『生命の起源を問う 地球生命の始まり』 第2章 07
2025年7月17日
ブルーバックスより『生命の起源を問う 地球生命の始まり』が上梓された。
本書は、科学に興味をもつ者にとって、永遠の問いの一つである、「生命とは何か」「生命の起源はどこにあるのか」の本質に迫る企画である。
著者は、東京科学大学の教授であり地球生命研究所の所長、関根康人氏。
土星の衛星タイタンの大気の起源、エンセラダスの地下海に生命が存在しうる環境があることを明らかにするなど、アストロバイオロジーの世界的な第一人者である。
46億年前の地球で何が起きたのか? 生命の本質的な定義とは何か? 生命が誕生する二つの可能性などを検証していきながら、著者の考える、生命誕生のシナリオを一つの「解」として提示する。
我々とは何か、生命とは何か、を考えさせられる一冊。
ブルーバックス・ウェブサイトにて
《プロローグ》から《第二章 地球システムの作り方》までを
集中連載にて特別公開。
*本記事は、『生命の起源を問う 地球生命の始まり』(ブルーバックス)を再構成・再編集してお送りします。
マグマ・オーシャン
溶岩がマグマから固まった年代は、溶岩に含まれる鉱物の放射性元素を調べると推定できる。この年代測定は、アポロ計画で持ち帰られた月の試料に対して、世界各地の研究室で行われた。
その結果、月の大部分を占める斜長岩が冷え固まった年代が、古いもので40億年前かそれ以前とわかったのである。太陽系ができ、地球ができたのがおよそ45億年前であることを考えれば、月は生まれながらにして高温のマグマの天体だったといっていい。
この最も古い斜長岩の月の石は、「ジェネシス・ロック」、すなわち「創世記の石」と名付けられた。
月が、その黎明期にマグマ・オーシャンで覆われていたことは、取りも直さず、地球もマグマの天体だったことを示唆する。地球と月は、太陽系の同じような場所に、同じような材料からできる、いわば住宅と倉庫の関係にあるため、その両者の形成の過程が、大きく異なっているということは考えにくい。地球がマグマ・オーシャンで覆われていれば、そのなかで金属鉄は沈んでコアを作り、表面には地殻が形成されていく。
当然、原始の大気もユーリーが想定していたものとは異なるだろう。高温のマグマの天体では、水素分子などからなる円盤のガスも熱すぎて容易には近づけない。高温のため、気体分子の運動が激しくなり、地球は円盤のガスを大気として保持することができにくくなるのである。
その場合、原始の大気は、マグマから火山ガスとして放出されたガスを主成分とするだろう。現在の地球上のマグマには、水蒸気や二酸化炭素が多く含まれ、水素分子やメタンはほとんどない。マグマ・オーシャンであった地球を覆っていた大気は、ユーリーの想定とはかけ離れた、二酸化炭素に富む大気であったのかもしれない。
月と同様に、地球も形成期にすでに「分化」していたのではないか。これらの事実は、どう当時の科学者に受け止められたのであろう。
最初は宇宙飛行士が着陸した地点が、偶然、地下のマグマがローカルに噴出した地点だったからだろうと多くの人は考えた。月の大部分は、常識のとおり、未分化に違いないと思われた。それほど、月の溶岩、斜長岩の地殻の存在は、当時の常識からかけ離れた事実だったのである。
その後、アポロ12号、14号、15号と異なる複数の着陸地点からサンプルが持ち帰られたが、もたらされたのは同じような結果であった。このような結果が続くにつれ、人々は徐々にこれまでの常識を疑いだした。しかし、それでも従来の常識、すなわち、未分化な月という考えもまだ尊重され、激しい議論が行われた。
月がマグマ・オーシャンになったという事実を尊重する人々は、新しい理論を熱望した。地球であれ、月であれ、天体の内部に熱を与え、マグマを作り「分化」させるのは、放射性元素の熱だと思われていた。しかし、この放射性元素は10億年かそれ以上の時間が経たなければ十分な加熱源にならない。
放射性元素でなければ、月を最初期にこれだけ大規模に融かすには、どのような加熱機構がありうるのであろうか。
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