昨年10月に発売された「明治おいしいミルクコーヒー」が、爆発的な売れ行きを見せている。発売前からSNSなどで話題になり、発売後1〜2ヵ月は需給が逼迫。製造・販売元である株式会社明治の社内も混乱に陥るほどだった。
その後もヒットはつづき、発売から今年8月の下旬までの11ヵ月ほどで、少なくとも2500万本を売り上げているという。1本が200円強だから、ざっくり計算すると50億円以上の売り上げだ。
突然あらわれたこの大ヒット商品、いったいどのような狙いで、どのようなプロセスで開発されたのか。そして、なにがヒットの要因だったのか。
【前編】「爆売れの「明治おいしいミルクコーヒー」、開発担当が語った「新しい市場」ができるまでの一部始終」の記事に引きつづき、「明治おいしいミルクコーヒー」のマーケティング担当で、開発プロジェクトの責任者である井上健吾さん(38歳)に、現代ビジネスが話を聞いた。
大手企業がブランド活用のさいに考えていること、「ヒット後」の知られざる営みなどが明らかになった。
緊急対応でヘロヘロに
——「明治おいしいミルクコーヒー」の発売後の状況はいかがでしたか?
井上:だいたいの新商品は、発売になって全国のコンビニやスーパーに入ったあと、2日ほどで小売店から補充の発注が飛んでくるんですが、「明治おいしいミルクコーヒー」のその数字を見たときの衝撃はスゴかったです。ドカーンって感じの売れ方で……。ほぼ一日で在庫がすべてなくなった小売店もありました。
——そういうときはうれしくてアドレナリンがドバドバ出るものでしょうか?
井上:それがあまりそうでもなくて……。もちろん新商品が売れているからうれしいんですが、「ヤバい、欠品しちゃう!」という焦りのほうが強かったです。「なんとか商品をつながなきゃ」「売り逃してしまうかもしれない」という感じで。
そこから2ヵ月くらいは供給を増やすためにずっと緊急対応をしていました……。
——供給量を増やすためにはどういうことをやるんでしょうか?
井上:工場をフル稼働させるというのがわかりやすいですね。それから、生産工場がもともと二拠点だったのを三拠点にして。
——もともと生産する予定がなかった工場でも、ラインとか人手とかを確保するということでしょうか?
井上:はい。「生産部」という部署と折衝して、「これだけ売れているので、なんとかつくれる量を増やしてくれないか」「どうすればそれができるんだ」みたいなことを緊急で打ち合わせして。
あとは、生産されたものをどこの小売店さんにどれだけ卸すかみたいなことも決めないといけなくて……。それが2ヶ月くらいずっとつづいたという感じで、ヘロヘロになりました。
——そのとき社内の関係者はみんな「やるぞ」みたいになっているんでしょうか?
井上:そうですね。「なんとか商品を出し続けないといけない」という気持ちがあったと思います。食品の会社だからというわけでもないですが、根底に「お客さんが欲しいときに物を届けないといけない」という強い思いがあるような気がします。
それにもちろん、チャンスロスを避けたいという思いもあります。取引先の流通の方とかも「売れる商品だ」「売りたい」という気持ちでいるのに、肝心のモノがないと、大きなロスですよね。そこは最大限フォローしたいという思いがありました。
——数字で表すと、そのヒットぶりというのはどのようなものだったんでしょうか。
井上:売り上げは当初の計画の3倍でした。ただそれは、生産力の上限があっての数字で、供給する体制がととのっていれば、もっと売れていたような気もします。
——大きな数字です。社内ですごく褒められたりするんですか?
井上:あんまり褒められてはないですね、褒めてほしかったんですけど(笑)。
——賞をもらったりは?
井上:賞もないですね。でも、社内で「売れてすごいね」みたいな話はされて、それはうれしかったです。
ヒットの確信はあったか?
——発売前から「ヒットしそう」「これはいけるな」という雰囲気はあったんでしょうか?
井上:うーん、どうでしょう……。一つ言えるのは、味については「おいしいものができたな」というのが、確実に我々のなかではあったということです。社内でもいろいろな人に飲んでもらって「おいしいと思う」という声が多かったので。
——そうか、味に自信があったということは、裏を返すと、味だけで売り上げが決まるわけではないということですよね、当然ですが。パッケージなんかもすごく重要そうです。
井上:パッケージもかなり影響がありますよね。
——パッケージはどのように決めたんでしょうか?
井上:もともと「明治おいしい牛乳」のパッケージは、高い評価をいただいています。「このパッケージといえば、明治おいしい牛乳」という感じで、すっかりアイコンのようになっているんです。
「明治おいしいミルクコーヒー」のパッケージも、このブランド資産を生かそうと思って、「明治おいしい」ブランドから出ている新しいミルクコーヒーだということを示せるように、「明治おいしい牛乳」とほぼ一緒にして、色違いのような雰囲気を出しています。
これも、商品コンセプトと味とパッケージが一直線につながるように工夫したという感じですね。
目立った「自発的なSNS投稿」
——なるほど、商品コンセプトの重要性がうかがわれます。少し話が変わりますが、発売前からSNSでしかけをしていたことも注目を集めていました。SNSについては工夫をされたんでしょうか?
井上:はい。商品の一部を見せつつ、半分は隠すような感じで、新しい商品が出ることをアピールするSNS広告——いわゆるティザー広告ですね——に力を入れました。チラ見せして注目を集めるというイメージです。
小売店やユーザーさんが自発的にしてくれる投稿も大きかったです。最近はコンビニさんも、「来週の新商品」みたいな感じでSNSに投稿してくれたりしますよね。コンビニスイーツインフルエンサーの方も取り上げてくださって、発売前にも相当広がっていたという印象でした。
井上:そうした流れで、発売後もSNSでバズっていて。「すごく売れてるらしい」とか「物がない」とか「コンビニを走り回って探しました!」みたいな感じのバズが生まれていました。SNS経路の認知が高いというのは特徴的でしたね。
——ほかには、どういう消費者の方に、どういう経路で届いていると分析されていますか?
井上:いま牛乳を飲んでいるのって、子供さんと高齢の方がメインなんですね。子供たちが学校で飲んでいるほか、スーパーなどで牛乳を買っているのは六十代、七十代の方が多いんです。あんまりこの「間」の人いなくて。
でも、「おいしいミルクコーヒー」は、三十代以下の方が購買者の全体の50%以上を占めているんです。
これは、商品がコンビニでしっかりと採用いただけたことの影響も大きいと思います。この商品はコンビニでの売り上げが全体に占める割合もとても高いんですね。パーソナルタイプ(=中容量)なので、スーパーでというよりはコンビニで買ってもらうことが多いのかなと考えています。
ほかには、牛乳というのは「朝食メイン」で飲まれているんですが、「おいしいミルクコーヒー」は、朝食以外のリラックスシーン……つまり、昼食から夕食までの午後の時間帯、間食のシーンで飲まれていることが非常に多いのも特徴です。
このあたりは、事前の狙い通りにいっていると思います。
——インタビューの前半でもお話いただいたように、今回の製品は「牛乳をおいしく飲むためのミルクコーヒー」という新しい市場を切り開こうとしたわけですが、そのあたりは消費者に届いていると思いますか?
井上:それは意識していただいていると思いますね。SNSや調査でお客さんの反応を見ていても、「今までにない、違う味わいがする」とか、あるいは「ほぼ牛乳みたいに飲む」といった反応が出ていて、それは狙い通りになっているかなと思います。
——なるほど。全体として、ブランドとこれまでやってきたことへの信頼感がすごく強いなと感じました。
井上:そうですね。ブランドがやはりすごく強いので、そのブランドをなるべく生かして、その価値に合った中身で勝負すれば、なんとかいけるんじゃないかという思いはありました。
——ありがとうございました。