東京・中野の象徴として50年にわたり親しまれてきた「中野サンプラザ」。その再開発計画が行き詰まり、白紙化している。2023年に閉館した中野サンプラザは、野村不動産を中心にした企業グループが2024年度中の着工、2029年度中の完成を目指し再開発を進めていた。しかし、当初1810億円とされていた事業費は、2024年に2639億円へと急騰。施工予定だった清水建設が900億円超の追加費用が必要と試算したことから、総事業費は3500億円規模に膨らむ可能性が明らかになったのだ。
この結果、2029年度中の完成は困難となり、中野区側が野村不動産らと結んでいた事業推進の協定は、公平性・中立性に課題があるとして解除。再開発計画は今年6月時点で事実上、白紙化したのである。そして9月、中野区は中野サンプラザの土地・建物の所有権を、区の100%出資会社から中野区そのものに移転。自治体が所有することで、年間・約2億円以上という固定資産税が免除されるためだという。
宙ぶらりん状態になってしまっている中野の象徴・中野サンプラザは今後どうなるのか。このまま建物は放置されるのか、再開発はリブートするのか。都市ジャーナリスト・谷頭和希氏に解説していただいた。(以下「」内は谷頭氏のコメント)
記事前編は【「中野サンプラザ」解体されず、再開発は白紙化…建物放置の「異常事態」が起きているワケ】から。
再始動の“最長”“最短”シナリオ
では、建物は今後どの程度“空白期間”を迎えることになるのか。“最長”と“最短”の二つのシナリオを谷頭氏はこう語る。まずは“最長”のケースの場合から。
「“最長”のケースの場合、2~3年は現状のまま塩漬けになる可能性があります。例えば東京・千代田区にある国立劇場は、建て替えの基本方針は決まっていても、肝心のディベロッパーがまだ選定されていません。
収支のバランスが取れない、採算性が読めない――そうした理由でプロジェクトが前に進めないのです。このケースのように再開発に入るまで2年以上待った例もあるので、長期化するのは珍しいことではありません。物価高が続き、事業者が名乗りを上げなければ、さらに長期化してもおかしくありません」
続いて、“最短”のケースの場合を伺おう。
「最短のケースは、『現行の建物を一部の修繕で済まし、このまま再び営業する』という選択肢です。現在の中野区の方針的に可能性はかなり低いですが、ゼロではありません。
参考になるのが五反田にあるTOCビルの事例です。再開発計画が持ち上がり、一度テナントを退去させたものの、再開発の目途が立たなかったため、テナントを呼び戻し、建物を維持しながら収益を確保する戦略をとったのです。再開発時期は当初の2030年から延期され、時間を稼ぎつつ計画の見直しを行いました。こうした“時間稼ぎパターン”は、前例として存在します」
つまり中野サンプラザの場合、再開発が長期化して泥沼化する可能性は高いものの、現状の建物を維持しつつ一旦営業をやり直し、再開発着工時期を10年単位で延期するという選択肢も“ないわけではない”ようだ。言わば“臭いものには蓋”をして時間を稼ぐ方向への転換も、ゼロではないということだろう。
計画ストップで中野区の不利益は
では、このまま再開発が進まない場合、中野区にはどんな不利益が生じるのか。
「サンプラザは中野の象徴でもあり、本来は“200年使える施設をつくる”という発想で整備されたもので、経済的な観点から見れば、更新しながら価値を高めていくべき資産です。都市ブランドに直結する存在であり、建物を遊休化させたままにすれば、街としてのイメージダウンは避けられません。
中野区は、サンプラザ敷地内の広場をイベントスペースにしたり、建物内部の1階ホールを暫定的に開放したりすると説明していますが、利用方法が定まらない状態が長引けば、“白紙化したままの街”という悪い印象が残ってしまう。本来、再開発によって得られたはずの経済的リターンが失われる点でも、機会損失は大きいといえます」
「中野サンプラザ」の未来
では、将来の中野サンプラザにはどのような姿が求められるのだろうか。地域住民や中野のファンに受け入れられる施設について予想してもらった。
「都市計画の世界では、人は“ヒューマンスケール”の環境に安心感を覚えると言われています。大きすぎる建物よりも、公園や2~3階建ての低層建築が並ぶエリアのほうが、人は自然と集まる。実際、東京・下北沢や大阪・うめきた公園など、成功した再開発事例の多くは“低層・歩ける街並み”を意識しているのです。中野にはサブカルチャーの厚みがあり、街全体が“適度なごちゃつき”を許容してきた歴史があります。むしろ、その個性を活かしたほうが、地域住民や中野ファンに愛される魅力的なエリアになるのではないでしょうか。
また、ポイントとして昨今の都市開発で主流となっているのは、IP(知的財産)やキャラクターコンテンツをどう取り込むかです。成功している複合施設を見れば、多くが人気コンテンツに依拠した集客構造になっています。中野はこれまでアニメ・漫画文化の拠点として独自の歴史を積み重ねてきたこともあり、“コンテンツの街”としての資産は大きい。その強みを前面に押し出し、街の物語性を高められるような施設になれば、自然とファンが集まり、継続的に育つエリアになるでしょう」
―――再開発白紙化という足踏みは確かに痛手だが、その一方でこの空白期間は“中野らしさをどう未来へつなぐか”という問いを、街全体で改めて考える契機にもなるのかもしれない。
(取材・文=逢ヶ瀬十吾/A4studio)