すっかり普及した感のある生成AI。その代表例であるChatGPTは、日本の若者の間では「チャッピー」という愛称(2025年度の新語・流行語大賞にノミネートされている)で呼ばれるようになるほど身近な存在となり、勉強や仕事に関することだけでなくプライベートな話題を相談する人も多いようだ。そうした話題には、もちろん恋愛のことも含まれる。
たとえばワカモノリサーチが現役男子高生・女子高生にアンケートを取ったところ、男子高生の約1割、女子高生の約4割が「ChatGPTに恋愛相談をしたことがある」と回答したとの結果が出ている。その具体的な使い方としては、男子高生の場合には「どうやって付き合うのか聞いてみた」や「恋愛の仕方を教えてもらった」など、「恋愛の根本部分を相談する」傾向、女子高生の場合には「絶対に口外しないから」や「秘密を絶対に守ってくれるから」など、「知人・友人・親などに話せないことを相談する」傾向が見られたという。
確かにChatGPTは、モデルのバージョンによっては人間に寄り添うような回答をしてくれることもあり、恋愛相談の相手としては最適なのかもしれない。しかし最近、気になる傾向が生まれていることが指摘されている。キーワードは「AIイック(AI Ick)」だ。
ChatGPTを使う人とは交際したくない?
AIイックとは何か。堅苦しい言い方をすると、それは「生成AIに独創的な思考を外部委託する人や企業に対して抱く、興ざめ感や嫌悪感」を指す。要するに「こんなに大事なことにAIを使うなんて!」という感情だ。
この記事の冒頭で、記事全体のイメージを表すイラストを掲載している。これは筆者がChatGPTに生成させたものだが、もし筆者がイラストレーターとしても活動していたらどうだろうか?イラストを描けるにも関わらず、自分の手を動かすことを放棄して、AIを頼るなんて――と感じられてしまったかもしれない。それがまさに「AIイック」だ(ちなみに筆者にはまったく絵心というものが無いので、ChatGPTにイラストを描かせたことをご容赦願いたい)。
その「AIイック」が恋愛や交際の場面にも登場していることを、英ガーディアン紙のアレイナ・デモポロス記者が指摘している。
恋愛では「NG事項」のようなものが存在する。「タバコを吸う人はダメ」や「お金にルーズな人とは付き合いたくない」といった具合だ。そうした条件を持つのは普通のことだし、皆さんにも1つや2つあるだろうが、最近はその中に「ChatGPTを使わないこと」が含まれるようになってきているというのだ。「僕・私とのデートという何よりも大事な場面で、ChatGPTに頼るなんて興ざめもいいところ」というわけである。
彼女はこの「恋愛版AIイック」とでも呼ぶべきものを強く感じた場面として、友人の披露宴のリハーサルでの出来事を紹介している。披露宴会場となったのは、オレゴン州ワインカントリーの洒落た施設だったそうなのだが、その際に花婿が「この会場はChatGPTで見つけたんだ」と秘密を打ち明けたという。いまどき情報収集に生成AIを使うなど当たり前の話なのだが、彼女は「もし将来の配偶者がChatGPTの知恵を借りた結婚のアイデアを持って現れたら、結婚を取りやめにするかもしれない」と感じてしまったそうだ。
そもそも英語で「イック」とは、相手の行動が「なんとなく不快」だと感じてしまい、好意や好感がさめてしまう現象を指す。日本でも一時期「カエル化現象」という言葉が話題になったが、これも「ほんの些細な行動で、なぜか恋心がさめてしまう瞬間」を意味していた。つまり理論やロジックでは説明できない感情であり、アレイナ記者に「そのくらいChatGPTを頼ってもいいじゃん!」と開き直っても、彼女自身も困ってしまうだろう。「それはそうかもしれないけど、なんかイヤ」だからだ。
一方で、この感情をロジカルに説明している人もいることを、アレイナ記者は紹介している。
その1人、ニューヨークのブルックリンに住むアナ・ペレイラという26歳の女性は、恋愛においてChatGPTを使うというのは「自分で考えることができず、アプリに頼らなければならない」ことの表れだという。また友人の女性の体験として、一夜を共にした男性に翌朝朝食に行こうと誘ったところ、彼はスマートフォンを取り出してChatGPTを開き、「おすすめのレストラン」を尋ねたというエピソードを紹介している。食事の場所を選ぶという「楽しい決断」さえアウトソーシングするような人間と、しかも交際を始めてから何年もたってではなく、いわば「最初のデートの計画」をAIに任せるような人間と、果たして深い関係を築けるだろうか?と、彼女は幻滅したそうだ。
こういう話を聞くと、確かにAIイックという感情が生まれるのも納得かもしれない。
企業も無関係ではない
自分は生成AIにデートや恋愛に関することを相談しないから大丈夫、という方も、無関係ではいられないかもしれない。というのも、このAIイックは、企業に対する感情にもなり得るからだ。
生成AIの普及を受けて、企業も普通にそれを業務上で活用するようになっている。たとえばコンサルティング会社のPwCが発表した「生成AIに関する実態調査 2025春」(2025年6月公表)によれば、日本国内企業の従業員(売上高500億円以上)にアンケートを取ったところ、「自社の生成AI活用の推進度合い」という質問に対し、「活用中」と回答したのが56%に達したという。またこの質問に「活用中・推進中・検討中」と答えた企業(つまり生成AIに取り組んでいる企業)の中で、「営業・マーケティング」に活用していると答えたのは、26%となっている。企業における生成AI活用の中でも、マーケティングにおいて使うことは、さほど珍しくなくなっていると言えるだろう。
しかしジャーナリストのデボラ・アーツは、クイーンズ大学スミス・ビジネススクールは、同大学のセレン・コルサリチ准教授とシャメル・アダス准教授へのインタビュー結果をまとめた記事の中で、「企業がAI導入を急ぎすぎると、ブランド認知、顧客満足度、購買意欲に悪影響を及ぼす可能性がある」と警告している。その理由こそ、消費者が企業に対して抱く「AIイック」だ。
この記事ではAIイックを、顧客向けに展開される会話型の生成AIが「なんだか気持ち悪い」「違和感がある」と顧客に感じさせてしまうリスク、と定義している。典型例のひとつは、カスタマーサポートのチャットボットが「まるで人間のように」ふるまおうとするケースだ。口調や感情表現を模倣してくるが、微妙な言い回しのズレや返答のタイミングの不自然さから、「偽物の人間に話しかけられている」ような気持ち悪さが生じる。これは、ほぼ人間だが完全ではない存在に対して不気味さを感じる「不気味の谷」効果に近い。
一方で、回答の品質が低いことによるものではないAIイックも存在すると指摘されている。たとえばAIがユーザーの意図しない個人データを突然参照する場面も、強いAIイックを引き起こすという。たとえば「前回のご注文は〇〇でしたね」「あなたの過去の検索履歴からおすすめします」といったメッセージが、説明なしに提示されると、利用者は「自分の行動が監視されているのでは」と感じ、プライバシーへの不安を抱く。
さらに恋愛における「AIイック」に近い理由による反発も見逃せない。日本でも最近、マーケティングのクリエイティブ(広告に使用する画像や、CMに使用する映像など)を生成AIにつくらせるケースが増えているが、そうした企業に対して「炎上」に近い反発が生まれる場合がある。「企業はクリエイターにお金を落とすべき」や「ブランドイメージをつくる大事な場面をAIに任せていいのか」といった感情がその理由だが、いずれにしてもAIが生成したアウトプットの品質とは関係なく、AIイックが起こり得る点にも注意が必要だ。
いずれにせよ、こうした違和感が積み重なると、ユーザーはAIだけでなく、それを提供する企業そのものにも不信感を持つ。結果として、ブランド離れや顧客満足度の低下につながる可能性があるため、企業はAIシステムの設計段階から「AIイックを生まない体験」を真剣に考える必要があるという。
AIイックを抱かせないために
人が好きな相手との恋愛関係を発展させようとする場面にせよ、企業が大切な顧客との関係を構築しようとする場面にせよ、そこに生成AIを絡ませることは「AIイック」を引き起こすリスクがある。
確かにAIは、美味しいレストランやお洒落な披露宴会場の検索、完璧なデートプラン、そして顧客を感動させるイメージや映像の生成に至るまで、あらゆる場面を効率化してくれる便利な存在だ。しかしその利便性に過度に依存すると、自らで考え、迷い、感情を調整しながら関係を築くという、人間にとって本来欠かせないプロセスが失われかねない。
同時にAIを使うこと自体が、相手とのやり取りが「重要ではないもの」であるというイメージを与え、その関係を崩してしまうリスクをはらむものでもある。
意味のあるつながりは、効率や最適化だけで成立するものではなく、時に不器用で、予測できず、感情の揺れを伴うやり取りの中で育まれる。マーケティングにおいてさえ、時に失敗だと思われた行為が、意外な「親しみやすさ」や「親近感」を生み出す場合がある。AIはあくまで補助的な道具と捉え、肝心な場面では自分自身の言葉や判断を信じる姿勢が重要だ。
AIが整えた「正解っぽい答え」よりも、自分の心から生まれる不完全な言葉の方が、相手にとってははるかに真実味を持つのである。
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