誰もが当たり前に身につけている下着。それは、時に自分を鼓舞するものであり、時に大切なパートナーとの関係を良好にする演出材料にもなっている。
しかし、時代とともに下着へのニーズはどうやら大きく変化しているようだ。とくに昨今の女性は華やかな「レース付き下着」を手放し、よりシンプルで快適な下着を好む傾向にある。
そこで今回は、女性の下着に対する意識の変化についてファッションスタイリストである筆者が解説していく。
高度経済成長期…下着は「バストメイク」が主流に
日本人のランジェリー着用率が本格的に高まったのは、洋装が一般化された戦後の1950年代からだ。以降70年代までに、現在のワイヤー型ブラジャーの原型が確立された。
そして迎えた1980年代。この時代は「ボディ・コンシャス」と呼ばれるファッショントレンドが一世を風靡し、いわゆるボン・キュ・ボンといったメリハリのあるボディラインを見せる風潮が強まった。
その流行に伴い、ランジェリー業界では「身体を保護する下着」という役割以外に「ボディを魅力的に見せる」というファッション性の高い下着が登場し始めた。胸の形やボリュームを整え、より美しく見せる「バストメイク」という概念もこの時代から台頭している。
高度経済成長期を経てバブルが到来し、女性の社会進出が謳われ始めたのもこのころだ。イケイケな若者が多く、経済的にも社会的にも、日本にとってポジティブシンキングな時代だった。
一般的に好景気になると、ファッションはより華やかできらびやかになっていく傾向が見られる。
それは女性の下着にも通ずるものがあり、80年代からは色鮮やかで大胆なレースデザインの下着や、前述のバストメイクを目的とした補正機能の高い下着が多く登場した。
女性たちはレース付き下着で自身のボディを美しく魅せ、バストを盛り、その強みを武器に男性社会の中で活躍していく。そこには男性にモテるためだけでなく、対等に向き合うための“勝負下着”という意味も含まれていたのかもしれない。
2000年代に新素材の開発が進み、機能性ブラが台頭
90年代はじめにバブルが崩壊すると、一転して不景気な時代に突入する。
バストメイクでボディを強調する文化が根強く残る一方で、それと同時に快適で着心地の良い下着も次々と登場した。これは、綿以上に安価で大量生産が可能な化学繊維の開発や、最新技術を使った機能性の高い下着の商品化に成功したことに起因している。不景気になると、消費者がファッションにおいて真っ先に節約するのは、人の目に晒されない下着類ということも大きかった。
こうして、低価格で買え、長く愛用できる耐久性があり、シンプルでどんな服にでも対応可能という、環境に配慮したエコロジカルな新素材の下着が注目されるようになっていったのだ。
市場を席巻したユニクロのブラトップ
今では多くの人にとって馴染み深い、ユニクロのカップ付きインナー「ブラトップ」も2008年に初登場している。
ひとたび身につけると、もうワイヤーブラには戻れないという快適さから、熱烈な支持を得ることになった。いかにかっちりとしたブラジャーを着けることが多くの女性にとってストレスであったか、思い知らされる。
この頃から、華やかなレース付き下着で女性らしさを主張するよりも、日常生活の負担にならないことを重視しはじめる人が増えていった。
リーマンショック以降、下着は“盛る”から“自然体”へ
経済状況が、消費者のファッションへのニーズに影響するというのは前述の通りだが、その影響はリーマンショック以降に大きく現れた。
先に述べたユニクロのブラトップはますます需要が高まり、他ブランドでもノンワイヤーブラの売り上げが伸び始めた。
より広く普及したのは、その後の東日本大震災などの相次ぐ天災や、新型コロナウィルスの拡大による巣ごもり需要で「自宅で楽に過ごせる下着」を選ぶ人が増えたのも大きいだろう。
実際、2021年には、ユニクロの「ワイヤレスブラ」の販売が急伸し、国内女性用下着市場でワコールを抑えてシェア首位に躍り出ている。
豪華なレースはおばさんっぽい?
こうした背景もあって、私たち女性はバストメイクに励み、自身のボディの美しさを見せつけること自体に、あまり価値を感じなくなったのかもしれない。
それよりも、使いやすくて体を締め付けないもの、どんな服にも合わせられて余計なストレスがかからないという、本来の「身体を守るシンプルな機能」を求めはじめている。
その点、レース付き下着は、薄手のシャツの上から刺繡や網目が響いてしまうという理由から、あまり向かない。かつて若い女性が「おばさんくさい」と敬遠していたモールドカップブラも、いまや20代が当たり前に着用するようになった。
むしろ、いかにも強い香水の香りが漂ってきそうな、ゴージャスなレースがあしらわれたインポートデザインの下着を「おばさんくさい」と感じる若者も増えている。
華やかなレースやデザインで長年人気を得ていたワコールの「パルファージュ」「ラゼ」「ルジェ」といったブランドが、2024年にリブランディングのため終了したのも、こうした経緯があったからだろう。
気づけば、この20年で下着に対する意識や、求めるデザインへの趣向は全体的にガラッと変化したのだ。
その大きな要因は、経済不況と快適な機能性インナーの登場によるものだが、実はもう一つ、ジェンダー観の変化も大きく影響していると推察する。
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【つづきを読む】『《モテるための下着》はもういらない…令和に「レースの下着」が売れなくなってしまった「決定的な理由」』