♪夏が来れば〜の国民的愛唱歌「夏の思い出」で有名な尾瀬(おぜ)。日本最大の山地湿原・尾瀬ヶ原や尾瀬沼は、大昔の火山噴火で周囲がせき止められてできたそう。5月〜6月には歌詞のとおりにミズバショウが、その後もニッコウキスゲ(7月〜8月)やオゼミズギク(7月〜9月)、オゼトリカブト(8月〜9月)など色とりどりの花が咲き誇り、まさに天国のような花畑となります。
ただ、そんな楽園イメージの尾瀬は、実は2000m級の山々に囲まれていて、私たち“山登り初心者”が訪れるには、なかなかハードルの高いところでもあるのです──。
初心者からベテランすべてにやさしい“山ホテル”
そんな私たちに手をさしのべてくれたのが、全国でさまざまな旅館やホテルを次々オープンさせ、飛ぶ鳥を落とす勢いの星野リゾート。登山に欠かせない“山小屋”とは一線を画す、オシャレでキレイで都会同様の快適設備が整った“山ホテル”の新ブランド、「LUCY(ルーシー)」を立ち上げ、9月1日から尾瀬国立公園内の群馬県・鳩待峠(はとまちとうげ)に「LUCY尾瀬鳩待 by 星野リゾート」(冒頭写真)を開業したのだ。
尾瀬に入るには、大きく4つのルートがあるが、もっとも首都圏から近いのが鳩待峠だ。といっても、東京〜上毛高原までは上越新幹線で1時間、上毛高原駅から尾瀬戸倉まではバスで100分、レンタカーを借りても1時間。そこからはマイカー規制があるのでレンタカーは入れず、鳩待峠までは誰もが乗合バスか乗合タクシーをつかうことになる。いずれも1300円で同料金、所要時間も同じく35分。つまり、東京から日帰りで尾瀬トレッキング……というのは、ほとんど不可能に近い。そこに、山の初心者からベテランすべてにやさしいLUCY尾瀬鳩待の存在理由があるわけだ。
10月。もうすぐ尾瀬も閉山という時期にLUCY尾瀬鳩待を訪れると、迎えてくれたのは例の歌にも出てくる濃い霧。そして結構な寒さ。ムリもない、ここは標高1591mもあるのだ。が、一歩中に入るとホッとする。ウッディでモダンなしつらえ、行き届いた設備。今回泊まるのは2階のツインルーム。バンクベッド(二段ベッド)を備えた6m2の部屋だが、布団はふかふかで、ミニ冷蔵庫にちょっとした仕事ができる机もある。
夕食までにはまだ時間があるので、1階の24時間利用できる「Food & Drink Station」で、アクティビティ「オリジナル熊鈴づくり〜パラコード編み体験〜」に参加してみた。全国で熊被害が問題になっているなか、トレッキングに熊鈴は欠かせないもんね。まずは人間が「ここにいますよ」と熊に知らせ、近づいてこないようにすることが肝心。それが熊と共存するための秘訣なのだそうだ(そう甘くないケースも多々あるとは聞くが)。
まずはパラコード(紐)とカラビナ(金具)の色、柄を選び、90cmあるパラコードを熊鈴の穴とカラビナに通し、だいたい8cmの仕上がりになるように編んでいく。見本のようにキレイに編むのは結構難しいが、15分ほどで完成! チリンチリンと鳴らしてみると、何だかいっぱしの山愛好家になったような気がしてくる。
さ、お腹も空いてきたし、夕食会場の「はとまちベースCafe & Shop」に移動しよう。
ショップ&お土産スペースに並ぶオリジナルTシャツや地酒などに目を奪われつつ、カフェスペースへ。で、そこでまた目を奪われたのが、この豚汁だ(下写真)。
豚汁といっても、豆腐に根菜にネギとかなり具だくさんで味も濃厚、このボリュームはもはや鍋料理だ。ちょっぴりニンニクも入って、スタミナ満点だ。焼き魚(この日はサバ)もついていて、半熟卵の揚げ出しは“鍋”に入れてもよし、ご飯にかけてもよし。私はご飯お代わり自由と聞いて、1杯は焼き魚と豚汁で、もう1杯は卵でたいらげ、生ビールもつけて腹パンになった。いや〜、満足満足。
キレイなシャワー室と洗面所でサッパリした後は、ふかふかのベッドに潜り込んだ。明日は朝6時すぎからトレッキングだけど、うーん、よく眠れそう……。
いよいよ6時間もの尾瀬歩きの始まり!
で、翌朝5時。まだ外は真っ暗だが快適に目覚めた。顔を洗って1階に降り、Food & Drink Stationでパン2個とスープなどをセレクト、セルフレジで購入して食べる。旨い! ちょっと寒いからミネストローネとコーヒーが胃に染みわたる。
6時10分、本日のトレッキング参加者4名のガイドをしてくれる自然ガイド・立木(ついき)美和さんが、ホテルの玄関に現れた。おはようございま〜す! 立木さんの号令で軽くストレッチをして、いよいよ6時間もの尾瀬歩きの始まりだ。
まずは鳩待峠から尾瀬ヶ原に向かう途中の、ビジターセンターやトイレ、山小屋数軒がある「山の鼻」向かって、ひたすら林道や石段、木道を下っていく。尾瀬には、皆がイメージするような平らで広〜い湿原があるにはあるのだが、実はそのまわりは高い山々に囲まれている。いわば盆地のような形状だから、どの入り口から入っても、最初はやや急な下り道が1時間ほど続くのだ。これ、帰りは登るんだよな……。そう思うとゾッとする。
そんな私たちのドヨ〜ンとした心中を察してか、要所要所で立木さんが明るくいろんな解説をしてくれる。黄色く紅葉した葉っぱを手に、「これはコシアブラ。若芽はやわらかくて山菜として人気ですよね」など。
そして、「いま、鳩待峠から200mほど下ってきました。標高が下がったことで、まわりの木もブナから、ミズナラ──いわゆるドングリの木に変わってきていますね。このドングリは熊の大好物。彼らは運動能力がとっても高く、ミズナラの木の細い枝にまで器用に登って食べるんですね。地面に落ちたドングリは口にしないです。意外にグルメなんで。ほら、ここにもあそこにも、熊がドングリを食べるときに落とした枝が木に引っかかってるでしょ? あれを『熊棚』といいます。つまり、このあたりには熊が多いんですね」と怖いことまで……。
実際、トレッキングのガイドをしている最中に熊に出くわすこともある、と立木さん。
「木道脇には笹ヤブがありますが、人間の手で笹が短く刈られていますよね。これは、熊と人間が不意に出くわすことを避けるためなんです。お互い姿が見えなくて至近距離でバッタリ出会うと、熊はパニックになって人に危害を加えるかもしれません。でも、あらかじめ人が通る道の周囲を刈っておけば、熊は遠くからでも人の姿を見つけられて、勝手に避けてくれるんです」
国立公園を管理する環境省のスタッフや、その依頼を受けた業者、ボランティアの皆さんが、日々笹を刈ったり、木道や登山道を修復、改善してくれているからこそ、私たちは安心して尾瀬をトレックできるわけだ(ちなみに尾瀬の木道の総全長は65km! ありえない!! しかもすべて人力で設置!!!)。
スタートしてから1時間。イワナが泳ぐ美しい川を越えると、ビジターセンターが見えてきた。やれやれ、ようやく標高約1400mの「山の鼻」に到着だ。ここでトイレ休憩。立木さんがくれたアメ玉が信じられないくらいおいしい。以降は平坦で、グッと視界も開けた、誰もがイメージする“広大な湿地にめぐらされた木道を歩く尾瀬”になる。
まずはセンター近く、尾瀬ヶ原の最西部にある「研究見本園」へ。この外周1km以上の広大な湿地は、鹿にミズバショウや絶滅も危惧される植物を食い荒らされないようフェンスで囲まれている。木道を歩けば、尾瀬を代表する草花などをゆっくり楽しめるのだ。
正面には標高2228mの至仏山(しぶつさん)がドーンとそびえ、それに向かって木道が延びている(下写真)。なんてのどかで、美しい光景なんだ!
日本最大の山地湿原だけあって、尾瀬ヶ原には大小さまざまな池(または水たまり)があり、これらは池塘(ちとう)と呼ばれる。立木さんに勧められるがまま、研究見本園のとある池塘をのぞいてみると……なんと、逆さ富士ならぬ、“逆さ至仏(山)”が映っているではないか! ああ、尾瀬に来てよかった。
「これは天気が悪くても、風が強くても(水面が揺れて)見られません。皆さん、日ごろの行いがいいんですね〜。かなりラッキーです」と立木さん。いえいえ、あなたのおかげです。尾瀬トレッキングは、ガイドさんつきに限る!
そして研究見本園から出て東方向、尾瀬ヶ原の中央へと向かう。遠くに燧ヶ岳(ひうちがたけ)。東北以北では一番高い山だけあって、上半分は分厚い雲に覆われている。
木道脇の小さな池塘に、環境相レッドリストにも載っている、絶滅危惧種のゲンゴロウがいた。“野生”のゲンゴロウ、初めて見た! その横には、お腹が真っ赤なアカハライモリの群れ。尾瀬は水生動物の王国でもあったのだ。トンボもたくさん飛んでるし(トンボの幼虫はキレイな水に棲むヤゴ)。
「いま私たちがいる、このあたりには『牛首』という地名がついています。尾瀬ヶ原の西端から入って、まだ全長の3分の1くらいしか来ていませんが、以後は同じような光景が続きますので、ここらで引き返しましょう。そうしないと、お昼すぎまでに鳩待峠に戻れません。お腹もすきますし(笑)」(立木さん)
というわけで、ここからは来た道を、ひたすら戻ることに。
木道はところどころが修復されていて真新しく、とても歩きやすい。が、帰路はほとんどが登り。最後は急勾配だ。皆の口数も減っていく。立木さんが何度も休憩をとってくれて、何とかお昼過ぎに、鳩待峠まで戻れた。いや、けっこう汗だく!
ここで目に飛び込んできたのが、はとまちベースの名物「花豆ソフトクリーム」の看板。昼食直前だけど、そして気温は低いけど、これを食べずにおけようか! なんせこっちは、体はポカポカ、ヘトヘトなのだ。
花豆ソフトにかぶりつき、瞬殺!でたいらげると、今度はお腹がペコペコなことに気づいた。これまた、はとまちベースの名物ランチ、「湯葉きのこあんかけ蕎麦」(下写真)をいただくことにする。
フハッ!フハッ! こ、これは、あんがなかなかにアツアツだ。やや濃いめの味つけが、クールダウンした体をまた暖めてくれる。三つ葉と湯葉が、いいアクセントだ。
さて、LUCY尾瀬鳩待のロッカーで預かってもらったPCなどの荷物をピックアップしたら、はとまちベースで地酒なんかを買って、東京に帰ることにしよう。いや〜、いい旅だった。
今年の尾瀬は、もう閉山してしまったが、2026年は4月末に山開きの予定。LUCY尾瀬鳩待も4月29日から10月24日までの予約受付をすでに開始している。尾瀬トレッキング、ぜひガイドつきでトライしてみて!
Photo & Text:舩川輝樹(FRaU編集長) ※ツインルーム、フォースルーム写真はホテル提供