官公庁や総合商社から中小企業、小売業、さらには議員事務所までーー。これまでに1万人以上をカウンセリングしてきた心理学者・舟木彩乃氏によると、職場で感じる悩みやストレスの原因の9割は「人間関係」にあるといいます。
組織で働く以上、人間関係の悩みから完全に逃れることはできません。では、苦手な人とうまく付き合うためのヒントは、どこにあるのでしょうか。
上司、同僚、部下……あなたを憂鬱にする人たちの心理背景と、その具体的な対処法を、豊富な事例とともに紹介した舟木氏の著書『あなたの職場を憂鬱にする人たち』から、一部を抜粋・編集してお届けします。
【前編】『新入社員が「配属部署争い」で大バトル…強引に仕事を奪う「自称インフルエンサー」の同期入社が抱いた「モヤモヤの正体」』よりつづく
手柄を横取りして吹聴する同僚
そんなある日、新人の配属を含めた人事の噂が流れ、どうやら企画営業部は、仮配属の新人を1人だけ本配属にするらしいということでした。このあたりから、矢野さんはHさんの言動にモヤモヤすることがさらに多くなってきたということです。
たとえば、懇親会の場で、矢野さんが上司から褒められた企画が話題になったことがありました。その企画は、大学時代から考えていたアイディアを発展させたもので、褒められたときは涙が出るほど嬉しかったそうです。
しかし、この話題が出ているのを少し離れた席から見ていたHさんが、酔った勢いに任せてか、「あの企画、実は最初に思いついていたのは私なんですよ……」などと近くの席の社員に言っているのが聞こえました。
たしかに、この企画資料を矢野さんが作成していたときに、Hさんにどんな企画を考えているのか聞かれて説明したことがありました。そのとき彼女が、「これ、私も前に考えたことがある」などと言っていたのを覚えています。
しかし、その企画は統計学に詳しくなければ思いつかないような斬新なものであり、Hさんに統計学を駆使するようなスキルはありません。
矢野さんは、酔っていたとはいえそのようなことを言うHさんに対して、違和感を抱いたのを覚えています。けれども、Hさんが矢野さんをチラチラ見ながら近くの社員に話しているのを見たとき、「絶対に私よりHさんの話を信じるだろうな」と思ってしまい、聞こえていない振りをするしかありませんでした。
意図的に仕掛けた「仲間はずれ」で陥れられた
他にも、Hさんと2人で話していると、同じ部署の一部のメンバーでつくっているSNSコミュニティグループ(矢野さんは入っていない)の投稿を見せてきたことがあります。
それは、インフルエンサーを目指す女性社員中心のコミュニティグループで、バーベキューや飲み会などを楽しんでいる動画や写真がアップされていました。Hさんは、「この企画の幹事は私がしたんだけど、みんなが喜んでくれて!」と楽しそうに矢野さんに説明してくれました。
しかし、次に彼女は、「言いにくいけど、みんな矢野さんを誘いにくいし、幹事とかも矢野さんにお願いするのは気を遣うみたい。だから今後は私が全部やるから安心してね」と、さらりとキツイことを言ってきたのです。矢野さんは、自分が仲間外れになっているのかもしれないと感じたのですが、企画営業部になじんでいるHさんのほうが本配属されるに相応しい理由をつきつけられているようでした。このときは、Hさんの言葉に胸が苦しくなったそうです。
矢野さんは、マーケティングの知識などは自分のほうがあると思っていたものの、次第にHさんに引け目を感じるようになっていきました。同時に、上司も他のメンバーも、「みんな自分よりHさんのほうに企画営業部に残ってほしいと思っているんだろうな……」などと考えを巡らせては、落ち込むようになっていたそうです。
それでも彼女は、自分のやりたいと思っていたマーケティングのスキルを身に付けるには、企画営業部で経験を積むことが最善だと思っていました。本配属に関しては、あきらめられずにいたのです。
仮配属の新人に対しては、仮配属期間終了の1か月ほど前に、人事担当者に希望部署などについてヒアリングされる面談の場が設けられます。矢野さんはいろいろと考えた結果、やはりマーケティングスキルを使う企画営業部に残りたいと思い、面談ではその旨を人事担当者に伝えました。
そのとき担当者は、希望はわかったと言ってくれたのですが、そのうえで、「他に挑戦してみたいと思う部署はないですか?」とも聞いてきました。矢野さんはその質問を、自分には企画営業部に残る適性がない、あるいは自分は企画営業部にはいらない人材だという意味に受け取ったようで、大変なショックを受けたそうです。
筆者が最初に矢野さんの話を聴いたとき、彼女は「企画営業部に本配属を希望しているけれど、自分はいつもみんなから必要とされていない人間で、仮配属終了後は失職するかもしれない」とまで悩んでいました。
「過度の一般化」を悪用する人たち
ここで、矢野さんの心理的な背景について考察したいと思います。
彼女は、「結論の飛躍」や「過度の一般化」が、認知(ものごとの捉え方)のパターンになっていました。
「結論の飛躍」は、根拠がないにもかかわらず、自分にとって不利で悲観的な結論を導き出すことです。たとえば、上司からメール返信がないことを、使えない部下へのメール返信は時間の無駄だと思っているのだろうと捉えてしまうようなことです。
「過度の一般化」は、ひとつの事例や根拠をもとに一般化した結論を他のすべてに対して下すことです。たとえば、仲良くなりたい人に話しかけたがそっけなかったことを、世の中に自分と親しくなりたいと思う人などいないのだろうとまで捉えてしまうことです。
認知のパターンには、適応的な認知(ものごとを客観的事実に沿って判断する)と非適応的な認知(根拠のない憶測を根拠にして、ものごとを判断する)があります。矢野さんの「結論の飛躍」も「過度の一般化」も、双方とも非適応的な認知となります。
過度の一般化の認知パターンには、「みんな」「いつだって」「絶対に」などの代表的なキーワードがあります。矢野さんも、Hさんや人事担当者の言葉を根拠に、「私は、“いつも”“みんな”から必要とされない」という一般化された結論を導き出していました。しかし、それは単なる憶測に過ぎません。そういったキーワードが思い浮かぶ人は、それは具体的に何を指すのか、客観性があるのか、ひと呼吸置いて考えてみることが必要です。
以上は、矢野さんの心理的な背景ですが、気をつけないといけないのは、過度の一般化を悪用して人を陥れたり傷つけたりしようとする人です。Hさんが、矢野さんの認知の特徴を意識していたかどうかはわかりません。しかし、「みんな矢野さんを誘いにくい」という言葉は、意識的あるいは無意識的に、過度の一般化を悪用していた可能性があります。
言われた矢野さんは「みんな」という言葉に反応し、ますます自分は誘われにくい人間だと思ってしまい、自尊心が低下してしまいました。こういうことを言われたら、全員が誘いにくいというのは非現実的であることを、まず念頭に置くべきです。できれば、具体的に誰が誘いにくいと言っているのか、きちんと確認すると良いでしょう。Hさんのような人が職場にいたら、自分がその人の言動に惑わされないように、自分自身の認知を修正することが必要です。
「結論の飛躍」や「過度の一般化」のような非適応的な認知をすることは、“つらい気持ち”を生み出すため、うつ状態になりやすくなります。そういう認知をする人は、自尊心の低さなどにより、自分の不完全な部分にばかりフォーカスしている可能性があるからです。矢野さんほどではなくても、この非適応的な認知をしてしまう人は少なくありません。
特に、心身ともに疲れているときなどは、わかっていながらも適応的な認知ができなかったりするものです。大切なことは、歪んだ認知になっていないかを点検し、それに気づくことです。非適応的な認知を、その根拠などを丁寧に検証しながら適応的な認知に変えていく習慣をつけることで、徐々にものごとを客観的に判断できるようになるでしょう。
認知を点検し「現実的な捉え方」へシフトする
矢野さんの話を聴いたあと、筆者は人事担当者とも話しました。結論から言えば、企画営業部は今年度の新人の本配属については、矢野さん1人を人事部に推薦してきたそうです。企画営業部の上司は、客観的に2人の新人の様子を観察したうえでマーケティング面での強化を考えているため、矢野さんを選んだということでした。
人事担当者は、企画営業部と矢野さんの意向が合致していることから、彼女をそのまま本配属とするつもりだったそうです。しかし、Hさんは企画営業部への希望が相当強く、人事担当者は何度も彼女との面談の機会を設けていて(矢野さんを陥れるようなエピソードも多数あった)、まだ迷ってはいるようです。
企画営業部に本配属になるのは、矢野さんになりそうですが、彼女はまだそのことを知りません。とはいえ、今回のことをいろいろと整理して考えて、もっと自分に自信を持ちたいと強く思っているそうです。
筆者は、矢野さんに認知のことなどについて説明し、彼女にはまず、自分の認知パターンに気づくことから始めてもらうことにしました。自分の歪んだ認知のパターンを自覚すると、次第に、似たような場面に遭遇したときの認知を、現実的な認知(適正な捉え方)に修正できるようになっていきます。
現在、矢野さんはネガティブな感情で落ち込みそうになったとき、非適応的な認知になっていないか、自分で自分の感情を点検できるようになろうとしています。「過度の一般化」のメカニズムを知ってからは、Hさんの言動も、それほど気にしなくてよいことがわかったということです。