著者に聞く第14回・後編
インタビュー前編では、244エクサ電子ボルトのエネルギーをもつアマテラス粒子の発見の裏側や極高エネルギー宇宙線を観測する意義について、『宇宙線のひみつ 「宇宙最強のエネルギー」の謎を追って』を上梓した藤井俊博氏(大阪公立大学大学院准教授、南部陽一郎物理学研究所兼任研究員)に話を聞いた。
インタビュー後編では、アマテラス粒子を超えるエネルギーのオーマイゴッド粒子の検出や特殊相対性理論と宇宙線の関係、そして2040年代を見据えた極高エネルギー宇宙線観測構想まで、引き続き藤井氏に語って頂いた。
*後編からご覧になった方、前編こちらです*
*本記事で、インタビュー全編を収録した動画をご紹介します*
最強のエネルギーをもつ「オーマイゴッド粒子」…特殊相対性理論の破れを示唆するものなのか
1991年10月に、米国ユタ州で「オーマイゴッド粒子」が観測されました。
藤井俊博氏(以下、藤井):オーマイゴッド粒子のエネルギーは320エクサ電子ボルト。2025年現在、報告されている宇宙線の中で最強のエネルギーをもつ宇宙線です。
GZK限界(宇宙マイクロ波背景放射との相互作用によるエネルギー上限)があるとすると、こうした高エネルギー粒子は存在してもごくわずかであると予測されていました。したがって、50エクサ電子ボルトを大きく超える粒子の観測は驚くべきこと(Oh-My-God)であり、そのまま「オーマイゴッド粒子」と形容されました。
オーマイゴッド粒子の観測は、GZK限界の議論にどのような影響を与えたのでしょうか。
藤井:GZK限界は特殊相対性理論に基づいて導出されました。したがって、GZK限界である50エクサ電子ボルトを超えるエネルギーをもつオーマイゴッド粒子線が検出されたことは、特殊相対性理論の破れを示唆するものだと一部の研究者たちが指摘しました。
しかしその後の観測から、GZK限界はほぼ確認されており、特殊相対性理論が破れている可能性は極めて低いと考えられています。
極高エネルギー宇宙線天文学の最前線
極高エネルギー宇宙線天文学の最前線について教えてください。
藤井:まず、宇宙線のエネルギースペクトルについてですが、現在の観測でもGZK限界の存在は支持されています。100エクサ電子ボルトオーダーの極限のエネルギー領域でも、アインシュタインが100年以上前に提唱した特殊相対性理論は成り立っているということです。
けれども、宇宙線のエネルギースペクトルにカットオフがあるということは、地球から比較的近傍の1.5億光年以内からしか、50エクサ電子ボルト以上の宇宙線は到来しない、ということを意味しています。
つまり、地球から1.5億光年以内に、極高エネルギーまで宇宙線を加速できる天体が存在している可能性が高い、ということです。もしそうなら、極高エネルギー宇宙線の到来方向は加速源となる天体の方向に偏りが生じるはずです。
極高エネルギー宇宙線の成分に関する知見
次に、質量構成についてです。宇宙線が磁場や電場によって加速される際、得られる最大エネルギーは粒子の電荷に比例します。電荷が1の陽子と電荷が26の鉄原子核を同じ磁場・電場中で加速すると、鉄原子核は陽子の約26倍のエネルギーを獲得できるということです。
最新の観測データから、エネルギーの高い宇宙線ほど、重たい原子核の割合が増加していくことが示唆されており、先述の理論と合致しています。このため、極高エネルギー宇宙線の成分には鉄などの重い原子核が多い可能性があると考えられます。
ただ、宇宙線が重たい原子核である場合、宇宙空間の磁場によってその進行方向が大きく曲げられ、どこからやってきたのかわからなくなってしまうという難点も抱えています。
極高エネルギー宇宙線はどこからやってきたのか
2021年に観測された「アマテラス粒子」は、どこから来たのでしょうか。
藤井:地球近傍には、宇宙線を100エクサ電子ボルトオーダーまでに加速できそうな候補天体は数えるほどしかないと考えられています。当初、私たちはアマテラス粒子はそのような候補天体からやってきたと考えていました。
ところが、詳細な解析の結果、候補天体が存在しない「局所的空洞」と呼ばれる方向から到来していたことがわかったのです。
最初は落胆しましたが、よく考えると「何もない方向から来た」というのは新たな発見であり、むしろ面白い。現在では非常に興味深い研究対象と考えています。
1991年のオーマイゴッド粒子も、局所的空洞からやってきたのですか。
藤井:オーマイゴッド粒子は、局所的空洞ではありませんが、アマテラス粒子とは全く異なる方向からやって来たことはわかっています。ただし、詳細な発生源は未解明です。
最新の観測では、非常に高いエネルギーの宇宙線があらゆる方向から一様に地球に到来していることも判明しています。
重い原子核が磁場で大きく曲げられているためなのか、あるいは私たちがまだ認識できていない多数の加速天体が存在するのか、もしくはその両方なのか。解明すべき課題は山積しています。
天然の「粒子加速器」になり得る候補天体には、どのようなものがありますか。
藤井:ガンマ線バーストやブラックホールジェット、中性子星などが有力です。
ガンマ線バーストは宇宙で突発的に発生する強力なガンマ線の閃光で、宇宙最大の爆発現象とも言われます。その莫大なエネルギーで、宇宙線を100エクサ電子ボルトに加速できる可能性が考えられます。
ブラックホールジェットは、ブラックホールの周囲から細く絞られた形で光速に近い速度で噴き出す高エネルギー粒子流(プラズマ流)のことです。特に、M87という楕円銀河の中心に存在する超巨大ブラックホールの中心から噴き出すブラックホールジェットが、極高エネルギー宇宙線の発生源であっても不思議ではありません。
中性子星は、太陽質量の10~30倍程度の星の超新星爆発後に残る高密度の天体で、「宇宙最強の磁場」をもつと言われています。その強力な磁場により、100エクサ電子ボルト以上に宇宙線を加速できる候補天体とされています。
さらに、私たちがまだ確認できていない未知の物理現象……、これは新物理起源と呼ばれますが、この未知の物理現象が極高エネルギー宇宙線の発生源となっている可能性も提唱されています。
たとえば、超重ダークマター同士の衝突や対消滅。ダークマターは宇宙のエネルギーの約4分の1を占めるとされる仮説上の物質で、その一部が極高エネルギー宇宙線を生み出している可能性も否定できません。
さらに強力…「ヨタスケール」のエネルギーをもつ宇宙線の観測
2040年代の極高エネルギー宇宙線観測の構想として、「ヨタスケールのエネルギーをもつ宇宙線観測」を挙げていました。
藤井:「ヨタ」は10の24乗。アマテラス粒子やオーマイゴッド粒子のエネルギーは約100エクサ電子ボルト(10の20乗)オーダーであり、ヨタスケールはその1万倍です。私の夢のひとつが、この極高エネルギー宇宙線の観測です。
ただし、これほどのエネルギーをもつ宇宙線が地球に到来する頻度は非常に低く、地球の全表面に検出器を設置しても、私たちが生きている間に出会える可能性は極めて小さいでしょう。
それでも観測する意義は大きいのですか。
藤井:もし観測に成功すれば、宇宙初期に起きたインフレーションや、量子重力、大統一理論といった物理学の根幹に関わる現象の解明に、何らかの手がかりをもたらしてくれると期待しています。
どのようにして、ヨタスケールのエネルギーをもつ宇宙線を検出するのでしょうか。
藤井:国際宇宙ステーションには、宇宙から地球に向かう宇宙線の痕跡を観測する「Mini-EUSO(ミニユーゾ)」という望遠鏡が設置されており、「宇宙船から宇宙線を観測する」という新しいアプローチがすでに始まっています。
2025年現在、イーロン・マスク氏のSpaceXをはじめ、民間企業でも人工衛星を打ち上げられる時代になりました。そこで、私は、地球の大気全体を「検出器」として扱い、数千台の小型衛星を宇宙から地球に向けて配置し、宇宙線を捉えるという構想を描いています。
しかし、それでも検出頻度はおよそ100年に一度。地球では面積が小さすぎるのです。そこで私が考えているのが、木星での観測です。地球の約120倍の表面積を有する木星であれば、検出確率は飛躍的に上がります。約10万台の人工衛星を木星の大気上に展開し、木星に降り注ぐ宇宙線を網羅的に捉えようというのが、私の究極の夢です。
これが実現すれば、20年で1ヨタ電子ボルトオーダーの宇宙線の検出ができるかもしれません。
研究を支える3つの言葉
研究で大事にしていることについて、教えてください。
藤井:アインシュタインの言葉で「宇宙について最も理解しがたいのは、それが理解可能であることだ」というものがあります。
人類が知恵を結集して観測装置をつくると、宇宙の仕組みが少しずつ明らかになる。私はその過程に強く魅せられています。
また、京都大学の元総長・松本紘氏の「学問とは真実を巡る人間関係である」という言葉も大切にしています。アマテラス粒子の観測にしても、私一人の力では到底なしえなかった。世界中の研究者との協力があってこその成果です。人とのつながりを何より大切にしながら、研究を進めていきたいと考えています。
もうひとつ、心に刻んでいるのは原子核物理学者・荒勝文策氏の「流行を追う人ではなく、流行をつくる人になれ」という言葉です。私も、宇宙線の研究を次の時代へと導く流れを、自ら生み出していけるよう尽力していきたいと思っています。
研究を通じて実現したい夢や目標について教えてください。
藤井:宇宙線は宇宙そのものにとって重要な役割を担っていることが徐々に明らかになってきています。それでも、地球誕生や生命誕生と宇宙線の関係、そしてその発生源や加速機構など、わかっていないことがまだまだ山積しています。
実は宇宙線は、私たちにとって非常に身近な存在です。今この瞬間も、皆さんの頭上から降り注いでいます。
その魅力を一人でも多くの人に伝え、共に研究したいという人が現れてくれれば、これほど嬉しいことはありません。次世代の研究者育成にも力を入れ、将来的にはノーベル賞も視野に入れて、皆で力を合わせて取り組んでいきたいです。
(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)
【動画】藤井 俊博さん インタビュー最強の宇宙線を探せ 15年に一度の奇跡「アマテラス粒子」の発見は何を意味するのか Youtubeでみる
今回お話を聞いた方と、話題の著書
藤井 俊博(ふじい・としひろ)
1985年、奈良県生まれ。大阪市立大学大学院理学研究科後期博士課程修了。博士(理学)。大阪公立大学大学院理学研究科物理学専攻准教授・南部陽一郎物理学研究所兼任研究員。専門は極高エネルギー宇宙線の観測。「アマテラス粒子」の第一発見者。最高感度を誇る「テレスコープアレイ実験」(北半球)と「ピエール・オージェ観測所」(南半球)で共同研究を行い、次世代実験計画「GCOS」では、中心人物として新型宇宙線検出器の開発を主導している。
はるか宇宙の彼方から届く「謎の手紙」として、宇宙物理学者たちの好奇心を刺激し続けてきた「宇宙線」。その研究からは、さまざま科学的叡智が生み出されてきた。世界的な話題を呼んだ“最強クラスの宇宙線”「アマテラス粒子」を発見した宇宙物理学者が、宇宙線研究100年の軌跡とその最前線を伝える。