人は一人ひとりみんな違う。当たり前のことを忘れそうになったとき、気づきを与えてくれる表現者たち。多様な価値観や他にはない視点が社会を豊かにしてくれる。モデル、写真家、ラッパー、ライター、4人の表現を通して考える、多様性について。
今回は、パラアスリートからモデルに転身した一ノ瀬メイさんを紹介。障害者に対する偏見のある社会を変えるべく、新たなフィールドで表現を続ける。カメラを見つめる目に、言葉以上の力強さを感じた。
誰もが存在しているだけで価値がある
「その人の能力にかかわらず、周りが勝手に“できない”と思い込み、制限をかけてしまうことそのものが障害だと思うんです」と語るのは、9種目の日本記録を保持するパラリンピック競泳の日本代表として、華々しい実績を残してきた一ノ瀬メイさん。引退するまでの約15年のあいだ、過酷な競争の世界を泳ぎ続けてきた目的、それは、トップを勝ち取ることだけではない。「障害をつくりだすこの社会に声をあげる」ことだった。
「私は生まれつき右腕が短く、幼い頃は、それを理由に周りから“できない”と決めつけられるのが嫌で仕方がなかった。だから、誰よりも速く泳ぐことで、“できる”を証明したかったんです。
13歳で日本代表としてアジア大会に出場して以来、社会から制限をかけられることも減り、そのとき思ったんです。これからは私と同じように、悔しい思いや生きづらさを感じている人たちを守るために泳ぎたい。私がいい成績を出せば、たくさんのメディアが話を聞きにきてくれる。そうすれば、自分の声を社会に届けることができると」。
メイさんは9歳のとき、パラリンピック出場を目指し、地元のスイミングスクールの競泳コースに申し込んだが、障害者であることを理由に入会を断られたそうだ。「『障害』っていったい何だろう?」疑問を感じ続けていたメイさんの母は、幼いメイさんを連れて渡英。リーズ大学の障害学コースに留学した。
「そこで母から教わったのは、『障害をつくるのは社会、なくせるのも社会』という『障害の社会モデル』の概念でした。人と自分の体が違うことではなく、生きづらさを感じさせる社会そのものが障害であると分かったとき、私がこれまで抱えてきたモヤモヤが言語化されたようで、目の前の霧が晴れたような思いでした」
そして、障害学への理解を深めるにつれ、こう考えるようにもなった。
「障害をつくっている社会に関係するのは、当事者だけではない。例えば、日本語しか話せない人が海外に行くとコミュニケーションをとるうえではマイノリティになるし、男性中心の会社で働く女性や、もっというと、左利きの人だってそう。
マジョリティのことを考えられた社会の仕組みの中では、多少なりとも生きづらさ=障害を感じることがあるはずです。みんなが自身の中にあるそれに気づき、受け入れることができれば、相手にももっと寛容になれると思うんです」
そんなメイさんが、競泳の舞台を降りたのは24歳のとき。東京パラリンピック日本代表を惜しくも逃したタイミングだった。いくら努力しても、パラアスリートという枠を超えられないことにも疑問を感じ始めていた。
「私は、パラアスリートとして、健常者との垣根を超えていきたかった。なのに、パラリンピックは、障害があるからこそ出場できるもの。結局は、そのカテゴライズから抜け出せないことに違和感を抱くようになったんです」
学校とは違い、ひとたびパラリンピックの世界に飛び込めば、みんな何かが違う。引退して改めて自分の体が人と違うことを目の当たりにし、落ち込んだ時期もあったと振り返る。
「頭では分かっていたものの、みんな両手両足があることにショックを受けました。周囲の視線やさりげない一言に過敏に反応してしまったりも。そんな時はいつも、『この体でよかったことは?』と自分に問うようにしていました。この体じゃなかったらパラリンピック出場の夢も叶えられなかったし、その過程で積み上げた経験はもちろん、大切な人たちとの出会いもなかった。
マイノリティとして生まれたからこそ、人と違う視点を持ち、自分の思いを血の通った言葉で伝えられる。喜びも苦しみもたくさん経験してきたからこそ、いろんな人に寄り添える。そう思うたび、この体で生まれた自分を愛しく感じられました」
引退後は、スピーカーとして活動をしていたが、言葉を用いることなく、ただ一ノ瀬メイとして表現がしたいと思いはじめた頃、出会った手段がモデルだった。
「スピーカーは、表現の手段が言葉なので、視聴者に理解してもらうには、健常者、障害者という言葉を避けられません。けれどモデルは、ただそこに存在することが表現になる。そんなボーダーのない“曖昧な世界”を極めたいと思ったんです。逃げ隠れできない、すべてが結果に出るという点では、アスリートと同じ。けれど、制限のない表現の自由という側面においては、アスリートにもスピーカーにもない魅力を感じています」
会話の中で繰り返し出てきた「人は存在しているだけで価値がある」という言葉。それこそが、多様な社会をつくるとメイさんは言う。
「相手に対し、◯◯だからすごいという条件つきの考えではなく、相手の存在そのものに価値を見出せるかどうか。誰もがその優しい視点を持つことで社会は変わっていくと信じています」
一ノ瀬メイ(いちのせ・めい)
1歳半で水泳を始め、史上最年少13歳でアジア大会、19歳でリオデジャネイロパラリンピックに出場。2021年に現役引退。現在は、ウェルビーイング、サステナビリティ、D&Iを軸に、スピーカーやモデルとして活動。企業とのパートナーシップとしての取り組みやブランドアンバサダーなども務める。
ドレス 423500円、ピアス 74800円(ともにジル サンダー/ジルサンダージャパン 電話0120-998-519)
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Photo:Yuri Hanamori Styling:Lisa Sato(BE NATURAL) Hair & Make-Up:Conomi Kitahara(KiKi inc.) Text & Edit:Nana Omori
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