「ワンプロダクトで突き抜けて誰が成功したの?」──スタートアップの定石に、yutori代表の片石貴展社長はそう疑問を投げかける。現在は38ブランドを展開し、2030年には70ブランドで日本一を目指す同社の、マルチブランド戦略の狙いとは。片石氏の著書『若者帝国 好きな人たちと、好きなことに熱狂して働く』より一部抜粋・編集して紹介する。
日本で一番ブランド数が多いアパレル企業を目指す
いまyutoriは、5年後の2030年に、現在38あるブランドを70まで増やし、日本で一番ブランド数が多いアパレル企業になることを目指している。これが、若者の多種多様な「好き」と「偏愛」が渦巻く「若者帝国」をつくるというビジョンだ。
今後は、新たなブランドの立ち上げや、その他ブランドの買収などを含めて、どのように継続的にマルチブランドを展開できるマーケットを広げていくかが重要になると考えている。
マルチブランド戦略というと、「それってメガブランドをつくれないだけでは?」「スタートアップは、ワンプロダクト・ワンサービスが定石では?」などという意見もある。
こうした意見や投資理論に対する僕の答えは、商売は「どのタイミングでなにをやるか」が極めて重要であり、定石よりもその状況を見極めることが鍵になるというものだ。
正直いって、「ワンプロダクトで突き抜けて誰が成功したの?」って思う。
2010年代前半のスマホ黎明期のビッグウェーブが終わり、成熟期に入った2010年代後半以降、ワンプロダクト・ワンサービスで上場を果たした企業は数えるほどしかない。2018年に東証マザーズに上場した株式会社メルカリが代表格といわれるが、創業は2013年の黎明期だ。僕は大学生のとき、既に「メルカリ」を使っていた。
定石や理論にとらわれ過ぎると、経営判断が現実的でなくなる場合がある。
たくさんの若者の「初期衝動」を商売に変えていく
わかりやすい例を挙げると、業界ナンバーワンの株式会社ファーストリテイリングは、まだファッションが飽和していない1990年代のタイミングでフリースを仕掛けて、ファストファッションというカテゴリを一気に広げて大成功を果たした。
かたや僕たちが起業した2018年の段階では、既に市場にはあらゆるジャンルのファッションが出揃い、飽和状態からスタートした。
ならば、どこにビジネスチャンスがあったかというと、SNSを活用したオンラインのD2Cが黎明期であり、その領域にチャンスを見出したわけである。
つまり、ビジネスを創造するときに大切なのは、業界で堅調な企業が「いまどうであるか」ではなく、それらの企業が急成長し始めたときに、「どんなマーケットでなにを仕掛けたか」に注目することなのだ。
すると、いま堅調な企業も、かつては「そんなことできるわけない」「無理に決まっている」と鼻で笑われた市場やカテゴリ創出に勝機を見出し、一気に勝負をかけていったことがわかるだろう。
もちろん、僕たちがSNSを活用したZ世代向けのストリートファッションのD2Cにフォーカスしたとき、ユーザー層の購買力を見ても、ひとつのブランドで数百億を売り上げるようなメガブランドをつくることにリアリティはなかった。それよりも、1ブランド5億や10億、せいぜい30億あたりまでのブランドを50個、100個とつくることで大きくなっていく。そんな商売のリアリティと、自身の直感に導かれてビジネスを展開していったのである。
また、僕は「ものをつくる人をつくる」ことに興味があり、自分の才能が「ハグレモノ」のプロデュースにあると確信していた。そう考えると、たくさんの若者の「初期衝動」を引き出し、それを商売に変えていくためには、たくさんのブランドを展開していくことが適している。
そのための組織を構築することや、成功するブランドの再現性を高めていく仕組みをつくることも、僕が得意とすることだったのだ。
マルチブランド戦略にデメリットはあるが…
確かに、マルチブランド戦略には諸々のデメリットも指摘される。よくいわれるのが、多くのブランドを持つことで顧客層が重なる(食い合う)という指摘だ。同種のマーケティング手法で、似た顧客層(Z世代など)に多ブランドでリーチすると、せっかくあるブランドが育ってきても、別の新しいブランドがその売上を侵食し、スケールしづらく(規模のメリットを得づらく)なってしまうのでは? という疑問である。
これについては、マルチブランド戦略という概念だけを見ると、もちろんそうしたことはいえるだろう。
ただ、yutoriの現状を考えると、たとえ売上や顧客層の重なりが多少生じたとしても、それを事細かに観察し、ブランドの調整を図っていくことに注力する段階ではないと考えている。
顧客データの詳細な分析は行っているけれど、いま僕たちの優先順位としてもっとも高いのはやはりブランドを創造することだ。
そもそも、人気ブランドの「9090」の売上は、2024年で約13億円、2025年で約20億円の見込みという状況だ。つまり、広大なアパレル市場やZ世代全体のマーケットにおいて、僕らのシェアはせいぜい全体で約80億円(2025年3月期)でしかない。
そうした状況で、仮に「9090」のなかの1億円が他のブランドに食われていたとしても、現段階でその分析や調整にリソースを割くのは得策ではなく、少しでも新しいブランドを創造していくことのほうが重要だと考えている。
もっというと、Z世代のマーケット全体が今後広がっていくのかどうかという分析は、「数百億から1兆を超える規模の市場がどうなっていくか」という文脈の話であり、現状のyutoriがそれを見越して戦略をどうこう変えるという話ではないのだ。
結局、若者たちは繰り返し服を買うので、この世代の服の需要自体は大きい。
そこで、ブランドをつくっていくときには、 「テイスト」のラインアップをしっかり揃えていくことのメリットのほうを気にしている。
yutoriは、「9090」「Younger Song」を軸とする「ティーンカルチャーテイスト」から広がってきたが、他にも、後述する「PAMM(パム)」などの「ニュアンステイスト」、「nemne(ネンネ)」など低価格帯で展開する「トレンドマステイスト」などがある。
2025年3月には、トップスタイリスト熊谷隆志さん自身のブランドで、ディレクションを手掛ける「GDC(ジー・ディー・シー)」を15年ぶりに再始動し、販売を開始した。
GDCは「ヴィンテージテイスト」を軸に、往年のファンはもとより若い世代にもアプローチする商品、仕掛け、コラボレーションを行っていく。
複数のテイストを抱えることで健全な成長を
つまるところ、ファッションはどうしても「流行り廃りがある水物に近いもの」であり、特に若い世代は、よりその傾向が強い。
それゆえ、ひとつのテイストに集中して伸ばしていくのも大事だが、結局Aが流行っても、次はBが流行るという側面があるため、やはりテイストを複数抱えることで、企業として再現性のある健全な成長をしていくことが必要だと考えている。
世代についても同じ考え方で、「Z世代×メンズ(ストリート)」というテイストに絞ると、どうしても展開に限度があり、マーケット自体もさほど大きくないという体感はもちろん持っている。そのため、例えば「Z世代×レディース」や「Y世代×レディース」というように、テイストを拡張していくことを軸に成長戦略を描いている。
現在このY世代カテゴリを広げているのが、2024年8月に子会社化した、アパレルブランド「Her lip to」を展開する株式会社heart re lationのテイストだ。
また、いま人気のホームウェアブランド「PAMM」は、デザイン性を強めて、まさに僕と同じ20代後半から30代前半のターゲット層に刺さっている。
この「PAMM」をひとつの成功例として「Y世代×レディース」を強化していき、より多くの人が親しみやすいマーケットに広げて、そのなかでブランドを耕していくことを重視している。
さらに、現在、yutoriでは、「m inum」や「Her lip to BEAUTY」などのコスメブランドも展開しており、アパレル以外の領域に本格参入している。
まとめると、プレーンなウェアならともかく、嗜好品の意味合いが強いブランドであれば、継続して買ってもらう努力はしながらも、より多くのテイストを揃えて常に新規客を取っていく。
逆にいうと、良くも悪くも、新規客を取り続けなければ、どうしても売上は下がっていく面があると認識している。