著者に聞く第14回・前編
2021年、米ユタ州で行われているテレスコープアレイ実験が、244エクサ電子ボルトという桁外れのエネルギーをもつ宇宙線を検出した。第一発見者は、藤井俊博氏(大阪公立大学大学院准教授、南部陽一郎物理学研究所兼任研究員)。
超激レア粒子検出の裏話から、宇宙の成り立ちに迫る研究の最前線まで、藤井氏に話を聞いた。
エクサ電子ボルト:電子ボルト(単位はeV)は、電子が持つエネルギーの量で、電子1個の電荷の絶対値をもつ荷電粒子が、真空中で1Vの電位差を抵抗なしに通過するときに得るエネルギー。エクサは、10の18乗倍。
今回お話を聞いた方と、話題の著書
藤井 俊博(ふじい・としひろ)
1985年、奈良県生まれ。大阪市立大学大学院理学研究科後期博士課程修了。博士(理学)。大阪公立大学大学院理学研究科物理学専攻准教授・南部陽一郎物理学研究所兼任研究員。専門は極高エネルギー宇宙線の観測。「アマテラス粒子」の第一発見者。最高感度を誇る「テレスコープアレイ実験」(北半球)と「ピエール・オージェ観測所」(南半球)で共同研究を行い、次世代実験計画「GCOS」では、中心人物として新型宇宙線検出器の開発を主導している。
*本記事で、インタビュー全編を収録した動画をご紹介します*
宇宙空間に存在する光エネルギーの粒子…そのなかでも「激レア」を発見
本書のタイトルは『宇宙線のひみつ』です。宇宙線とはどのようなものか、改めて教えてください。
藤井俊博氏(以下、藤井):宇宙線は、宇宙空間に存在する光エネルギーの粒子です。宇宙放射線とも言われることがあり、主には陽子などの小さな粒子から成り立っています。
その中でも、特に私たちは10の20乗電子ボルト(100エクサ電子ボルトオーダー)を超えるエネルギーをもつ「極高エネルギー宇宙線」に注目しています。
藤井先生は2021年に非常に高いエネルギーの宇宙線の観測に成功しました。これは、どの程度のエネルギーを持ち、どれほど珍しいものなのでしょうか。
藤井:エネルギーとしては244エクサ電子ボルト。1エクサは10の18乗ですので、2.44×10の20乗電子ボルトという途方もない数字です。蛍光灯のエネルギーが2~5電子ボルト程度なので、その粒子のエネルギーがいかに大きいか、おわかりいただけると思います。
珍しさという点で言うとまさに「超激レア」です。
米国のユタ州では、極高エネルギー宇宙線を観測するためのテレスコープアレイ実験が日本、米国、韓国、ベルギーなどの国際共同研究で2008年から運営されています。超激レア粒子の検出は、実験開始から13年目のことでした。
テレスコープアレイ実験の観測可能範囲はおおよそ700平方キロメートル。琵琶湖くらいの大きさに相当します。そこに偶然、2.44×10の20乗電子ボルトの宇宙線が到来しました。
琵琶湖相当の面積で13年に1回しか観測できないほど、「超激レア」な粒子。それが、2021年に観測された宇宙線です。
宇宙線の起源解明の道しるべとなりうる粒子
藤井先生は、その超激レア粒子を「アマテラス粒子」と命名しました。名前の由来について、教えてください。
藤井:2013年のノーベル物理学賞で知られるヒッグス粒子は「神の粒子」の異名をとります。1991年に検出された極高エネルギー宇宙線は「オーマイゴッド粒子」と呼ばれています。そこで私たちも、神にちなんだ名前をつけようと考えました。
今回の粒子は現地の明け方に検出されたことから、日本神話の太陽神「天照大神(アマテラス)」にちなんで「アマテラス粒子」と名付けました。
また、テレスコープアレイ実験は、2025年現在、観測範囲を約4倍の約3000平方キロメートルに広げる拡張計画が進行中です。すると、13年に一度しか検出できなかった極高エネルギー宇宙線が、単純計算で3年に1回程度検出できるようになります。
「アマテラス粒子」という名前には「宇宙線の起源解明の道しるべとなる存在であってほしい」という思いも込めました。今後、第2、第3の極高エネルギー宇宙線が検出された折には「ツクヨミ粒子」や「スサノヲ粒子」と名付けたいと考えています。
アマテラス粒子を発見したときの心境は?
藤井:最初は装置の不具合かと思いました。
3エクサ電子ボルトや10エクサ電子ボルトといった数字が並ぶ中に、突如、244エクサ電子ボルトという桁違いの数値が表示されたのです。
その後データを精査したところ、合計23台の検出器が約50平方キロメートルにわたって、ほぼ同時に高エネルギーの信号を検知していました。これほど広い範囲で検出されたということは、非常に高いエネルギーの宇宙線が到来したことの明確な証拠です。
複数の検出データを確認して、ようやく実感が湧いてきました。1週間ほどで解析データをまとめて学術論文を執筆し、発見から約2年後の2023年11月、ついに米科学誌『Science』で公表するに至りました。
「宇宙最強の粒子」は、宇宙の成り立ちに迫る手がかりとなるか
世界中の宇宙線研究者が「宇宙最強の粒子」を探し続けていると聞きました。
藤井:私たちの宇宙は、非常に熱い高エネルギーの「小さな火の玉」から始まったと考えられています。したがって、エネルギーの高い宇宙線を調べることで、宇宙の成り立ちに迫る新たな知見が得られるのではないか、と宇宙線研究者たちは期待しているのです。
また、これほど高いエネルギーの宇宙線が、どこでどのように加速され、地球まで到来できるのかという点も、未だによくわかっていません。
そうした謎の解明を目指し、世界中の研究者たちが日夜、極高エネルギー宇宙線の観測と解析に挑んでいます。
極高エネルギー宇宙線は、宇宙ができたばかりの頃、つまり原始宇宙からやってきた、ということでしょうか。
藤井:そうした宇宙線が存在する可能性はありますが、観測は極めて困難です。
私たちが観測している極高エネルギー宇宙線は、宇宙の138億年の歴史の中では比較的新しく、だいたい1.5億年前のものだと考えられています。ただし、エネルギー状態が高い粒子ほど、宇宙の始まりと似た極限的な環境を再現しているといえます。そういう意味で、極高エネルギー宇宙線の研究は宇宙の起源に迫る手がかりとなるのです。
宇宙の起源に迫る、というところで「宇宙マイクロ波背景放射」というキーワードが書籍に登場しました。
藤井:宇宙マイクロ波背景放射は、宇宙最古の光で、宇宙が誕生した直後のビッグバンの痕跡として、全宇宙に一様に存在する微弱な電磁波です。1965年に観測されました。
宇宙誕生から約38万年後、膨張と冷却によって温度が約3000K(約2700℃)まで下がり、電子と陽子が結合して中性水素ができました。この時期を「宇宙の晴れ上がり」と呼びます。
このとき、光は自由に宇宙を進めるようになり、当初3000Kあった光が宇宙の加速膨張によって現在は約2.7K(-270℃)まで冷え、全宇宙に一様に存在する微弱な放射として観測されています。
宇宙線のエネルギーに限界はあるか
GZK限界とは何でしょうか?
藤井:1963年に100エクサ電子ボルトオーダーの極高エネルギー宇宙線が観測され、2年後には宇宙マイクロ波背景放射の存在が確認されました。
この二つの発見を受けて、米国のケネス・グライセンとソ連のG・T・ザチェピン、V・A・クズミンが、「宇宙線のエネルギーには上限がある」という仮説を立てました。これがGZK限界です。
彼らは、極高エネルギー宇宙線が宇宙マイクロ波背景放射と衝突すると、パイ中間子が生成され、宇宙線のエネルギーが失われます。そのため、地球に届く宇宙線のエネルギーの上限は理論的に50エクサ電子ボルトである、と考えたのです。
さらに、この反応が起こるまでに極高エネルギー宇宙線が進める距離は1.5億光年。先ほどお話しした「私たちが観測可能な極高エネルギー宇宙線は約1.5億年前のもの」という根拠は、まさにここにあります。
GZK限界の存在を確かめるために、なぜエネルギーの大きい宇宙線の検出が必要になるのでしょうか。
藤井:一般的に、宇宙線の粒子フラックス(単位面積あたり・単位時間あたりの到来数)は、宇宙線のエネルギーが高くなるほど急激に減少します。この減少はエネルギースペクトルが「べき乗則」で表せることを意味します。
スペクトルの傾き(スペクトル指数)はペタ電子ボルト付近、エクサ電子ボルト以上で急に傾きが変わることが、これまでの観測データからわかっています。さらに、GZK限界と考えられる50エクサ電子ボルトを超えると、カットオフ(急激な減衰)があると予測されています。
50エクサ電子ボルトを超える宇宙線を数多く検出できれば、宇宙線のエネルギースペクトルが「べき乗則」からどの程度ずれるかを見極めることができます。つまり、GZK限界を実証するためには、より多くの極高エネルギー宇宙線を検出する必要があるのです。
GZK限界の存在は、何を意味するのか
GZK限界の存在は、何を意味するのでしょうか。
藤井:100エクサ電子ボルトという高いエネルギーをもつ粒子を、私たち人類は地球上で再現できていません。そのような非常に高いエネルギー状態で、特殊相対性理論が成り立っているか否か、物理学者たちは興味津々です。
古典力学で考えた場合、宇宙マイクロ波背景放射のエネルギーは非常に小さく、宇宙線との衝突で相互作用を起こすことは不可能に見えます。しかし、特殊相対性理論によるローレンツブースト(※)で、宇宙線の運動系から見ると、宇宙マイクロ波背景放射のエネルギーが大きくなるため、相互作用を起こせることがわかります。
※ローレンツブースト:特殊相対性理論において、異なる慣性系(動いている観測者どうし)の間で座標や時刻、運動量を変換する操作のこと。
GZK限界は特殊相対性理論に基づいて導かれた結果です。もし観測で、GZK限界を大きく超える宇宙線が頻繁に地球に届いていて、かつ、それが既知の物理では説明不可能であった場合、特殊相対性理論の破れを疑う必要があります。
◇
アマテラス粒子の検出により、宇宙の深淵に人類が少しだけ近づいたと言える。科学の最前線は、こうした小さな一歩の積み重ねだ。
インタビュー後編では、アマテラス粒子を超えるエネルギーをもつオーマイゴッド粒子の存在意義や、今後の極高エネルギー宇宙線観測の展望について、引き続き藤井氏に話を聞いた。
(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)
宇宙線のひみつ 「宇宙最強のエネルギー」の謎を追って
はるか宇宙の彼方から届く「謎の手紙」として、宇宙物理学者たちの好奇心を刺激し続けてきた「宇宙線」。その研究からは、さまざま科学的叡智が生み出されてきた。世界的な話題を呼んだ“最強クラスの宇宙線”「アマテラス粒子」を発見した宇宙物理学者が、宇宙線研究100年の軌跡とその最前線を伝える。