日本全国で総数約900万戸にも及ぶとされる「空き家」。そのままにしておくと、物件の資産価値は下がるだけでなく、景観の悪化、防犯・防災上の問題、さらには近隣住民への深刻な影響を引き起こす。しかし、所有者によっては「なんとなく」という理由で処分が進まず、事態の悪化を招いているのが現状だ。
なぜ、空き家の処分はこれほど難しいのか? マネー現代編集部では「空き家問題」の解決に取り組む各社に取材した。本稿では空き家の処分の「賃貸」を担う、株式会社ジェクトワン アキサポ事業部 部長の白崎達也氏に話を聞いた。【シリーズ全5回の第2回】
総合不動産企業が「空き家事業」に参入したワケ
株式会社ジェクトワンはそもそも空き家事業を専門にしているわけではない、不動産開発を行う総合不動産企業だ。代表の大河幹男氏が以前マンションデベロッパーに勤務していたときの経験が、同社創業の出発点だという。
「マンションデベロッパーは土地を仕入れたら、どんな立地でもマンションを建ててしまいます。しかし、実際には様々な選択肢があって、事務所や商業ビルに適した場所もある。その場所にとって最適な建物があるなら、マンション以外の選択肢も考えて開発できるような、そんなデベロッパーを将来作りたいという思いが、大河にあったようです」
と白崎氏は説明する。
また既存のデベロッパーは、手間のかかる木造密集地などの敷地はあまり仕入れない傾向にある。
「木造密集地域というのは、消防車などが入り込みにくく、たとえば大震災の時に火災の心配があります。本来デベロッパーは、街の機能全体をアップデートしていくという役割を持っているので、そういった課題も解決していきたいと思いながら、このジェクトワンを創業したと言います」
くしくも2015年には「空家等対策の推進に関する特別措置法」(*)が制定され、物件の多様化を目指す同社の方向性が一致し、2016年に空き家事業を本格始動させることになった。
*通称:空家等対策特別措置法。倒壊の恐れがあったり衛生上有害だったりする、周辺の生活環境に著しい影響を与える空き家の行政代執行の規定が整備された。行政代執行に至るまではいくつかの段階を踏むが、その過程で「特定空き家」と認定されると、住宅用地の固定資産税の特例措置(軽減措置)が解除される
空き家「活用」サービスの3つのメリット
ジェクトワンの空き家解決サービス「アキサポ」には、空き家の「活用」と「買取」の主要サービスが2つある。
本稿では、「アキサポ」が空き家を借り受け、リノベーション費用を負担して工事を行い、一定期間転貸する「活用」サービスに焦点を当てて話を進めていく。
ジェクトワンの白崎氏は、アキサポの「活用」は、空き家所有者に3つのメリットを提供するという。
まずは、初期投資の負担軽減。
「空き家の所有者様から物件をお借りします。その建物に対して、我々の基本費用負担でリノベーションを行って、そこに住まわれる入居者さんを管理する。得た賃料収入の一部を所有者様にお戻ししています」
多くの空き家所有者は相続をきっかけにオーナーになるが、賃貸に出すためのリフォーム費用の用意が負担となっている。
「そのリノベーション費用を我々のほうで負担するので、所有者様は資金調達をする必要がないのが大きなメリットです」
2つ目は、管理の手間がかからないこと。
「我々の方でワンストップで管理まで行っていきますので、所有者様は何もする必要がなく、手間がかかりません」
3つ目は、将来的な資産価値の向上だ。
「所有者様と当社の間で基本、5年〜15年の定期借家契約を結びます。契約が終わったタイミングで建物を所有者様にお返ししますが、リノベーション済みのものが戻ってくるので、物件の資産価値が上がっている状態です」
5年〜15年の契約期間終了時には、所有者には売却やもう一度賃貸に出すなどの、複数の選択肢が用意されている。また入居者とも定期借家契約を結んでいるため、物件に入居者がついた状態で戻すことも、空室で戻すこともできる柔軟な対応が可能だ。
なお、「アキサポ」利用者の年代は幅広いが、40代~70代が中心で相続をきっかけに空き家を所有することが多いという。
気になる「空き家事業の収益性」
便利な「アキサポ」の活用サービスだが、現在、地理的な制約がある。
「当社の東京本社がある渋谷から大体90分圏内のエリア、1都3県の東京寄りの地域を対象としています。大阪にも拠点がありますが、同様に事務所から90分圏内としているので、京都、兵庫の一部までとなります」
制約の背景にあるのは収益性の問題だ。
「工事費は東京とその他の地方で比べると、東京のほうがやや高いのですが、それでも2割〜3割高い程度です。しかし、我々がリノベーション後の家を転貸入居者さんに貸す時の賃料は、地方と東京で3倍〜4倍の差があります。売上に大きな地域差があるため、活用サービスの事業構造を考えると都市部寄りのエリアでないと提供できないのが実情です」
ただし『買取』サービスついては全国対応しており、「活用」もエリアによって「たとえば規模が大きい場合や、観光ニーズが非常に強い場合など、個別のポテンシャルによっては取り組めることもあります」という。
デベロッパー事業と比較しての空き家事業の収益性について白崎氏に聞くと、意外な答えが返ってきた。
「利益率という観点で見ると、じつは後者の空き家事業の方が利益率は高いです。ただこの時間軸が非常に長いので、どちらが短期間で利益が出るかというと、間違いなく不動産開発の方になります」
それでも空き家事業を継続する理由について、こう続ける。
「空き家の事業は手がかかる部分も少なくないため、ある意味、デベロッパーの方が楽な部分もあります。ただ、ずっとそのコンフォートゾーンに収まっていると、我々の成長も限定的になってしまうかもしれません。かつ社会課題をいつまでも後回しにして見て見ぬ振りをしていてよいのか。デベロッパーは本来、そうあるべきではないという思いがあります」
地域に合わせたユニークなリノベーション
アキサポの「活用」サービス特徴の1つは、リノベーションへのこだわりだ。根底には「金太郎飴みたいな物作りはしない」という思いがある。
具体的な例をあげると、もともと長屋の1室だった物件をバーにしたり、60年にもわたって営業していたクリーニング店をシェアキッチンにしたりするなど、地域の特性に合わせて、画一的ではないリノベーションを行っている。
「例えば住宅以外の店舗としても使えそうな建物があれば、そのほうが我々も賃料収入が上がりますし、所有者様にお返しする賃料も上がるーー。そういうエリアや建物があったら調査をしてみます」
調査方法は極めて地道だ。
「その街の周辺を歩いて、人の流れがどうなっているか見たり、近所のお店の人に『どういうお客様が多いか』『どういう店舗があったらこの街がもっと活性化しそうか』などをヒアリング、需要を把握した上で企画をしていきます」
このような調査には相応のコストがかかり、全物件で行っているわけではない。
しかし、ユニークなリノベーションを手掛けることで「アキサポが面白いことやっているね」と評判になるメリットもあるという。
それでも処分が進まない3つの理由
アキサポの「活用」サービスを利用すれば、空き家の処分のハードルもだいぶ下がりそうだ。
ただ、仮にその存在を知っていても、実際にはそう簡単に処分には踏み切れないのかもしれない。ジェクトワンが今月公表したアンケート調査から、そんな空き家所有者の実態が浮かび上がる。
同社の調査では、“空き家活用”と聞いて思いつく対処法を質問したところ、「不動産会社に直接売却する」が約4割(40.1%)と最も多かった。以下、「住居用として賃貸する」(33.4%)、「自身や家族で維持・管理する」(25.1%)と続く。
しかし、1年以内に実際に行いたい対応としては、「維持・管理を行わず、そのままにする」が最多の33.3%。次いで「自身や家族で維持・管理する」(30.6%)という消極的な対応が目立つ。「不動産会社に直接売却する」にいたっては13.4%にとどまった。このように“思いつく対処法”と“実際の行動(予定)”との間には大きなギャップが存在している。
この調査も踏まえて、白崎氏は空き家の処分がなかなか進まない理由を3つ挙げる。
1. 金銭的に困っていない
「相続で引き継いだ場合に残されたものが多く、物置き代わりになっているために、そもそも空き家として認知していないというケースがあります。それでも固定資産税はかかりますが、たとえば年間10万円とか15万円とかでは痛い出費ではあっても即対応すべきほどの痛みではないと思う所有者様の場合、見て見ぬふりが続いてしまう」
2. 権利関係の複雑さ
「空き家に対して複数の権利者がいる場合では、複雑な権利関係をどうしていいかわからないというケースもあります」
3. 心理的な問題
「アキサポの活用サービスで相談を進めていた所有者様が、契約のタイミングで『ちなみに売ったらいくらですかね?』と聞かれることがあります。
これはとても人間らしいことで、本心では売却を考えていても、相続してすぐに売ることへの抵抗があるんだと思うんですよ。その家を購入した親に申し訳ないとか、売ることを親戚兄弟からどう見られるかとか」
空き家問題のプロでさえ決断は難しい
空き家の処分にまつわる心理的な問題への対応に、白崎氏は慎重な姿勢を示す。
「建物や不動産に関する問題については、様々な解決策があると考えています。しかし、心理的な側面については対応が難しく、無理に説得するのは適切ではないと思っています」
「アキサポの活用サービスのよい点は、心の問題を解消するための時間を確保できることです。通常、活用サービスをご利用いただく際は、お客様と約3か月間にわたって様々な相談をさせていただきます。その過程で心理的な問題が解消されることも多いと感じています。
密度の濃い打ち合わせを何度も重ねることで、親から相続した家のことを真剣に考えていただく機会を提供でき、それ自体が心理的な問題の解消につながっているのだと思います。これがアキサポの本質的な価値提供なのかもしれません」
一方で、空き家を放置することについては明確に警告する。
「そのような方々には、とにかく放置だけは避けてくださいとお伝えしています。放置は絶対にいけません。建物は継続的に劣化し、長期的な傾向を見ても、ほとんどの地域で空き家の資産価値は下がり続けています。問題の先送りは避け、最低限の管理は継続してください」
最後に、白崎氏自身も空き家所有者予備軍としての心情を明かした。
「私自身も、近い将来実家を相続する予定です。経済的合理性だけを考えれば即座に売却すべきだと考えていますが、おそらく実際にはそうしないでしょう。この仕事をしている私でも、すぐに不動産会社に売却依頼を出せるかというと、難しいと思います。
このように、心の整理に時間が必要なのはわかります。ただし、それがいつの間にか慢性化し、見て見ぬふりになってしまう危険性もある。仮に1年間といったように、自分なりの期限を決めておくことが重要だと思います」
たとえ空き家問題のプロであっても、合理的に決断を下せるとは限らないのが、空き家処分の難しさと言えよう。それでも自分なりの期限を切らないことには、なにも進まないのだ。
つづく記事〈【空き家問題】地方の空き家を再生!年収200万円から家が買える「買い取り再販」のすごい実態〉では、シリーズ第1回にも登場した株式会社カチタスの森川氏に、空き家の「売却」の実際やどのような障壁があるのかを聞く。