【前の記事より続く】『映画『国宝』歴代邦画実写1位で歌舞伎座に1万人が初来訪!苦境の松竹演劇事業を6年ぶり黒字に転換させた立役者に』
映画『国宝』が世代をまたぐ大躍進
映画『国宝』が国内実写映画興行収入第1位の座に就いた。これまで22年間、首位を守ってきた『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』が大ヒットドラマの映画化であること、製作にドラマ版の放送を手掛けたフジテレビが入っており、予算をかけた宣伝活動をおこなったことなどを鑑みると、『国宝』の大躍進は業界的にも大トピックスだ。
6月の日本公開以来、『国宝』観客の熱は世代をまたぐ形で広がっていった。今年の流行語大賞にもノミネートされた「国宝(観た)」とのワードが夏ごろからSNSやリアル会話で頻繁に登場したことも記憶に新しい。
また『国宝』は国内だけにとどまらず、アメリカやイギリス、ドイツ、韓国など海外でも上映され、フランスでの一般公開も決定。各国の観客や批評家からはさまざまな感想が寄せられている。
なかでも多いのが、作品のテーマのひとつといえる歌舞伎の世襲制度についてと、日本の観客からも聞かれた作中の女性たちの描かれ方だ。
確かに歌舞伎という伝統芸能についてあまり知識がないまま『国宝』を鑑賞すると、なぜ喜久雄(吉沢亮)があれほどまでに“血”に執着するのかわかりづらいし、俊介(横浜流星)の絶望も、後から来たライバルに役を奪取されたからと映るかもしれない。
映画版での女性の描き方については、やはりネガティブな感想も見受けられるが、じつは原作となった小説の『国宝』(吉田修一 著)で描かれている春江や彰子ら女性登場人物は映画版と比べ、もっとずっとたくましい。小説でも映画でも、春江は俊介の、彰子は喜久雄の配偶者となり、いわゆる“梨園の妻”と呼ばれる立場になるわけだが、今の歌舞伎界にはどんな“梨園の妻”たちがいるのだろうか。ここでは“出役”(でやく)から梨園の世界に入った4人の女性をピックアップしてみたい。
梨園の女傑たちを大紹介
三田寛子 ~歌舞伎界のゴッドマザー~
花の82年組として中森明菜、小泉今日子、シブがき隊らと同時期に「駈けてきた処女(おとめ)」でデビュー。天然ボケキャラクターでバラエティ番組などでも人気を博していたが、1991年、三代目中村橋之助(現 八代目中村芝翫)と結婚し、しばらく表舞台からは姿を消す。結婚当初は「アイドルに梨園の妻が務まるのか」と言われたりもしたが、中村橋之助、中村福之助、中村歌之助ら3人の息子を歌舞伎俳優として育て上げ、近年では情報番組のコメンテーターなどでも活躍。この人が凄いのは、夫の不倫報道などが出ても表立っては動じず、パブリックイメージ=ホワンとしたキャラクターを守り続けていること。
先日、長男の橋之助が元乃木坂46の能條愛未と婚約したさいには、34年前の自身の婚約発表会見で着用した着物は義父(七代目中村芝翫)から贈られたもので、能條にも同じ着物を着て会見に出てもらったとのコメントを画像とともにインスタにアップ。もはや、成駒屋を回すゴッドマザーである。
藤原紀香 ~伝統と革新のハイブリッド~
2016年に片岡愛之助と再婚。それこそ結婚当初は色眼鏡で見られることもあったようだが、今や押しも押されもせぬ梨園の妻。初日と千秋楽には劇場ロビーに立ち贔屓筋にあいさつするのは勿論、手書きのお礼状なども欠かさない。
三田寛子がトラディショナルタイプだとしたら、藤原紀香は伝統と革新の両方を体現するハイブリッド型といえる。食事や健康面で夫のサポートをこなしながら、映画『翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~』で神戸市長役を担い、大阪府知事役の愛之助と仲の悪い夫婦役で話題を呼んだり、自身が出演する舞台『キャッツアイ』の会見で、愛之助が主演を務めるルパン三世の歌舞伎版『流白浪燦星』について「家に泥棒が多い」と語って両作のアピールをするなど、キャッチ―な発言でマスコミ対応も100点だ。
映画『国宝』演技指導者の母も大物女優
前田愛 ~まるでリアル朝ドラ~
10歳から子役としてタレント活動をはじめ、俳優・声優業を経て2009年に二代目中村勘太郎(現 六代目中村勘九郎)と結婚。歌舞伎俳優・中村勘太郎、中村長三郎の母でもある。結婚と出産を機に仕事はセーブしているが、事務所にプロフィールも残っているし、近年ではNHKのドラマ出演などもあるようだ。
だが、私たちがもっとも彼女を見る機会が多いのは、十八代目中村勘三郎存命時より中村屋ファミリーに密着し続けているフジテレビのドキュメンタリー番組だろう。ひとりの女性が伝統芸能の世界に足を踏み入れ、妻や母、中村屋のおかみさんとして成長していくさまは、リアル朝ドラを見ているような印象すらある。
富司純子 ~いわずと知れた超レジェンド~
1960年代に映画界で活躍。1972年、四代目尾上菊之助(現 七代目尾上菊五郎)と大河ドラマでの共演をきっかけに結婚し、芸能界を引退する。一時ワイドショーの司会者として復帰するものの、出産・育児のため休業し、80年代終盤から本格的に俳優としての活動を再開した。長女は寺島しのぶで長男は八代目尾上菊五郎。また、孫の六代目尾上菊之助と尾上眞秀も歌舞伎俳優の道を歩んでいる。
歌舞伎界の重鎮、七代目菊五郎の妻であり、自身もかつて“緋牡丹のお竜”として東映の一時代を築いたうえで名門・音羽屋の後継者を育て上げるなどまさに非の打ちどころのないレジェンドだ。
また、すでに鬼籍に入られているが、宝塚歌劇団を経て結婚後に政治家に転身し、女性初の参院議長を務めた扇千景も梨園の妻だった。夫は四代目坂田藤十郎(2020年に死去)で、夫妻の長男が四代目中村鴈治郎。映画『国宝』の原作者、吉田修一氏が黒衣として歌舞伎の現場についたさいに指導にあたり、映画版では彰子(森七菜)の父親、大物歌舞伎俳優・吾妻千五郎として出演もしたその人である。
日本でのロングラン上映や海外での公開も受け、第98回アカデミー賞国際長編映画賞部門の日本代表に選出されている映画『国宝』。伝統芸能という血や情念が渦巻く世界を描いた本作が、今後さらに実施される選考で最終ノミネートの5作品まで残ることができるのか。まだ『国宝』から目が離せない状況は続きそうだ。
【もっと読む】映画『国宝』業界人たちの【評価が低すぎるワケ】…国内実写映画の興行収入トップも目前!歴史に残る空前の大ヒットも