ひと晩で数百Km、寝ながら移動
皆さんは街なかで、「ピンクの高速バス」を見かけたことがあるだろうか?・・・都内に本拠地を持つ「WILLER EXPRESS」は、全国23路線・345便を毎日運行する、高速バス・夜行バス界のトップブランドだ。
そんなWILLER EXPRESSが、さる2025年12月4日に「戦略説明会」を開催。平山幸司社長みずから語ったところによると、2025年は増収増益・過去最高売り上げも見えるほどの絶好調であったという。
しかし…増収の陰で、ちょっと変わった現象が起きているようだ。
販売席数はコロナ禍前(2019年)からマイナス22%。前年比でもマイナス6%と減少しているのに、1席あたりの平均単価は2019年:4848円→2025年(見込み)5594円と、単価は上昇している。
つまり、「「売るモノ(座席)は減ったのに、売上単価は上がったが故の増収増益・最高益」。平山社長いわく「各便とも4席くらいしか空きがない状態」だといい、WILLER EXPRESSのバス事業の順調さ、裏を返せば「需要に供給が追いついていない「ひっ迫状態」であることが伺える。
まずは、「なぜ高速バス・夜行バスの需要がここまで上がっているか」検証してみよう。そのうえで、WILLER EXPRESS」が力を入れている「ハイウェイパイロット(WILLERグループでの運転手・ドライバーの呼称)」の育成などについてお話を伺う。
そして…普段は入れない「バス会社の社員食堂」に成功した。この社食、なかなかボリュームたっぷりだ!
ホテル高騰→夜行バスへ
座席が減少しても売上が上昇した理由について、平山社長は「ホテル前泊」から「夜行バスで当日朝到着」という、行動様式の変化を挙げた。
都内では宿泊費用がコロナ禍前と比較して2~3倍に上がっており、さらに今年は大阪・関西万博の影響で、関西でもホテル不足や料金高騰が起きた。ライブやイベント・万博などのために地方から移動する人々にとっては、「それならホテルを使わず、高速バスで寝ながら移動した方が安上り」というマインドが働いたのだ。
また平山社長によると、もともとの顧客である学生だけでなく、これまで夜行バスを敬遠していた「可処分所得の多い層」(社会人の中でも、経済的にある程度余裕がある層)の利用が増加しているという。
席数が減少したのに売り上げが上がっている・・・ということは、「単価が上がった」ことに他ならない。平山社長によると、ゆとりある座席空間「3列シート」や、後ろの席を気にせず座席を倒せるカプセルホテルのような「コクーン」など、高単価で寝心地の良い座席の販売が好調なのだという。
ホテル代の替わりに「バスの座席上でもしっかり寝たい」というニーズが生じたからこそ、数千円の上積みを要する座席の販売が好調、という現象が起きたといえるだろう。
ミッション「人材を確保せよ!」WILLER流・ハイウェイパイロット養成戦略
ただ、このまま座席数を増やせないままでは、乗客の需要に応えられない。高速バス・夜行バスの会社としては、バスの運転を担う人材を確保しないと、企業としての成長が止まってしまう。
WILLER EXPRESSが人材確保のためにとっている対策は、まず「運転手の呼称変更によるブランディング」。平山社長によると、2024年4月から運転手に「ハイウェイパイロット」という呼称を採用して以降、実際に大学生の新卒採用が増加しているようだ。
もちろん、ハイウェイパイロットには、接客スキルを中心に運転手より高いスキルが求められる。対策として、社内で開催した「トップガンコンテスト」(賞金100万円)が、運転技術・接客の向上に役立っているようだ。
「社内コンテストに100万円?」という声もあったようだが、開催してみると「実際のトラブルの事例を積極的に学ぶ」「営業所ぐるみで「コンテストに勝てるドライバーを出したい!」といったマインドが生まれ、自主的なスキルアップに繋がっているという。
また、新卒採用での育成手段として、独自の教育機関「WILLER LABO」を開設。採用された新人はしっかりと実技教育を受けるだけでなく、全寮制で寝食をともにすることで、採用後も連絡を取り合い、励ましあう関係を作るという・・・バスのドライバーは孤独に耐えかねて辞める場合も多く、平山社長いわく「LABO創設から10人程度のハイウェイパイロット純増に成功しており、孤独による離職の抑制といった効果もある」そうだ。
バス会社は各社とも社員養成を行うものの、「教育」いう押し付けとアフターフォローの薄さが、離職を生むことも珍しくない。WILLER EXPRESSでは、独自のコンテストと「仲間づくり」によって、「教育」を押し付けることなく人材養成に成功している点が興味深い・・・もっとも「地方在住でも、2年目で年収600万円以上」という、給与水準があっての人材定着ではある。
平山社長によると、ハイウェイパイロットの採用は高卒採用(現時点で2名)大卒採用(現時点で5名)だけでなく、JLPT(日本語能力検定)のN3レベルまで取得してもらった上で、フィリピン・ネパールなどからも人材を採用しているという。
ほか高校の進路担当者に接触したり、SNS発信による動画発信で広く人材を募るなど、地道なリクルートに取り組むWILLER EXPRESSの動きに注目したい・・・増便できるほどに人材が充足したら、同社はどこまで利益を伸ばせるのだろうか?
450円でボリュームたっぷり!WILLERの社員食堂に潜入!
ここからは、普段まず立ち入れない「WILLER EXPRESSの社員食堂」に潜入してみよう。戦略発表会の終了後に、特別に社内施設にご招待いただいた。
食堂は江東区新木場のWILLER EXPRESS車庫(本社併設)内にある。夜行バスの運転を終えたハイウェイパイロットは、帰還後に車両のチェックを終えて勤務を終了、施設内の「新木場DINING」で食事を取って、休憩所で熟睡して次の乗務に備える。
食堂の自販機を見たところ、とにかく安い!「ヘルシーランチ」などの定食モノが450円、麺類は300円など・・・車庫のまわりに食事処がなく、徒歩圏内の新木場駅には牛丼・ハンバーガーなどのファストフードしかないことから、「従業員にもっとヘルシーな食事をとってほしい!」と、WILLER EXPRESSが独自に社員食堂を開設したという。
さて、さっそくいただいてみよう。この日の「ヘルシーランチ」は、ごろっと大きな豆腐が入った「酸辣スンドゥブ」に、小鉢2品と味噌汁・ごはん付き。鶏肉・春雨がかなり多めに入って500キロカロリ-少々、そしてこの満腹感!食べてから数時間のバス運転を担えそうなランチであった。
なお、WILLER EXPRESSはインバウンド人気も高い「レストランバス」を運営しており、「新木場DINING」の厨房は基本的な食材の加工などにも活用されている。数人の従業員を抱える社員食堂を自前で維持できるのも、多くのハイウェイパイロットを抱えつつ、観光バスで食事を提供するWILLER EXPRESSならでは、といえるだろう。
戦略発表会の帰りにも、成田空港へ向かうシャトルバスなどが頻繁に車庫から出庫していた。WILLER EXPRESSはハイウェイパイロットの養成に成功し、需要が右肩上がりの高速バス・夜行バス業界で、さらに勢力を伸ばすことができるのか。今後を注視したい。
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