外に出たいわけではないのに網戸を開ける
4歳になるメス猫むぎは、家族が寝静まったり、家族の姿が見えないと、各部屋の網戸を10cmくらいずつ開けて回る。家はマンションの高層階で外には出られない。お隣さんのベランダには行けないようストッパーをつけている。といっても、出たがる気配はない。
むぎは出たくもない窓を、わざわざ開けて回るのだ。
ちょっと涼しい日にエアコンを止め、網戸にして寝ると、むぎが開けた網戸から蚊が入って悩まされるので、止めさせられる方法があるなら、ぜひ知りたい。
東京大学、および大学院で獣医学を学び、在学中にカリフォルニア大学デービス校付属動物病院にて行動治療学の研究をされた高倉はるか先生がペットのお悩み相談に答える連載。
今回はFRaU web編集者が飼っている猫の行動について、先生にうかがった。
はるか先生のインタビューでお伝えする。
「網戸を開ける」ことが報酬に
知能を持つ動物は、新しく何かを習得することに喜びを感じるものです。むぎちゃんの場合、網戸を引っ搔いていたら、何かの拍子で網戸が動き、「あ、開いた!」と「開けられる」と学んだのでしょう。
網戸は「引っ掻くと開く」を知って、繰り返し開けようと試みた。するとまた「できた」。
「開くかな」「引っ掻く」「開いた」の一連は、むぎちゃんが自分の予測が正しいことを確認する作業。予想通りの結果が得られた(網戸が開いた)ことで、達成感という報酬が得られます。
達成感は脳にとっておいしいごちそうのようなものなので、繰り返すうちに、「網戸を見ると開ける」習慣が定着したのでしょう。
網戸が開くと困るかどうかは別にして、こうした学習は動物にとっていいことだと私は思っています。
たとえば、網戸を開けたら、家族の誰かが閉めに来る。これも「網戸を開けたら、家族が来た」という予想→結果→達成感になります。
自分が引っ掻くと「ほら、開いた」、網戸が開くと「ほら、誰か来た」。これら「予想通りの結果」は、むぎちゃんにとって、家族との安心できる心地よいコミュニケーションであり、遊びでもあり、一日中家で寝ている猫にとって、大切な仕事=やりがいになっているのです。
止めてほしい時は
でも「網戸開け」をやめさせたい。そんな時はどうしたらいいのでしょう。
怒ったり、怒鳴ったり罰を与えることに、まったく意味はありません。「怒る」すら、「飼い主が反応してくれた」という達成感につながることもあります。「自分が何かすると、飼い主さんが反応する」と学べば、かえって繰り返しやってみたくなることもあります。
一番いいのは「無視すること」なのですが、蚊が入って困るのであれば、無視はできませんね。
たとえば網戸にストッパーをつけたり、網戸の前に何かを置くかして、できなくしたらどうでしょう。重い荷物や本を置くのもいいかもしれません。いずれにせよ、物理的、環境的に対処するのが一番です。
最初はどうにかして開けようとするかもしれませんが、「開かない」とわかれば、無駄なことはやらなくなります。
家じゅうの窓を開けたがるワケは
でもなぜむぎちゃんは、家じゅうの網戸を開けるのでしょう。
私たち人間でも何かを習得すると、もうちょっと上のレベルにも挑戦してみたくなりませんか。むぎちゃんが家じゅうを回ってあちこちの網戸を開けるのも一緒です。ひとつの部屋の網戸を開けられるようになったので、「こっちの部屋もやってみよう」「出窓も開けてみよう」「反対側からも開けてみよう」とチャレンジしているのだと考えられます。
飼い猫にとって、家の中を回ることは「テリトリーの見回り」を兼ねています。そのため、あちこちの網戸を開けて回れば、より「お仕事達成感」を得やすいのかもしれません。
◇外に出る気もないのに網戸を開けて回ることに何の意味があるのかと思っていたが、猫にとっては学習であり、家族とのコミュニケーションだと聞いて、いっそう愛おしくなった。
小さな子どもが、道を歩いている時に段差があれば昇り、手すりや突起を見つければ触り、棒や落ち葉を拾い、水たまりには自ら入ったりするのも同じ理由なのだろう。
動物も人間の子どもも変わらないものだ。大人から見れば意味のない行動も、学習まっさかりの子どもや動物にとっては、大事な学びなのだ。
後編「『禁止にする』では足りない!動物行動学のプロが教える『テーブルに上がる』猫のしつけ方」では、同じくはるか先生に、高いところを見ると登ってしまう猫にテーブルから降りてもらう方法を教えてもらう。