ティーバーの再生数で平均視聴率19.9%を記録したTBS日曜劇場『VIVANT』を抜き、大注目のTBS火曜ドラマ『じゃあ、あんたが作ってみろよ』(火曜10時~)。谷口菜津子さんの同名漫画を実写化したものだ。
竹内涼真さん演じる海老原勝男と夏帆さん演じる山岸鮎美の「元カップル」の姿を描き、SNSでも多くのコメントが寄せられる。勝男はルックスよし、給料よしの次男坊で鮎美の同僚も「超優良物件」だと語るが、「料理は男は作らない」「顆粒出汁は手抜き」「ルーを使ったカレーは料理じゃない」と言ってしまうような化石男だった。同棲していた時に完璧な家事で対応していた鮎美が、勝男のプロポーズを断って家を出ていくのが第1話だった。
ライターの田幸和歌子さんは、このドラマが「現在のパートナーシップの在り方」を考えさせるドラマだと語る。
その考察の前編では、大手商社勤務に勤務する24歳の女性の例を紹介した。この女性は勝男がクズ男だったのは、何も言わなかった鮎美にも原因があると語る。そして自身は恋人と半同棲の関係にあるが、対等な関係を築くために独特のルールを設けているという。
〇二人一緒の休日は一緒に外食。それ以外はそれぞれ会社や自宅付近で外食するなり弁当を買うなり、各自で済ませる。
〇掃除はお互いが気になった時にする。洗濯も各自が自分のものを洗う。
〇家賃も光熱費も旅行代金なども完全に折半。
一緒にいる時間を家事で潰さず、どちらかが一方的に家事を担う関係にならないための選択なのだ。後編では、鮎美が勝男を「生み出した」その背景と、より互いにとって良いパートナーシップのために重要なことを考察する。
パートナーにだけは言いたいことを言えない人も
例えば、フリーランス同士の筆者の夫婦の場合、最初は筆者のほうが主に家事を担っていた。しかし子どもが生まれてからは、皿洗いや風呂洗い、ドラッグストアなどでの買い物など、少しずつ夫にシフトしていき、今は筆者よりも、夫のほうが家事を多く担っている。
とはいえ、自然な流れでスムーズにそうなったわけではなく、何度も何度も話をして、相手が気づいていないものの、目に見えにくく、時間や手間のかかる家事の負担を都度伝え、そのときどきの仕事量やスケジュールとの兼ね合いで役割分担を見直してきた結果だ。そして、今もまだ模索中で「正解」にはたどり着いていない。
一方で、多忙な妻(Bさん)がバリバリ働き、家計を支える一方、夫は「主夫」として家事育児を主に担っていたように見えた夫婦が離婚したケースもある。話し合いによってうまく役割分担している夫婦に見えていたが、その実、夫はBさんが仕事に出た後、子どもと共に毎日寝坊して、保育園に子どもを送るのは毎日昼頃、食事も子連れでほぼ外食、他の家事はほぼBさんが帰宅後に行っていたという話を離婚後に聞いた。
さらに難しいのは、バリバリ働き、何でもこなすBさんが彼をそうさせてしまっていた一面があったこと。収入もなく、家事もほとんどしなかった彼はBさんと離婚した後、別の女性と交際するようになり、今は定収入を得ている。しかも、今はBさんと別れたことで自立できた、Bさんに感謝していると言うのだ。
夫が海外駐在中に産休・育休に入った妻(Cさん)の事例もある。Cさんは育休の終わるタイミングで一人で娘を連れて帰国、復職したため、保育園の送り迎えも当然ワンオペだった。
しかしそれが夫婦のデフォルトとなってしまったため、夫は帰国しても送迎もせず、Cさんに任せきりに。Cさんは子どもの手足口病がうつって苦しんだことで「自分はヘトヘトで免疫力が落ちている」と実感し、「私たちフルタイム勤務同士だよね」と話し合い。夫はようやく「送る」だけするようになったという。夫は悪気はないのだが、24歳のAさんが考えたように「最初が肝心」ということなのだろう。
パートナーにだけは言いたいことを言えない人も
また、友達や他の人には言えるのに、なぜかパートナーにだけは言いたいことを言えないと言う人も多い。筆者の場合、同業夫婦ということもあり、一番触れられなかったのは「収入」の話だった(そこは今もある)。結婚当初、夫が提案したのは「家賃は夫の負担、生活費は妻の負担」という分担だったが、数ヵ月暮らしてみて筆者の支出の方が大幅に多いことに気づき、見直しの提案をした。
そこで、互いの収入を1つの口座に入れるようになったが、収入はどうしても夫婦のパワーバランスに影響するため、夫は家のこと・家族のことを決める際、受身で指示待ちになってしまった。一方、筆者も、夫が主に担ってくれる家事に極力口出ししないようにしているため、野菜不足を感じるときは自分で勝手に野菜料理などを作って補充するし、洗ったお皿に洗剤がついていることがあっても、黙って洗い直している。
「日常」を共にする相手だからこそ、伝えることで相手が不機嫌になるのが面倒だとか、ネガティブに思われたくないといった心理が働く。相手にいろいろ説明したり教えたりするよりも、自分でやってしまったほうが楽だし、早いと言う人も多い。しかし、それで良いときはあっても、対話の労力を惜しむと、あとでそのツケが回ってくることはある。
例えば主なケア労働側が病気や体調不良になったり、疲れで動けなくなったりしたとき。そんなときすら、何もしない・できない者はいるし、酷い場合は、病気で寝ている相手に食事を要求する者もいると聞く。そんなとき、なぜこれまで何もやらせなかったのか、教えなかったのかと後悔しても、どうにもならない。あるいは、母親などの主なケア労働側が亡くなった後に、何もできない父の世話に子どもたちが振り回されるケースも多い。
竹内涼真さん演じる勝男の「成長」
その点、ドラマの勝男は、鮎美との別れを機に、着実に変化し、成長していく。
かつてはめんつゆや顆粒だしを手抜きとバカにしていたのに、彼女の得意料理だった筑前煮を自分で作ってみて、その大変さを知り、材料がわかると、めんつゆや顆粒だしが理にかなった調味料だと理解する。
男女関係についても、マッチングアプリを、通常の出会い「天然モノ」に対して「養殖モノ」とバカにしていたのに、後輩に強引に登録され、会社経営者の柏倉椿(中条あやみ)と出会い、価値観が一新する。しかし椿と恋愛関係になるかといえば、そうではない。椿に手料理を食べてみたいとせがまれ、前日からおでんを一生懸命仕込むが、ボロクソに言われ、傷つき、そこで初めて、自分がこれまで元カノにしてきた言動――相手の真心を全く理解しようとしていなかったことに気づき、嗚咽するのだ。椿や、後輩の南川(杏花)は勝男に面と向かって意見を言う貴重な女性たちだが、その言葉を聞く力が勝男には残っていた。
実は勝男もまた、男は泣くもんじゃないと父に言われ、“男らしさ”を押し付けられてきた、社会の古い価値観の被害者だった。そして、意外にも「変われる」「学べる」人だった。でも、鮎美は勝男に気に入られようとして、古い価値観に従い、自分で考える・相手に伝えることを放棄し、共に対話することを諦めてきた。ある意味、勝男が学ぶ機会を奪ってきたと言えるかもしれない。
一方、勝男は、鮎美が要求しないものの、本当は手が荒れやすいから植物性洗剤を買ったほうが良いこと、トイレットペーパーもシングルで良いと言うけれど、本当はダブルのほうが好きなこと、ラクトアイスなどでなく高い「アイスクリーム」を喜ぶことを知っていた。でも、それを伝えたことはなく、勝男の気遣いにおそらく鮎美は気づいていなかったろう。
どちらも相手を自分なりに思っていたが、ちゃんと見ていない、あるいは伝えず、対話していなかったのだ。
「相手」の前に向き合うことが重要な人とは
このドラマが盛り上がっている最大の理由は、「クズ男」が面白いからとか、腹が立つからとかではなく、家事という誰にとっても身近で普遍的な題材を通して、「当たり前」とされることへの違和感を描いているからではないか。違和感に気づき、その違和感を伝えること、対話することの大切さと共に、価値観のアップデートを描いているからではないか。
家事分担のやり方に、全ての人に合う唯一の正解があるわけではない。全てやってあげたい人はやれば良いし、女性であれ男性であれ、家事の主導権を渡したくない人もいるだろう。それはそれで一つの選択だ。しかし、自分がどうしたいのか、相手とどういう関係を築きたいのかを、きちんと考えて選ぶことは欠かせない。
パートナーが「化石男」で嫌だと思うのなら、化石男にしないためには、相手を代える・変える以前に、自分と向き合うこと。そして、相手との対話を諦めないこと。このドラマが問いかけているのは、家事分担のルールではない。どうすれば対等で、対話し続けられる関係を築けるかという根本的な問いなのではないだろうか。