一般社団法人「ワタシニデキルコト」は2020年に立ち上げた動物支援団体だ。
代表の坂上知枝さんは、もともと個人で捨て猫や捨て犬を保護し、譲渡に繋げる保護活動を行っていたが、2020年に団体を立ち上げて以降、東京、福島、千葉の保健所やセンターと提携しながら、数名のスタッフやボランティアメンバーとともに活動を行っている。
本連載はワタシニデキルコト(以下、ワタデキ)で、坂上さんとともに活動しているメンバーの視点から、坂上さんらの保護動物たち救出のエピソードを紹介する。
多頭飼育崩壊はなぜ起こるのか
2024年10月、千葉市のセンターからワタデキにやってきたのが「リッツ」と「パピコ」だ。
2匹は一般家庭の多頭飼育崩壊で収容された17匹の犬の中にいた。
「リッツ」と「パピコ」の話をする前に、多頭飼育崩壊とは一体なにか。どうして引き起こされてしまうのかを紐解いていきたい。
多頭飼育崩壊とは、一般的には飼い主の許容数を越え無秩序に動物を増やしたことにより、飼育不能になってしまう状態をいう。つまりは飼い主のキャパシティ以上に動物が増え、動物たちの健康や生命維持が不可能になっている環境だ。
「これまでも一般家庭で起こった多頭飼育崩壊と呼ばれる案件に何度も関わりました。以前の記事でお話しした兄弟猫の白米と玄米や20匹の秋田犬たちもそうですし、今年はボランティア登録している愛護センターでも4月に50匹、6月には36匹という数の飼育崩壊猫が収容されました。5匹、8匹などもありましたが、これは多頭にはカウントされないくらい、しばしばあることです。
多頭飼育崩壊の飼い主は、現状を把握できない認知症や精神的な問題を抱えているケースがとても多いです。
精神科に勤めていた知人から、『多頭飼育崩壊状態なのに、個人情報だからと保健所に通報することもできない。見て見ぬふりをしなくてはならないのがつらい』と聞いたことがあります。
動物担当の保健所や愛護センターと人側の民生委員、病院などがもっと連携できる仕組みであれば、ここまでの数になる前に対処できる場合もあるのではないかと思います」(坂上)
「どの子も連れて帰りたい!」
センターに収容された17匹の犬たちは、一般の生活をしたことがなく、人慣れもできていないために一般譲渡はできず、登録ボランティア団体に引き取り協力依頼をしてきたのだった。
とにかく臭いがひどく、毛玉や汚れで固まっていた毛を刈られていたため短毛以外の子は丸刈り。爪も伸び放題の状態だった。
「人懐っこい子もいましたが、オドオドして震えている子が多かったです。それでもみんなトイレはシートでできていました」(坂上)
満足に餌も与えられず、荒れた環境に押し込められ、人に構われず、生まれてから一度も散歩をしたことがない犬たち。それゆえ人との関わり方を知らず、犬同士の方が安心できるようだった。
「どの子も連れて帰りたい!」と坂上は思ったという。
「とりあえず全頭見せていただき、職員さんに『一番心配な子は?』と聞くと、『一番小さなこの子ですかね。他の子と一緒だと餌を取られてしまうので別にしていますし、かなり臆病です』ということで、まずはその白い子を引き受けることにしました」(坂上)
それがパピコだった。そしてもう1匹、事前にセンターから渡されていたリストにはいなかったグレーの犬を引き受けることにした。それがリッツだ。
◇多くの団体が、センターからできるだけ「譲渡しやすい子」を引き出そうとする中、ワタデキの坂上さんは、もっとも「心配な子」「譲渡できなそうな子」「病気など治療が必要な子」を選ぶ傾向がある。以前その理由を聞いた時、坂上さんはこう答えた。
「人に愛されることを知っている子を、誰もいないところでひとりぼっちで死なせたくなくて」
そして、こう続けた。
「たとえ、これまで人間に愛された経験がなかったとしても、人間の愛情を知り、信頼していくことで愛される喜びを感じるようになると思うのです。
だから、たとえ一緒にいる時間が短いとわかっていても引き取ってしまいます。あたたかな気持ちで旅立ってほしいと思うから……」
パピコもリッツもまた、人のぬくもりも愛情も知らずに育った犬である。
後編「多頭飼育崩壊から救出。「散歩を怖がる犬」が愛情を知ったときに起きた奇跡」では、保護後の生活の変化と、彼らが“家庭犬”として歩みだすまでの道のり、そしてリッツに訪れた嬉しい未来について詳しくお伝えする。