元素番号92「ウラン」 … その2
この世界を形作る構成要素「元素」。現在までに、なんと118種類の元素の存在が判明しています。
もちろん、私たちヒトの身体もまた、さまざまな元素からできています。そして、からだの中のちょっとした元素のバランスの乱れが、健康状態までをも大きく左右するのです。
そんな元素と人間の深遠な関係を主軸に、118の元素が織りなす物語を、『元素118の新知識〈第2版〉 』の編著者で、『生命にとって金属とはなにか』の著者でもある桜井弘氏に紹介してもらいましょう。
前回に引き続き、核物理学界のみならず、この世界を変えてしまった金属元素「ウラン」について解説します。
*本記事は、『 元素118の新知識〈第2版〉 』を再編集・再構成してお送りましす*
原子爆弾へと続いた、ウランの莫大なエネルギー
1938年の核分裂の発見にはじまり、1939年から翌年にかけて核分裂反応が連鎖的に持続することが明らかにされたことで、核分裂にもとづく大量殺戮兵器実現の可能性が高まってきた。
さらに、シーボーグらによってプルトニウム239が分離され、中性子照射により核分裂を起こすことが確認された。
ナチスによる核兵器開発の可能性を危惧して設置された「ウラニウム諮問委員会」は、1942年には「マンハッタン計画」へと発展していったが、ここで最大の課題となったのが天然ウランからのウラン235の濃縮と、原子炉を使ったプルトニウム239の製造である。
ウラン濃縮は、ローレンスの指導の下にテネシー州オークリッジでガス拡散法によって行われ、濃縮されたウラン235 が1945年にニューメキシコ州ロスアラモスの(原爆製造のための)研究所に送られた。
ロスアラモス研究所の所長オッペンハイマーは原爆製造を精力的に進め、1945年7月 16日、ニューメキシコ州アラモゴードで世界初の原爆実験が行われ、同年8月6日、広島上空にウラン235型原爆が投下された(その3日後の8月9日に、長崎に投下されたのはプルトニウム239型原爆)。
*画像【こちらが、関係者に原子爆弾の威力を説明する、ロスアラモス研究所長のオッペンハイマー博士】彼が指差している写真には、長崎市街上空に湧き上がったキノコ雲が写っている
原子力発電所等で実用化されている原子炉
核分裂によってつくられる複数の中性子数をコントロールせず、一瞬のうちに核分裂連鎖反応を起こさせるのが「原子爆弾」であり、厳密にコントロールして持続的に核分裂連鎖反応を起こさせるのが「原子炉」である。
熱中性子によって核分裂する核種としては、ウラン235のほかにウラン233とプルトニウム239がある。ウラン233とプルトニウム239はそれぞれ、トリウム232とウラン238の中性子照射によって人工的に生成される。
現在、原子力発電所等で実用化されている原子炉は、すべて熱中性子によるウラン235の核分裂を利用した「熱中性子炉」である。
熱中性子炉のしくみ
核分裂で生まれる中性子は、高いエネルギーをもった「高速中性子」である。
したがって、熱中性子炉では、高速中性子のエネルギーを減少させ(減速させ)、熱中性子に変えるための物質を核燃料のあいだに置く必要がある。この物質を「減速材」とよぶ。
原子力発電所では、核燃料中に発生した熱を冷却材により運び出し、その熱エネルギーを電気エネルギーに変換している。
日本の原子力発電所で稼働している原子炉は、冷却材を兼ねた減速材に軽水(普通の水)を用いる軽水炉であり、核燃料としては4~5%のウラン235を含む低濃縮ウランを用いている。
ところで、なぜ高いエネルギーをもった高速中性子をわざわざ減速して熱中性子にするのだろうか。それは、中性子の速度が大きすぎるとウラン235に吸収されにくく、核分裂が起きにくいからである。
2011年の福島第一原子力発電所事故以前、わが国では、原子力発電所でつくられる電力が全発電量の約3割を占めていた。高いエネルギー(1MeV以上)をもち、高速で運動している中性子(高速中性子)は、核分裂やその他の原子核反応によってつくることができるが、高速中性子の照射によってのみ核分裂を起こす核種としてウラン238、トリウム232が挙げられる。
高速中性子と高速増殖炉
ウラン238は資源として豊富に存在するために、高速中性子によるウラン238の核分裂反応が連鎖的に持続することが可能となれば、ウラン資源を有効に活用することができる。
また、高速中性子を利用する原子炉(高速中性子炉)では、核燃料に吸収される中性子1個が発生させる中性子の数が多いので、1個の中性子を核分裂の連鎖反応を持続するために用い、残りを別のウラン238に吸収させてプルトニウム239の生産(この核反応については「94プルトニウム」の項で説明する)に利用することができる。
この原子炉では、高速中性子を用いて核分裂性物質(プルトニウム239)を増殖することができるので、「高速増殖炉」とよばれている。
高速増殖炉では、核分裂で生まれた高速中性子をそのまま利用するので減速材は不要である。一方、冷却材には中性子のエネルギーを低下させるような物質を用いることはできず、液体ナトリウムなどの液体金属が使用される。
冷却材としての液体金属は化学的反応性がきわめて高く、また、原子炉材料にも解明すべき問題が残されており、さらに開発コストがかさむなど、検討の余地が数多く残されている。
前述のように、ウラン235は天然のウラン中に約0.7%しか含まれていないために、核燃料として用いるためにはウラン235の濃縮が望ましい。
ウラン235とウラン238の質量数の相違を利用した濃縮法としては、気化させた六フッ化ウラン(UF₆)のガス拡散法および遠心分離法がある。また、新しいウラン濃縮法としてレーザー濃縮技術が注目されている。
ウランで地球の年齢を計る
放射性核種の壊変系列であるウラン系列、アクチニウム系列、トリウム系列において、²³⁸U、²³⁵U、²³²Thがそれぞれ壊変して、最終的には鉛の安定同位体²⁰⁶Pb、²⁰⁷Pb、²⁰⁸Pbに変化する速度はわかっているので、岩石中の²⁰⁶Pb/²³⁸U、²⁰⁷Pb/²³⁵U、または²⁰⁸Pb/²³²Thの割合を調べれば、その岩石の形成された年代を決定することができる。
この年代決定法を「ウラン-鉛法」とよび、数千万~数億年以前の年代測定に有効である。
地球の年齢も、この方法により45億年と結論が出された。
化学的毒性はヒ素と同程度…じつは、体内に存在している
ウランの生物学的な役割はわかっていない。
しかし、ウランはα放射体であり、自発核分裂によって生成されるラドン(Rn)なども放射性物質であるため、放射線による毒性は、他のアクチノイドと同様に注意しなければならない。
特に、呼吸器から吸入したり経口摂取したりした場合には、長く体内に留まることによってがんを誘起することが知られている。化学的毒性はヒ素(As)と同程度といわれ、特に腎臓をおかすことが知られているが、詳しいメカニズムはわかっていない。
人が食事から摂取しているウランの量は一日に1.3pg(ピコグラム。1pgは1兆分の1g)ほどと推定されている。ウラニルイオンでは約5%が体に吸収される。ウランは血液に移行して骨に取り込まれる。リン酸イオンが多い骨に親和性が高いためであろう。
骨に移行したウランは、排泄されにくい。イヌによる実験では、クエン酸ナトリウムを注射すると尿中への排泄が増加したと報告されている。
人体には平均して約0.1mg、骨には0.2~70ppb、血液には約0.5ppbのウランが存在している。
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次回は、ウランとも関係の深い、93・ネプツニウムを取り上げます。
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