私が代表を務める名古屋の「アライブ」というスクールでは、初級の英会話からスタートし、段階的に高度なレッスンへと進みながら、最終的にはプロジェクト型の学びや英語での議論、スピーチなどを通して子どもたちの「考える力」を育てています。
その成果として、スタンフォード大学生との意見交換会では、小学1年生が英語でSDGsの課題について意見を交わし、会場を驚かせました。また、毎年開催する起業家育成コースやリーダーシップコース(すべて英語で開催)では、小学生が自らアイデアを出し、事業を企画・発表するなど、主体性と創造力を磨いています。実用英語検定という資格試験では、幼稚園児が難しいトピックを読んで回答する2級レベルにも多数合格している実績もあります。
このように、子どもたちの英語力をアップさせることには定評がある「アライブ」ですが、英語の単語や文法を教えることだけを重視しているわけではありません。むしろ、「英語を教える」より重視していることがあるのです。本稿では、私たちが重視している子どもの「考える力」をどう育てるかについて、お伝えします。
英語教育の大きな「落とし穴」とは
「うちの子は、どうしたら日常会話ができるようになりますか?」
「日常会話ができて、楽しく学べればそれでいいんです」
こうした声は、保護者の皆さまから多く寄せられる言葉です。
確かに、学びの初期段階で「楽しい」と感じることは非常に大切です。なぜなら、楽しさは、英語力の伸びを左右する大きな要素である“モチベーション”の源泉となるからです。
しかし、私は、「英会話教室は、英会話を学びに行くところである」というこの“当たり前の常識”に、長年反旗を翻してきたのです。
英語教育を単なる会話習得にとどめない、その挑戦こそが、真に子どもたちの未来を切り拓く道だと確信しているからです。
多くの方が英語教育のゴールとしてイメージするのは、以下のようなごく基本的なやり取りかもしれません。
“Hello, how are you?”
“Where are you from?” “I am from Japan.”
“What fruit do you like?” “I like apples!”
かつて読み書き中心で英語を学んできた時代では、これだけでも「すごい」と思えてしまうかもしれません。しかし、ここにこそ、英語教育における大きな「壁」が存在すると私は思えるのです。
「思考のプロセス」を言語と同時に育む
日本の英語教育は、「日常会話ができること」をゴールに据えがちです。しかし、幼児教育や児童教育の段階で、言葉だけを教える教育には限界があります。
子どもの英語教育において「英語を学ぶ」ということは、単に単語や文法を覚えることではなく、人とコミュニケーションを取り、協働することにその本質があると、私は考えているからです。
高校生や大学生になって「言語学」として英語を学ぶ段階では、既に自分の価値観や考えが日本語で確立していることも多いでしょう。
この場合、日本語で言いたいことが明確にあって、それを英語に置き換える(翻訳的・通訳的な)プロセスで言語を学ぶことには意義があります。実際に、私も言語学の本を何冊も読み、言語学の観点から英語を学ぶことは非常に重要だと感じています。
しかし、現実はどうでしょうか。長年英語を学んでも、国際的な議論の場で流暢に、かつ論理的に意見を述べられる日本人の大人は決して多くありません。
それは、多くの学習者が「何を話すか(思考)」が定まらないうちに、「どう話すか(言語)」だけを学んでしまっているからです。園児や小学生、中学生であれば、なおさら、この順序を誤ってはなりません。
つまり、幼少期の子ど問いかけられます。一方、思考を学ぶとき、抽象的な訓練ではなく、「この思考を英語でどう表現し、どう議論するか」という言語化(アウトプット)を必須とします。
この同時育成こそが、英語を「世界と対話し、新しい価値を生み出すためのパワフルな思考ツール」へと昇華させると私は考えているのです。
これからの時代に必要なのは「考える力」
VUCA時代に必須となるのが、まさにこの「考える力」です。
では、そもそも「考える力」とは何でしょうか。私は、これを「知識や経験を活かして、課題や正解のない問題に対して、適切な結論や新たな価値を導き出す能力」であると考えています。そして、この力は先天的なものではなく、意図的に設計された教育環境、つまり後天的な環境がその成長を大きく左右すると信じています。
もし、この「考える力」がないと、子どもたちは未来の社会でどうなるでしょうか。
・情報に埋もれる危険性
インターネットを通じて膨大な情報が流れ込む中で、何が真実か、何が重要かを見抜くことができず、誤った判断を下すリスクが高まります。
・国際的な議論からの疎遠
グローバルな課題を国際的に協力して解決するような場では、異なる文化や価値観を持つ相手に対し、論理的かつ建設的に自分の意見を提示し、議論を進める能力が求められます。考える力がなければ、自分の意見は空虚になり、誰もついてきません。
・価値創造の停滞
不透明な現代で、既存の枠組みから脱却できず、問題の本質を深く掘り下げて分析できないため、革新的なアイデアを生み出すことが困難になる可能性が高いでしょう。
だからこそ、私たちは英語教育において、言語を学ぶ過程で、「なぜ?」「本当にそうか?」と子どもたちに問いかけ続ける思考型の授業を追求しているのです。
私は長年の教育経験を通して、英語教育は、世界の人たちと子どもたちが対話や協力し合いながら、社会的な課題を解決し、世の中に「新しい価値を生み出す」思考ツールだと確信しています。
地球規模の課題が山積し、AIやグローバル化によって予測不能な変化(VUCA時代)の中にある現代社会では、過去の知識や前例が通用しない「正解のない問い」に直面することが多々あります。
そして、この難題に挑んで、「新しい価値を生み出す」ために必要な「伝える力」や「行動する力」の最も根底に来るのは、まずその前提である「考える力」と言えます。
「考える力」を飛躍的に身につける実践法
では、こうした考える力は、どのようにしたら身につくのでしょうか。「考える力」は、生まれ持った才能ではなく、意識的なトレーニングで伸ばすことができます。特に言語学習と組み合わせることで、「思考のツール」としての英語が、その成長を加速させます。
実践法(1) 「暗記」から「問い(Why?)」へのシフト
私たちが教育の場で重視しているのは、クリティカルシンキング(批判的思考)です。従来の知識を暗記することから、「どうしてそうなるのか?」「なぜ、そうなるのか?」「どうしたらより良くなるのか?」を常に考える姿勢にシフトさせます。
教室での実践では、専門のトレーニングを積んだ外国人講師が、クリティカルな問いをどんどん子どもたちに投げかけます。園児からこうしたことを繰り返し実践し、当たり前のように皆がWhyを使い、Becauseを使う環境を与えています。
例えば、ある絵本の物語を読んだ後も「あなたが主人公だったらどうする? どうして?」などと、正解のない問いについて英語で議論させます。こうした指導は、外国人講師自身が身の回りのことに好奇心を持ち、思考を深く掘り下げるトレーニングを積んでいることが前提となります。
■ご家庭での実践
下記は、私がよく保護者の方に伝える方法です。
・日常の対話を思考の機会に
親が子どもの「なぜ?」を大切にし、対話を通じて思考を促すことが可能です。日本語でかまわないので、以下のポイントを意識してみましょう。
・構造や仕組みの疑問
日常の物事に対し、「これはどうなっているんだろう? なぜ、こうなるのかな?」と問いかける習慣をつける(例:リモコンでテレビがつく仕組み、虹が出る原理など)。安全なものを使い、分解してみる経験も有効です。
・If-Then(仮定)で思考を拡張
「もし、道に迷ったらどうする?」(現実的な問題解決)や、「もし、地球が四角い形だったら?」(ファンタジーを通じた論理拡張)など、現実と仮定の両方の質問が、子どもたちの思考を刺激することができます。
・自然の摂理の観察
公園などで、「春には花が咲いていたけど、秋には落ち葉になっているのはなぜ?」など、身近な自然の変化を会話に取り入れると、子どもは色々なことに興味を持つようになります。
実践法(2) 知識を応用する「PBL(課題解決型学習)」
私たちのスクールでは、既に早くからPBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)を英語で実践してきました。PBLとは、SDGsや環境問題など、「正解のない社会的な課題」をテーマに設定し、解決策を導き出すプロセスそのものを学習とすることです。
子どもたちは、例えば「ゴミ問題を解決するには?」といったテーマに対し、リサーチを行い、課題を分析し、グループで解決策を考え、それを英語でプレゼンテーションします。
このプロセスで、子どもたちは単語や文法を覚えるだけでなく、複雑な課題に取り組む力、協働する力、そして社会への責任感を自然と身につけます。
■ご家庭での実践
・長期休暇を活用したご家族でのプロジェクト
長期のお休みに、家族で1つテーマを決めて、旅行などでリサーチを組み込むことが有効です(例:歴史上の人物の足跡を辿る旅など)。事前に本などを購入して興味を持たせることで、単なる観光ではなく、子どもたちにとっては家族で学んだ「思い出の旅」になります。
これらのトレーニングは英語ではありませんが、確実に子どもたちの考える力を養います。そして、こうした思考の基盤がある子は、英語の表現を学ぶと、その学びがすぐに英語に置き換わっても、自分の意見として活かされるのです。
英会話を超えた学びがもたらす未来
私は英語教育に携わる中で、「英会話スクール」を単なる語学指導の場ではなく、“人を育てる教育の学校”として捉えてきました。英語を学ぶことを軸にしながらも、社会とつながり、自ら学びを創り出すプログラムを英語で提供し続けています。
英会話を超えた学びを経験した子どもたちは、単語やフレーズを暗記するだけでなく、考える力を使って、最終的には伝える経験を重ねます。
その結果、日常会話のレベルを超え、数年で「考える力」を身につけ、最終的には自分の意見を自由に伝えたり、社会的な課題について堂々と議論し、行動に移していけるようになっています。
世界には地球規模の課題が山積し、いまなお平和には程遠い現実があります。そうした中で、世界の人々と協力し、新たな価値を創り出していくためには、単なる日常会話の力だけでは太刀打ちできません。
もし全国の子どもたちが、この「考える力」を基盤とする視点を持って英語を学び始めれば、日本全体が変わる。そして、その子どもたちが世界をリードする未来が実現する。その可能性を、私は信じています。