現預金を過剰に溜め込んでいる「キャッシュホルダー企業」に注目したい。金融庁は2025年10月より、約5年ぶりとなるコーポレートガバナンス・コード(CG:企業統治指針)の改訂を始動させている。2026年半ばの改訂を目指す有識者会議では、上場企業の「稼ぐ力の向上」を主な議題とし、現預金の有効活用や経営資源の適切な配分に対する説明責任を明確化させる狙いが盛り込まれている。成長投資や自社株買いなどを通じた資本効率の向上や株主還元のさらなる充実が加速しそうだ。
インフレが定着したことで、ただ現金を保有するだけでは価値が目減りするリスクを株主は無視できなくなっている。設備投資や研究開発などへ現金を積極活用できれば、ステークホルダー全体の分配を増やせる可能性も高まっている。それでも使うあてのない現金を過剰に溜め込むならば、株主還元に回すべきだとの声は高まっている。
企業統治改革は、東京証券取引所の市場改革とともに、過去10年の日本株上昇を支えてきた。今回のCG改訂を契機に日本企業のキャッシュ活用への意識が高まれば、日本株売買シェアの6割超を占める海外投資家による日本株投資への意欲もさらに高まる期待がある。総資産に対する現預金(現金及び現金同等物期末残高)の割合が大きい企業は、変革の余地が大きい銘柄として注目できそうだ。
しまむら(8227)
■株価(10月31日時点終値)9945円 配当利回り(予)2.06%
低価格ながらもファッション性と実用性を兼ね備えた衣料品や雑貨を提供する同社は、自社開発ブランド(PB)やサプライヤーとの共同開発ブランド(JB)などを通じて商品力の強化を進めている。最近では、吸水速乾に優れた高価格帯PB「クロッシープレミアム」などが好調で、付加価値を高めた新商品を出すたびに単価を上げる戦略が奏功している。
成長投資では、EC事業の更なる成長を目指している。ECサイトを「しまむらパーク」に統一した結果、EC売上高は前年同期比で4割増収と軌道に乗り始めた。オンラインストア商品の店舗受取比率が高く、実店舗との相互送客による集客効果も期待できる。また、株主還元では、配当性向35%程度とDOE(株主資本配当率)3.0%程度を目標に掲げている。
一方で、同社は投資ファンドから株主還元強化を求める提案を2年連続で受けており、手元資金の活用を巡るガバナンスの議論が活発化している。前期末で総資産に対する現金同等物の比率は36.35%という潤沢な手元資金を保有しており、成長投資と株主還元のバランスについて、より積極的な開示や施策を打ち出す可能性は高いとみている。
M&Aキャピタルパートナーズ(6080)
■株価(10月31日時点終値)2955円 配当利回り(予)2.31%
中堅・中小企業を主要顧客とするM&A関連サービス事業を展開している同社は、事業承継から業界再編、クロスボーダーまでをカバーする全サービス領域を提供できる一貫体制を強みとしている。着手金無料、さらには売り手と買い手の双方に株価レーマン方式(M&Aの取引金額に応じて手数料率を定めた報酬体系)による同一報酬体系を採用し、高い公正性を維持している点が大きな特徴だ。
また、公認会計士・弁護士などの士業資格保有者が13.9%を占めるなど、コンサルタントの質の高さも特徴としている。会社側は事業拡大と高い生産性の維持を目的としており、パイプライン(受託案件数、契約負債)の積み上がりが成約数増加に繋がり始めている。人材と認知度の向上には、引き続き集中的に投資していく方針だ。
中期経営計画では、2027年9月期にコンサルタント数を405名(24年9月期実績214名)へ大幅に増やすことを目指している。また、テレビCMの活用などでブランド力の向上を図り、潜在的なM&A需要を掘り起こす先行投資にも注力している。総資産に対する現金同等物比率は31.28%と高く、旺盛なM&A需要を背景に、潤沢な資金を企業価値向上に活用できる余地は高いと考える。
エイベックス(7860)
■株価(10月31日時点終値)1208円 配当利回り(予)4.14%
音楽を中心とするコンテンツの企画・制作・販売を一貫して手掛けている。また、傘下企業を通じて、日本アニメの海外配信事業にも積極的に参入しており、多角的な収益源の確保を進めている。総資産に対する現金同等物比率が33.68%と高く、「世界水準のアーティスト育成」と「グローバル展開」という成長戦略にキャッシュを振り向ける余地は高く、さらなる企業価値の向上が期待できそうだ。
全体の売上高に占める海外事業の比率を、23年3月期の5%から27年3月期には15%まで大幅に高める計画を持ち、将来の稼ぎ頭となる世界水準アーティストの卵に対する投資には余念がない。実際に、2024年夏にデビューした「ONE OR EIGHT」が2025年5月に米国大手レコード会社と契約するなど、成果も出始めている。
さらに、Z世代が消費の主役として台頭しているインドのアニメ市場では、米アマゾンを通じて配信する日本アニメの作品数を2023年のサービス開始時と比べ2倍に増やすなど、成長市場への戦略的な投資を積極的に行っている。潤沢なキャッシュは、世界市場を取り込むための強力なエンジンとなろう。
テクマトリックス(3762)
■株価(10月31日時点終値)2185円 配当利回り(予)1.65%
収益の約8割を占める情報基盤事業は、サイバーセキュリティ関連サービスを主力としており、米パロアルトネットワークスの販売代理店としては国内最大手の地位にある。単なる製品販売だけに留まらず、システムの設計、構築、運用監視までをトータルで顧客をサポートできる点が強みだ。
底堅いサイバーセキュリティ需要に加え、日本企業のサイバー攻撃被害等を受けた新規案件が増える期待は高まっている。中長期的にも旺盛な需要の獲得が見込まれ、成長機会を捉えるためには、M&A(合併・買収)や先端技術の研究開発投資、優秀なIT人材の獲得・育成などへの積極的な経営資源の配分が求められよう。
医療システム事業も展開し、医用画像の管理や遠隔読影(離れた場所から医師が画像診断を行うこと)のシステム構築なども手掛けている。こちらも情報基盤事業とともに、AI(人工知能)サービスへの活用で成長が期待できる分野だ。総資産に対する比率が25.91%ある現金同等物を戦略的に活用する方針を打ち出せば、成長性と資本効率改善の相乗効果により、株式市場からは株主還元以上に再評価の機運が高まる可能性は高いだろう。
旭有機材(4216)
■株価(10月31日時点終値)4810円 配当利回り(予)2.49%
耐薬品性に優れた樹脂バルブ(流体の流れを調整・遮断する部品)は、半導体製造に不可欠な超純水の製造プラントなど、高い信頼性が求められる分野で重要な役割を果たす主力製品だ。国内市場で60%という圧倒的シェアを握り、今後の半導体投資の拡大は直接的な追い風となる。また、米国では半導体新工場向けの受注が始まり、トランプ政権による半導体産業誘致も相まって、2027年3月期に向けて引き合い拡大が期待される。
2025年11月頃に公表予定の次期中期経営計画では、2030年度の目標としてROE(株主資本利益率)15%という、現行水準からの大幅な向上を目指す方針だ。資本効率を強く意識していることの表れとみられ、前期末時点で総資産比22.74%を占める現金同等物の有効活用を促進する機運とも重なる。
なお、海外ファンドは親会社である旭化成〈3407〉に対し、保有する同社株(30.8%)の売却を強く要求している点にも注目したい。仮に親子上場が解消されれば、より独立した立場で現預金の活用を含む資本政策を推進する機会を得るだろう。
高市早苗首相は、以前から「内部留保の使途明示」や「現預金課税」などへの言及を通じ、企業のキャッシュの有効活用に強い関心を寄せていた。高市政権下では、現預金を多く抱える企業への圧力が強まる可能性もあるだろう。
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