俳優、そしてダンサー兼振付師として、またシンガーソングライターなどさまざまな分野で活動をする坂口涼太郎さん。
彼は父親が40代後半、母親が20代後半のときに生まれ、一人っ子として親の愛を一身に浴び「やりたい」「見たい」「行きたい」を丸ごと叶えてもらいながら育った。どんな時期もどんな要望にも反対することなく、坂口さんを受け入れたご両親の下で育ったことは、彼の人格形成に深く関わっているのではないだろうか。好奇心と可能性に前向きであり続けたことが、多岐にわたる分野で活躍する現在へと繋がっているように感じられてならない。
坂口涼太郎(さかぐちりょうたろう)
1990年8月15日生まれ。兵庫県出身。特技はダンス、ピアノ弾き語り、英語、短歌。連続テレビ小説「おちょやん」「らんまん」(NHK)、映画「ちはやふる」シリーズ、映画「アンダーニンジャ」、ドラマ「罠の戦争」(カンテレ・フジテレビ系)、海外ドラマ「サニー」(Apple TV+)、など話題作に多数出演。他、「あさイチ」(NHK)では唯一無二のキャラクターで暴れ回り、「ソノリオの音楽隊」(NHK Eテレ)では主演兼振付師として活躍するかたわら、シンガーソングライターとしても活動。独創的なファッションやメイクも話題を呼ぶ。2025年8月6日、ウェブマガジン「mi-mollet」の連載をまとめた自身初のエッセイ『今日も、ちゃ舞台の上でおどる』が書籍化される。
webマガジン「ミモレ」の連載をまとめた初のエッセイ『今日も、ちゃ舞台の上でおどる』には、日常生活のなかで感じる喜びや苦悩、「あきらめ」を通じて得られる気づき、そして普通の日々のなかにあるそこはかとないおかしみがつづられる。読み終わったあと「よし、明日も頑張ろう」と思える、心に元気をもらえる一冊だ。
刊行を記念したインタビューの前編では「坂口涼太郎ができるまで」についてを伺った。祖母や両親にどのように愛されてきたのか。「自分らしさ」を大切にされることの大切さが伝わる。
インタビューの第2回は人生のプライオリティを聞く。
読んだ人が「なんか私も大丈夫かも」と思える本に
「これまで恥ずかしい失敗をたくさんしてきました」と笑う坂口さん。本書を通して、「こんなに失敗しても生きてる人がいるのだから大丈夫」というメッセージを伝えたいという。
「生まれてからずっと成功してる人なんてこの世に一人もいないと思いますが、実際のところ人が失敗してる姿はなかなか見られません。本にしても成功論を綴ったものはあっても、失敗談をまとめたものはないですもんね。
なので今回本を出すにあたっては、『こうすればこう成功します』じゃなく、『こんなに失敗しても生きてる人がいるんですよ。恥ずかしい失敗をいっぱいしてるのに、今日ものんびりちゃぶ台の前でお茶飲んでる人もいるんです。安心してください!』という、読んだ人が『なんか私も大丈夫かも』と思えるようなものにしたいと考えていました。
今、世間には効率やお得感を重視する『タイパ』『コスパ』という言葉が溢れています。そうやって自分が損をしないように行動できるのは素晴らしいことですが、ムダのプライオリティと言いますか、ムダこそが大切という部分が実はあるんじゃないかと私は思っていて。
私自身はむしろムダに生かされてきた、ムダなことからいろいろなことを得てきた人間です(笑)。ムダってすごくオシャレだし、やらなくていいことをやるのってすごく贅沢じゃないですか。技術が発達してAIみたいなものもできて、それに助けられて楽になるのは素晴らしいことだけれど、だからこそ逆にムダの価値が上がっていくと言いますか」
たとえば、自身初のエッセイ本『今日も、ちゃ舞台の上でおどる』には自身が入院したときのエピソードが綴られている。
私の病室には私を含めて四人の患者さんがいて、私は扉を開けて右奥にあるベッドにいて、ベッドの横には大きな窓があり、ずーっと空が見えていた。それがどれだけ心の支えになったかわからないほど私はずーっと空を見ていて、次第に短歌を思いつくようになり、入院している間じゅうずっと歌を詠んでいた。(中略)退院したのは七日後だった。 たったの七日間だったとは思えないほど、これが永遠なのかと思うほど、えーえんとくちから「永遠解く力を下さい」と唱え続けたくなるようなほど、永くて深い七日間だった。〜『今日も、ちゃ舞台の上でおどる』〜「永遠を解く力」より抜粋〜
「生歌や舞台でのお芝居などがいい例ですが、どれだけ科学や技術が発展していっても、生身の人間のプリミティブな部分の価値はなくならないはず。AIで作った完璧なものに、どれだけムダを込められるか。そここそが、人間が目にしたときに『面白い』と感じる部分なんじゃないかと私は思っています。そういう意味でこの本は、私流の『ムダのススメ』と言えるのかもしれないです」
読み手の方に心の中で語りかけるように
スマホで文章を書く人も多い昨今。坂口さんはどのように執筆をしているのだろう? また書くことへのこだわりは?
「原稿は、携帯できる折り畳み式キーボードで書いています。それをスマホにBluetoothで繋げて、スマホを横向きに立てかけてモニターとして使いながら執筆するんです。その後パソコンでページ全体を見て、調整して仕上げています。
Web連載だったため、もともとは横書きだったものが、こうして書籍になると縦書きになる。すごく面白いですし、開いてページをめくる感覚も新鮮です。
この本の一人称は『私』。自分の呼び方は普段からその時々で変わって、『俺』のときもあれば『僕』『うち』『お涼』のときもあります。文体を面白いと言ってくださる方もいますが、これは読み手の方に『今日こんなことがあってね~』と、心の中で語りかけるように書いているからかなと。『こういう文体で書こう』ではなく、おしゃべりしているように書いた結果こうなった感じですね。
高校に入るまで神戸で育ったので、ときどき関西弁が交じったりもします。あと短歌をやっていることもあって、言葉遊びと言いますか、語感や文字の見た目にこだわるのが好きで。同じ言葉でも漢字で書くのとひらがなで書くのとではニュアンスが変わってきますよね? 読んでいて目も耳も心も楽しい、ちょっと誰かに話したくなるー! そんなふうに読んでもらえたらいいなと思いながら書きました」
「子育てって大変なんだな」という気づきに
坂口さんが本書のなかで「読み始めて2ページ目でぼろ泣きした」と紹介している、川上未映子さんの『きみは赤ちゃん』。川上さんが妊娠・出産し、育児をする過程で起きた体の変化や葛藤などの経験を綴り、話題を呼んだエッセイだ。坂口さんはこの本を「全人類に読んでほしい」としながら、女性の生きづらさや子育ての大変さにも言及している。
「そもそも男性の体で生きていくのって、すごくイージーなんですよ。あくまでも私の場合はですが、体調の変化も女性に比べたら無いに等しいですし、社会の構造や制度、街や建物のつくりやルールも男性として生きているとほとんど引っかかるものがない。その事実に疑問を持たなければ気づかずに過ごしていけるくらい、本当にラクなんです。
今日担当してくれている女性のヘアメイクさんは私の幼馴染で、現在子育ての真っ最中。他にも女性の親友がいるのですが、彼女たちと話していると、この社会で女性として生きること、子育てすることがいかに大変か、あらためて考えさせられることが実に多いのです。
ベビーカーを押す友人と街を歩いていた際、『邪魔!』という顔をされたり、すれ違いざまに『チッ』と舌打ちされたりしたことがありました。私は『嘘やろ!?』と思わず絶句してしまったのですが、友人は『こんなん、まだましやで。この前はベビーカー蹴られたからな』と淡々としているんです。もう驚愕しました、子育て界隈はこんなことになっているのかと。
もしかしたら実際に子育てをしている方からは、『いや全然違いますよ』と言われるかもしれません。でも私は『わからないからこそ書いた』というのもあるんですね。子育ての知識がない私が『えっ、なんで!?』と感じたことを書くことで、誰かの『子育てって大変なんだな』といった気づきに繋がるかもしれない。そういうフックみたいなものになったらいいなと思って書かせてもらいました」
そんな率直な思いが、本書には綴られる。
私は女性の体ではないから、わからないから、そう思います。多めに考えて、多めに安否賛否の確認をしていきたいと思っています。それは女性に対してだけではなく、それぞれに違う体の人たち全員に対して同じで、自分とは違う身体、感覚、ジェンダー、性だからこそ、多めに考えすぎるぐらい考えて、労って、確認して、なにが必要なのか、なにが足りていないのか、自分とは違うから、わからへんからこそ、考えて考えて質問して、それからまたよく考えて、考えることをやめたらあかんのちゃうかと思います。『今日も、ちゃ舞台の上でおどる』〜「永遠を解く力」より抜粋〜
人生はトライ&エラー
家族をはじめ、仕事で出会った多くの人や友人から、たくさんの影響を受けて今の自分が形成されたという坂口さん。現在34歳。ここまでの人生は、トライ&エラーの連続だったと振り返る。
「生きていると、日々『この人、本当に素敵だな』と思える人に出会います。その際『私は全然アカンな』と落ち込むのではなく、ちょっとその人のエッセンスをいただいて、『明日からこういう言葉遣いをしてみよう』『ちゃんとありがとうって言おう』といったふうに、少しでもその人に近づく努力をすることが大事なのかなと思っています。
何を素敵だと思うかは人それぞれ違うので、自分なりにアンテナを張って自身の振る舞いとして1つダウンロードする。そしてときどきそれをアップデートしながら、トライ&エラーをしつつ学んでいく。生きるって、その繰り返しという気がします。
私は以前、ホスピタリティーを友人に押し付けすぎて、その人と音信不通になってしまったことがあります。そのとき、たとえ利他の気持ちで良かれと思ってしたことでも、度がすぎると相手を追い詰めることになるのだと学びました。人生って本当にトライ&エラーです。
皆さん毎日やることがたくさんあって、忙しくて、フラストレーションを抱えていらっしゃることと思います。この本を読んだら温泉で足湯に浸かっている気分になって、今日あったイヤなことをちょっとだけ忘れられる、かもしれない。そんな一冊になっていますので、よろしければ自分へのお中元としておうちに連れ帰って、ちゃぶ台の上にそっと置いていただけましたら幸いです」
ちゃ舞台の上で踊り、お茶をすすりながら今日も
落ち込むことがあった日や、何かにつまずいて塞ぎ込んでいるとき、世の中の輝きが眩しすぎて目を背けたくなることがあるかもしれない。坂口さんから紡ぎ出されたこのエッセイからは、ただひたすら「そうそう、あるよね。私なんてこんなことがあったんだから、大丈夫」と寄り添い、そして一緒に悩んでくれる、そんな友人のような温かさを感じる。
“クセメン俳優”坂口涼太郎さん。きっと今日も変わらずにムダを楽しみ、「悲ロ活」に勤しみ、自分とは違う人やことを理解しようと考えて考えて考えているはずだ。ちゃ舞台の上で踊ったり、お茶をすすったりしながら。
ヘアメイク/八木香保里
スタイリスト/東 正晃