナショナルチームのディレクション業務、独立後のブレイブルーパスのゼネラルマネージャーを担ってきた。
いまは前職と兼任しながらのトップとなり、フィールド内外の全てを統括するようになった。ビシネス層をターゲットに、新たな施策を練っているという。
「東芝ブレイブルーパス東京 OPEN MEETING」
企業人向けの催しは、前社長時代からも盛んだった。
午前の名刺交換会と午後の試合観戦がパックとなった「東芝ブレイブルーパス東京 OPEN MEETING」が代表例だ。
そして別な場所も含めた取引先との談笑で、薫田はあることに気づいたと話す。
複数の企業における、共通課題についてだ。
オペレーション側からマネジメント側に回った社員が、その仕事内容の違いに戸惑いがちだと聞いたのだ。全体を統括する立場にいながら、少し前まで自分と同じ立場だった部下の仕事に介入し、かえって現場が混乱する例もなくはなさそうである。
一方、ブレイブルーパスをはじめとしたラグビーのクラブは、指示系統が明確だ。
シーズン中の週の頭には、ウィークエンドのゲームに向けてヘッドコーチや各担当の指導者がプレー面の狙いや理想のあり方を明示。その内容を、全体および小グループのミーティングで選手と共有する。グラウンド上のトレーニングで磨き上げ、当日を迎える。
特にブレイブルーパスは、「K9」と呼ばれるレギュラーにならないグループも綿密に打ち合わせる。「K9」の担当コーチとその週の「K9」のリーダーが、次の対戦相手の動きを把握して模倣する。
例えば前に出るディフェンスが得意なライバルをまねる際は、「K9」の年長者が「背後のスペースを抜かれるのは(戦術上)仕方ない。その代わり、前に出てしっかりとプレッシャーをかけきろう」と若手に訓示する。
それと同時並行に、首脳陣は各プレーヤーの個人スキル、フィジカルの強化にも時間を割く。勝負を制する1週間単位のプランのほか、底力をつける季節単位、月単位のプランも回すわけだ。
そのフローがビジネスパーソンにとって学びになるようで、社員にチームを見学させたいという幹部層の声もあるらしい。
もしもそのニーズがあるのなら、一定期間クラブの業務をしてもらいながら普段のチーム作りに触れてもらう「社員研修」のプログラムを用意できるのではないか…。出向元とのコミュニケーション次第では、新たなウィンウィンの関係を創出できるのでは…。
薫田はそう考える。
「ラグビー界が当たり前にやっていることが、一般の会社さんのなかではすごく新鮮に見られるようなことが多いみたいです。ラグビー流のマネジメントをいかに価値として打ち出していくか。人材育成の場として有効なのではないかと」
「4万人プロジェクト」
人間の脳は、人間にとっての価値を無限に生み出せる。
それをフィールド内外で体現しようとするブレイブルーパスがいま注力するのは、「4万人プロジェクト」だ。
シーズンを通じて打ち出す「ONE FESTIVAL」の一環として、12月14日の今季開幕節がある東京・味の素スタジアムで4万人の集客と最高の顧客満足度を目指す。
リーグワンができてからの4年間で、レギュラーシーズンのゲームがこの大台を達したことはない。
ここでの「ONE」とはチームが日本一であること、所属選手で世界トップクラスの司令塔であるリッチー・モウンガが今季限りで退団することなどに由来する。オープニングゲームにはペット連れのファンも楽しめるドッグシートも、「ONE」にちなむ。
2000~10年代の名選手でいまは事業を動かす望月雄太氏は、こう補足する。
「ファンの方からは『犬が苦手でどうしたらいいか』と、逆に犬をお連れの方も『どう配慮したらいいか』と質問をいただいています。今回はドックシートの導線を窮屈に感じないように限らせていただきます。試合中、ワンちゃんも飽きてきてしまうこともあると思います。そこで(座席背後エリアを)フリースペースにして、一定の広さを取っています。ここにある2~3台のキッチンカーは、犬を連れたまま並んでいただけます」
さらに屋外広場では、自薦他薦で「優勝」「金賞」「グランプリ」の名の付く約50ものキッキンカーを集めている。望月氏は「普通のキッチンカーフェスでも50台はなかなかない。チケットを買っていない近隣の方も、キッチンカーだけでも十分に楽しめる」と続ける。
「もちろん、どうせならラグビーも見ていこうかなと思っていただけたらベストです。ただ、ひとつのフェスティバルとしてここで遊んで楽しんでいただく、それが次につながる…という形で実施したいです」
現役選手やOBによるラグビー体験コーナーでは定番のパス、タックルのほか、立ったボール保持者を軸にまとまって前進するモールをはじめ専門的なスキルも楽しめる。
諸条件は厳しいもともとはチャンピオンチームとして開幕戦の単独開催をリーグ側に交渉も、スタジアム確保の観点から初日の13日は別なゲームで埋められた。
あてがわれた14日当日も横浜で別なゲームが組まれているうえ、聖地と呼ばれる都内の秩父宮ラグビー場では大学選手権の3回戦がある。
複数のチームのファンクラブに入る愛好家が多いとされる楕円球界にあって、全てのテレビのチャンネルで似た番組が流れているのと似たこの現状は芳しくない。
それでもブレイブルーパスの薫田は、上位を争う埼玉パナソニックワイルドナイツとのゲームのポテンシャルを信じる。都民を対象とした2万人規模の戦略的招待を絡め、賑わいをもたらすのを諦めない。
「いままでは有料(入場)にこだわりましたが、今回はもう一度、子どもたちにラグビーを知っていただく、ラグビーのポテンシャルがこんなにあるのかというのを示すのを優先します。ただやみくもに無料でお渡しするより、次につながる投資だと理解していただきたいです」
日が近くなるにつれ、薫田によれば「高い席から売れていく。指定席はほぼ完売。一般自由席をこれからどう売るか」。招待客の歩留まり率を考え、最後の最後まで新規のファンを募る。
ニーズに応じて券種は様々。グラウンドレベルで人と人とのぶつかり合いを体感できる「コリジョンシート升席」は1升最大6名で99000円(税込)。ブランケット付きだ。
これから初めてラグビーを見る少年少女、ラグビーを楽しんでいる中高生の存在を念頭に置き、薫田はこう頷く。
「(観客が)憧れ、夢が持てるような興業、雰囲気にしていきたい」
楕円球界は過渡期にある。事業化に踏み切ったクラブと、以前動いていたトップリーグの頃から引き続き企業の福利厚生の立ち位置にあるクラブとが混在する。
前者のグループにあたるブレイブルーパスは、業界そのものを持続可能な形状にしたいと決意する。
フランスのプロリーグであるトップ14の参加チームの大半が、年間予算を日本のクラブの倍程度もしくはそれ以上にあたる50億超としているとし、薫田は「リーグととともに、稼ぐ力や環境を作ることが重要」。取り組みの詳細をオープンにするのはそのためだ。
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