「憑依型俳優」と呼ばれる森田望智さん。少しその役柄を振り返ると、そう言われることに納得してしまう。
たとえば『全裸監督』(2019、2021)では、国立大学在学中のお嬢様でありながら、「自分のありのまま」を肯定すべくアダルトビデオの世界に飛び込んで一世を風靡した黒木香さんを。
NHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』(2024)では、主人公寅子の親友で、義理の姉となり、「トラちゃん」を文字どおり支えた良妻賢母の花江を。
大人気コミック『シティーハンター』の実写ドラマ(2024)では、殺された兄の相棒・冴羽亮のアシスタントとして活躍するボーイッシュなヒロイン・槇村香を。
これらすべて、森田さんが演じ、大評判となったのだから。
しかし、さらに見たことのない森田さんの姿を目の当たりにする作品が登場した。それが内田英治監督の『ナイトフラワー』(11月28日全国公開)だ。
森田さんが本作で演じるのは、格闘家の多摩恵。風俗店でデリヘル嬢をしながら暮らしている。原案・脚本は『ミッドナイトスワン』『マッチング』の内田英治監督だ。北川景子さん演じる主人公・夏希は二児の母で、子どもの将来のためにドラッグの売人となる。多摩恵は夏希のボディーガードとなるのだ。多摩恵の幼馴染みで、やむなくドラッグの元締めを紹介したが、なんとか多摩恵を守ろうとする青年・海を、Snow Manの佐久間大介さんが演じている。
『虎に翼』で「もう、トラちゃんったら」と柔らかく語っていたあの「花江ちゃん」が、ド迫力のファイトシーンを見せ、背中を丸めてガニ股 で歩いているなんて、想像できるだろうか。しかも超ハードなトレーニングシーンやファイトシーンはすべて自らが行ったのだ。映画公開から間もなくにもかかわらず、本作で報知新聞映画賞助演女優賞も受賞している。
11月末には2027年度のNHK朝の連続テレビ小説『巡るスワン』のヒロインをつとめることも発表され、ますます期待が高まる森田さんへのインタビュー前編では、『ナイトフラワー』のための過酷なトレーニングについて詳しく聞く。
まだ見ぬ自分に出会えると思った
多摩恵は幼少期から家庭環境に恵まれなかった。格闘技をすることで「生きている実感」を得ているからこそ、ストイックにトレーニングに励み、殴られても殴られても、立ち上がって挑んでいく。しかしそんなハードな役をそもそもなぜ引き受けようと思ったのか。
森田望智(以下、森田):「これまで演じてきたどの役よりも自分から遠い存在だったので、とても難しいと感じました。格闘技のユニフォームを着てリングで戦う自分の姿が、まったく想像できなかったんです。
だからこそ、きっとまだ見ぬ自分に出会えるんじゃないかと思いました。
自分には想像できなくても、内田監督にはきっと見えているイメージがあるのでは、という期待があり、何より台本を読んだときに心臓を掴まれるような衝撃があって、『ぜひやらせていただきたいです』とお伝えしました。ですが
始まってみたら、格闘技がこんなにも向いてないのかっていうくらい辛くて、すごく苦戦しました」
7キロ増量し、フットワークを…
「苦戦した」とは言うが、トレーニングのシーンも試合のシーンも、猛烈なスピードのフットワークを見せる。森田さんは半年の準備期間の間に体重を7キロ増量し、格闘技を身につけていったという。
森田:「格闘技のトレーニングに加えて、体づくりのためには今より大きくする必要があると感じていました。
選手としてどの程度のレベルを想定されているのか伺ったところ、 監督からは『怪我をしないのが1番だから、無理にやらなくていいよ。できる範囲に合わせて脚本も調整するから』とおっしゃいました。『できる範囲』がどれくらいかは自分次第で、リミッターを決めるのも自分なので孤独な闘いでした」
寝る直前にステーキを焼いて食べていました
スクリーンでは、馴染まないどころか本物の格闘家にしか見えない。実際、多摩恵を支える幼馴染みの海を演じた佐久間大介さんはインタビューで「森田さんは格闘技できないって言いながら結局できるんですよ」と語っていた。
森田:「どうしても練習のときと比べてしまって、本番でうまくいかなかった時は反省ばかりでした。常に『もうちょっと、もうちょっと』を繰り返し思っていました」
「本物の格闘家に見せる」のは動きだけではない。お伝えしたように7キロ増量をしているのだが、それが「ただ太った」だけでは格闘家には見えないだろう。実際どのような食事管理をしていたのだろう。
森田「撮影前の半年間、練習は格闘技のトレーニングを中心に、また走り込みやシャドーボクシングなど一人でできることにも取り組みました。食事に関しては、体重を増やすために当初はラーメンやスナック菓子などで増やせたらいいのになと思いましたが、ただ体重を増やすだけではなく、鍛えた筋肉を落とさないためには、お肉やお米をしっかり摂ることが大切と教わりました。
寝る直前にステーキを焼いて食べて、深夜にも焼いて食べて、また朝イチで焼いて食べる。を繰り返していました。ほかの撮影とも並行していたため、ご迷惑にならないよう調整しつつ、できる限り体づくりを進めていきました」
格闘技は“自分が生きてきた証明”
本当の格闘家のように良質のタンパク質と炭水化物と脂肪で体重を増やしながら、元地下アイドルだった新米看護師の柚子や、良妻賢母の花江を演じていたとは……。しかも微塵も感じさせないほどのスタイルをみせていた。ただし、練習は孤独だったという。
森田:「格闘技を教えてくださるメイさんとずっと半年一緒だったんですが、メイさんがいない時は一人で格闘技の教室に通っていました。教室には幅広い年齢層の方がいらして、特に本格的なクラスの時は、小鹿みたいに恐縮しちゃって……雰囲気に慣れるには時間がかかりましたが、一歩ずつ学ばせていただきました。ただ、それでも本当に難しくて、レッスンに参加していたのが私だけだったこともあり、『もうやめたい』『心が折れそう』と思う瞬間が何度もありました。 だから撮影が始まった時は嬉しかったです。『一人じゃない』『みんないる』っていうことが気持ち的にまったく違いました」
「仕事だから」だけでこれほどハードなことをこなすことは簡単ではない。なぜここまでできるのだろうか。森田さんに多摩恵の話をさらに聞いていくと、その理由が浮かび上がってくる。
森田:「最初に脚本を読んだ段階では、多摩恵には母親がおらず、父親から酷い虐待を受けて育ったという設定だったため、 孤独に生きてきたイメージが強くありました。格闘技はそんな人生の中で“自分が生きてきた証”のような存在で、『ここにいるよ』『負けないよ』って、自分を鼓舞してきたんじゃないかと思っています。そんな多摩恵にとっての“救い”は何だったのかと考えたときに、『痛みを分かち合えたり、同じ体験をしてきた唯一の人が(佐久間さん演じる)海さんなんじゃないか』って思ったんです。普通の友達や恋愛とはまた違う、“深い部分でつながっている”存在というか。これはすごく大きい関係性だなと感じました。
さらに、夏希さんと出会って、初めて“自分より大切な人”ができた。この人たちのためだったら頑張れるし、守りたい。多摩恵にとっての“家族”になっていくのを感じました」
◇映画のクライマックスでも、森田さんが「格闘家」の姿を力強く見せるシーンがある。ここで佐久間大介さんは「思わず涙が出た」と語っていた。「できるだけやればいい」といわれた格闘技を、多摩恵が生きていた証明として、自ら格闘家として立てるようにトレーニングを積む。そして共演者も思わず涙が出るような姿を見せる。役柄へのリスペクトあったからこそ、これほどまでの過酷なトレーニングも乗り越えられたということなのだろう。
インタビュー後編「森田望智「北川景子さんと佐久間大介さんには本当に救われました」」では、共演者の方の存在や、この映画のテーマのひとつでもある「守りたいもの」について詳しく聞いていく。
森田望智(もりた・みさと)
1996年9月13日、神奈川県生まれ。2011年にテレビCMでデビュー。Netflixオリジナルシリーズ『全裸監督』(2019)で第24回「釜山国際映画祭2019」アジアコンテンツアワード「New Comer賞(最優秀新人賞)」受賞。ドラマ『おかえりモネ』(2021)『作りたい女と食べたい女』(2022、2024)『雪国』(2022)、『最高の教師』(2023)、『虎に翼』(2024)、映画『シティーハンター』『ナイトフラワー』など出演作多数。2027年前期のNHK朝の連続テレビ小説『巡るスワン』でヒロインをつとめることも発表された。特技はフィギュアスケート・クラシックバレエ。
『ナイトフラワー』
借金取りに追われ、二人の子供を抱えて東京へ逃げてきた夏希は、昼夜を問わず必死に働きながらも、明日食べるものにさえ困る生活を送っていた。ある日、夜の街で偶然ドラッグの密売現場に遭遇し、子供たちのために自らもドラッグの売人になることを決意する。
そんな夏希の前に現れたのは、孤独を抱える格闘家・多摩恵。夜の街のルールを何も知らない夏希を見かね、「守ってやるよ」とボディーガード役を買って出る。タッグを組み、夜の街でドラッグを売り捌いていく二人。ところがある女子大生の死をきっかけに、二人の運命は思わぬ方向へ狂い出す――。
インタビュー・文/新町真弓(FRaUweb)