個々の違いを受け入れ、多様性を認められる社会であることは、様々なシーンやジャンルにおいても、欠かせない課題といえる。アート、ニューロダイバーシティから、性的マイノリティが抱える孤独、性教育まで、それぞれの領域を先導する8人が4つのカテゴリーで、ふくよかな世界を実現するために語り合った。
今回は、TEIWA代表でパレットーク編集長の合田文さんと、助産師で性教育 YouTuberのシオリーヌさんの対談をお届けする。
Aya Goda
1992年東京都生まれ。26歳で株式会社TIEWAを設立。DE&Iの視点から、企業や自治体の課題解決に取り組む。また、実話をもとに性に関するモヤモヤや気づきをマンガで発信するウェブメディア「パレットーク」編集長を務めるほか、ドラマ監修を行うなど、多様なあり方や人権についての発信に携わる。
Shiori–nu
1991年神奈川県生まれ。助産師の経験を活かし、性教育YouTuberシオリーヌとして、性の知識や課題について発信。2022年株式会社Rineを創業。性の情報発信や子育て支援、コンテンツ監修などの事業を展開する。2024年NPO法人コハグを設立し、産後ケアサービスの提供にも力を入れる。
「生きていてもいいんだと思えました」。ずっと忘れられない言葉です。──合田
ジェンダーの観点から、クリエイティブの力で多様なあり方を可視化する合田文さん。性教育、SRHRを軸に、情報発信や子育て支援を行う性教育YouTuberのシオリーヌさん。「誰もが自分らしく生きられる社会」を目指す二人の対話から見えてきた、多様性と性教育の交差点とは。
合田 出会いは、7~8年前のプライドイベントだったかな。もともとSNSで相互フォローはしていたよね。
シオリーヌ あの頃は、自分の声を誰かに聞いてもらえる土壌づくりに必死だった。私は性教育、文ちゃん(合田さん)はジェンダー・セクシュアリティを専門にしていたから、お互いに親和性を感じていたと思う。
合田 歳も近くて、同期のような、戦友のような感覚。
シオリーヌ 当初から、文ちゃんが編集長を務める「パレットーク」は、アプローチが素敵だと思っていました。ジェンダーやセクシュアリティの話題は、知識や意識が追いついていないと、身構えてしまう人も少なくない。でも、当事者の気づきをストーリー仕立てのマンガに落とし込むことで、状況を想像しやすく、「私も親に同じようなことを言われたことあるかも」みたいに、周りの近しい人に投影できるというか。自分と無関係の話ではないということを、そっと教えてくれる。
合田 「パレットーク」の体験募集フォームには、毎日たくさんの方からメッセージが届くのですが、中には、誰にも話したことのない悩みを打ち明けてくれ、「聞いていただけてスッキリしました!」とおっしゃる方もいます。「パレットーク」を読んで、自分との共通点を発見したり、共感できる価値観に触れることができたり、その思いを吐き出す「モヤモヤBOX」のような存在になれているのかなと思うとうれしいですね。シオリーヌのYouTubeは、シリアスになりがちな性教育を明るく、勉強っぽさを感じさせずに教えてくれるから、性教育に関心を持ったり、一歩を踏み出すきっかけになった人って多いんじゃないかな。
シオリーヌ お互い性を軸にした活動を続けて6~7年経つよね。
合田 続けるということがいちばん大事で、難しい。こうして何年も発信し続けてきて思うのは、声を届けるのと同じくらい、自分の生活を穏やかに、そして安全に過ごすことの大切さ。
シオリーヌ 性教育をはじめ、社会課題のことを考えたり、発信するのは、ものすごくエネルギーを使うから、よくわかります。
相手を受け入れるための心の境界線、バウンダリー
合田 性の多様性も性教育も、もとを辿ればそこに行き着くんじゃないかな。自分の生活や心が健やかでないと、目の前の問題や相手との間にバウンダリー(心の境界線)を引くことができない。性教育の入り口で学ぶことが多い、「プライベートゾーンを守る」という話にも繋がってくると思う。
シオリーヌ 日本は、バウンダリーがポジティブに捉えられない風潮がありますよね。私はよく性教育の講演の場で、「親子との間に適切なバウンダリーを持つことの重要性」について話すのですが、そうすると「親子なのに寂しくないですか?」や「家族なのに水臭い」などといった声をもらうことがあるんです。例えば、子どもが話したくないことを無理に聞き出そうとするのは、親だからいいってわけでもない。自分の子どもとはいえ、別の人間。バウンダリーとは、相手のことが大事だからこそ取るべき心の距離だと思う。
合田 確かに。家族との間にもしっかりとバウンダリーが保たれていると、過剰に怒ってしまったり、イライラしてしまったり……ということも抑えられるのかな。
シオリーヌ とはいえ、実際に子育てして思うのは、バウンダリーを引くことは簡単ではないこと。2歳くらいからイヤイヤ期が始まり、自己主張も強まってくる中、子どもの意思を反映しながら物事を決めるのは至難の業。もうすぐ3歳の娘には、選択肢を2つ用意するようにしています。そうしたらどちらかを選んでくれるから。なるべく本人の意思を尊重したいですね。
合田 パートナーや友だち、同僚など誰にでも当てはまりますね。自分と他者はまったく別の人間だと頭では分かっているはずなのに、つい心の境界線を飛び越えてしまい、自分の考えを押しつけたり、相手に求めすぎたり。
シオリーヌ バウンダリーを引いている自覚があると、「私は◯◯されるのが嫌です」と相手に意思表示をすることが、悪いことどころか、むしろ必要なことという認識が持てる。そうじゃないと、嫌なことを我慢し、限界まで溜めてしまい怒りに変わるんだと。
合田 心の距離感を保てていないと、相手の態度や発言に否定されたと勘違いして、勝手に傷ついてしまうこともある。両者が向き合うべき問題を、お互いのバウンダリーの間に置いて考える練習をしていかなくてはいけないなと思うんです。
シオリーヌ あなたを責めたり、否定しているわけでもない。ただ、お互いがコミュニケーションをとるうえで、すれ違いや齟齬が起きているという議題を、お互いが引いたバウンダリーの真ん中に提出する感じだよね。
合田 そう、性教育の核となる部分はそこだと思っていて。からだやセックスの話ももちろん大事だけど、身近な人といかにバウンダリーを大切にし合えるか。それこそが性教育のスタート地点なのかもしれない。
シオリーヌ 性教育は人権教育だと言われる理由はそこにあるよね。バウンダリーは、「私は私、あなたはあなたという認識を持ったうえで、お互いにとって心地よい関係を育みましょう」という知識というかスキルのようなもの。お互いが持つ権利を守りながら、人間関係を育むにはどうすればいいのか。それを考えることが性教育だと思っています。今の日本の性教育は、義務教育だけでは、必要な知識を十分に得られません。SNSやインターネットで情報は簡単に手に入れられるけど、肝心な部分が抜け落ちてしまっている。それを届ける努力は続けていかなくてはならないと強く感じます。
合田 自分を守ることが、相手を守ることにも繋がる。そういう意味でも、性教育や多様なあり方への理解を育むには、バウンダリーは不可欠ですね。
シオリーヌ それは性暴力の防止にも繋がってきますよね。講演をしていると、たまに「自分の子どもを被害者にも加害者にもしないためにはどうすればいいですか?」と聞かれることがあるのですが、「被害者にしない」という視点に違和感があります。いくら自衛の方法を身につけたとしても、不運が重なり被害に遭ってしまうケースもある。つまり加害者がいなくなれば、被害者は生まれない。だから、加害者をなくすための努力を徹底的にするべきだと思います。なので私は、性教育を教える立場として、子どもたちに人権という意識を持つことの大切さを繰り返し伝えるようにしています。多くの人にその考えが常識として身についていれば、将来、加害者になる人を減らせるのではないでしょうか。
合田 大事なことだと思います。あと、子どもの性被害をゴシップとして扱ったり、大人が茶化す風潮が未だに残っているのも問題ですよね。とくに学校で起こった場合には、先生など発言権を持つ人がどれだけシビアに取り上げるかどうかで、子どもたちの意識も変わってくるのでは。
シオリーヌ 性被害は、被害者の人権を無視した許されない行為であり、一生のトラウマにもなりかねない。その事の重さを、大人がしっかりと態度に表し、もっと大事にしていかなくてはいけません。そして、たとえ学校で性被害が起きても、決してそれを“性的ないたずら”として済まさないこと!
合田 私自身、命に関わることは、とくに重く受け止めるようにしているのですが、例えば、セクシュアルマイノリティの話だと、アウティング(本人の許可なく、他者がその人の性的指向や性自認などを暴露すること)の被害は少なくありません。その人の大切な情報を勝手に言いふらすことで、命に関わる可能性があることも話すようにしています。セクシュアルマイノリティの人は、そうでない人と比べ、自殺リスクが高いというデータもあります。このままどう生きていけばいいのか。幸せな大人になれるのだろうか。そんなふうに感じている若者を少しでも減らすには、教育機関や養育する大人たち、ひいては社会が変わっていかなければならないと思います。
シオリーヌ 本当にその通りですね。
合田 以前、読者の方から「マンガを読んで、生きていてもいいんだと思った」というコメントをいただいたことがあります。「パレットーク」を通じて、知らない誰かの事例に触れることで、「苦しんでいるのは自分だけではない」と思えることが、誰かの命を繋いでいるのだと考えると、発信を続けてきて本当によかったと感じます。夏休み明けの9月には、学校再開に不安を感じる中高生に向けて「#学校ムリでもここあるよ」のハッシュタグなどとともに、「無理に学校に行かなくても大丈夫」というメッセージを届けるようにしています。
「自分の意見に価値がある」ことに、気づいていない
シオリーヌ 教育機関も少しずつですが変わってきていますよね。性教育に関する教材を作りたいという会社も増えましたし、何より先生たちの意識がぜんぜん違う。
合田 先日も、ある女子校から「海外留学を控えた女子生徒向けに性教育の授業を作ってほしい」という依頼がありました。活動を始めた当初に比べると、セクシュアリティやジェンダーという言葉もずいぶんと身近になってきたなとも感じます。講師として学校で性の多様性について話をすることもあるのですが、LGBTQ+という言葉を知らない生徒は、ほとんどいません。
シオリーヌ この数年で、子どもたちの意識も大きく変わったと思う。以前とある小学校で、私の著書である、子どもたちがジェンダーやセクシュアリティを学ぶための入門書『こどもジェンダー』のオリジナル本を作るプロジェクトに関わらせていただくことがあったんです。そこで子どもたちと話していて思ったのは、思考がすごく柔軟なこと。疑問を口に出すことに躊躇いもなければ、誰かに意見されても、それを否定として捉えず、素直に受け入れる。その柔軟な姿勢は大人も見習うべきだなと。
合田 一方でパートナーや親子、友だち同士でも、自分の意見に価値がないと思っている大人が多い気がします。中でも、「女と子どもは黙ってろ!」という風潮が蔓延する社会を生きてきた上の世代の女性たちは、さらにそうかもしれません。
シオリーヌ これまで、私たち大人は、社会からジェンダーに関するメッセージをたくさん受け取り、過去を振り返りながら、自分を問い直したり、ときには誰かに否定されたり、責められているように感じながら生きてきた。だから、自分の価値観を捉え直すのは、実はすごく勇気がいること。私が子どもの頃は、校則や先生の言うことなど、課されたルールからはみ出さない子が「いい子」とされてきました。でも、子どもが既存のルールに対して、「おかしい」、「もっとこうして欲しい」と発言したとき、周りの大人が面倒くさがらずに、「なるほど、なんでそう思ったの?」と、「あなたの意見をもっと聞かせて」という姿勢でいるかどうかが、その子が抱く「自分の意見に対する価値」の捉え方に、大きく影響してくると思うんです。
合田 本当にそうですね。また、今や性やジェンダーの話をすると、どうしても「若い人の話」として受け取られがちだけれど、昔から多様なセクシュアリティを持つ人はたくさん存在していて、その多くの人たちが声をあげられず、なかったことにされてきたという過去も、忘れてはいけないと感じています。
シオリーヌ 今になりようやく可視化されるようになっただけで、その人たちの思いはずっとあり続けていたんですよね。
自分の尊厳を守り、尊重し合える社会が理想
合田 私は最近、企業向けにマンガ教材を提供するサービスに力を入れています。数分で手軽に読めるので、社内で話題にしたり、職場での人権課題に触れたりする機会を増やしてもらえたらと。他にも、企業の社内啓発や、データを社外に出す際のファクトチェック、ドラマの監修など、さまざまな取り組みをさせていただいています。
シオリーヌ 企業としても、第三者の視点を入れる必要性を感じはじめていますよね。
合田 組織の力ってやっぱり強い。個人よりも社会に与えるインパクトを持っていることも多いから、私たちだけの力では到底できないことも、企業と関わらせてもらうことで、さらに大きなエンパワーメントに繋げられる。
シオリーヌ 企業側も、誰かの尊厳を傷つけない発信をしようというケースと、とにかく炎上したくないというケースがあると思うんだけど。たとえ後者でも、性の課題について触れる、考えるという視点でみると、きっかけにはなりますよね。つまり、広告や発信をする際、違和感に気づく人が増えたということ。違和感を無視しない土壌のようなものは、できてきている。
合田 例えば、社内での表現について「これはまずいかも」と気づいても、それを意思決定層に言えないことが多い。うるさがられる、辞めさせられるんじゃないかと思ってしまうんです。子育てや介護などケア労働に追われている人が、休みや早退を申請する際にも、後ろめたさを感じて言い出しづらいなど、「言っても分かってもらえない」と諦められてしまうのではなく、「何かあったら相談できる」、そしてその声が軽視されない職場を目指すことが、結局のところ、様々な人が活躍しやすく、組織そのものを強くしていくと思います。
シオリーヌ 先日、テレビ番組の制作者と話す機会があったのですが、話題に出たのが、アニメに出てくる“お母さん”が専業主婦ばかりということ。子どもが家に帰ったら、ご飯を作って待っているという描写は、子どもたちにそれが当たり前だと刷り込んでしまう。専業主婦だけでなく、もっと多様なお母さんのあり方をみせるべき。
合田 日常のふとした瞬間に“いろんなあり方”が自然に目に入るようになるといいな。それが当たり前になれば、いわゆる「ふつう」とされるものが少しずつ変わっていきますよね。
シオリーヌ ジェンダーの話をしていると、たまに「女らしくあることを謳歌したいと思うのは間違いですか?」と聞かれることがあります。それが自分の理想なら、もちろん素敵なこと。ただ、一つのあり方だけが“唯一の正解”とされると、苦しくなる人もいる。そのことを忘れないことが大切です。無数にある自己実現の選択肢から、自分にフィットするものを自由に選べる社会をつくっていけたら。
合田 自分のからだや心を大切にできる人が増えていくことが、性の多様性への理解や、性教育の広がりにも繋がっていく。自分には価値があり、その尊厳は守られるべき、そして他者と尊重し合うもの。という認識が当たり前になる社会を目指したいですね。
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Photo:Sana Kondo Text & Edit:Nana Omori
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