2025年4月、トランプ大統領が追加関税率を公表したことで、株式市場は大荒れとなりました。その前の3月後半から日経平均株価は下落を始め、そして4月7日には3万1,000円台へ。2025年6月末の時点では4万円台へと反騰していますが、そもそもなぜ「トランプ相場」とも呼ばれる下落が起きたのでしょうか。今振り返ってみて、あの時の相場をどう分析するのか、なかのアセットマネジメント代表の中野晴啓さんにお聞きしました。
なぜあれほどの下落相場になったのか?
3月下旬から4月7日までを見ると、日経平均株価の下落幅は約7,000円ですから、大きな下げと言ってもいいでしょう。最大の要因は、株式市場の追加関税の予想を超えた数字をトランプ大統領が出してきたからです。「こんなにすごい関税をかけるの? 嘘でしょ?」という想定外の厳しい内容だったので、市場参加者は早く売却して損失を最小限にしたいと一斉に「売り」に走りました。
でもこれはいつものことで、みんなが売っているから自分も売るというような条件反射です。今回は想定外の追加関税率だったので、これは市場の混乱が避けられない参加者が一様に感じて売りが売りを呼ぶ展開になったわけです。あの時点ではきちんと内容の整理ができておらず、とにかく「大変なことになる」という漠然とした不安が市場全体を支配して暴落につながりました。株式市場の特性の1つは、想定外のことが発生すると瞬発的に「売り」へと反応することです。そのため大きな暴落を引き起こします。
2024年8月の日経平均株価暴落との違いは?
2024年8月にも日経平均株価は暴落しています。これと今回の暴落は、株式市場が予想していなかったことが起きたという点では共通しています。昨年の場合は日銀の利上げでした。あのタイミングで日銀が利上げをするとは思っていなかったので、まさに驚きの発表だったために株式市場が過剰反応して、売りが売りを呼んだ形となりました。
8月の下落に関しては、翌営業日には大きく戻しています。これは、冷静に判断すれば利上げといってもたったの0.25%だし……実体経済への影響は限定的だろうとの市場コンセンサスが緩やかに形成されてすぐに値を戻したということです。
トランプ相場でも下落の後に回復
3月下旬からの下落時には、世界各国に対して次はどのような要求を突き付けてくるのかという不確実性が市場の価格変動を大きくしていました。公表した追加関税率が実際に履行されるとすれば、実体経済は甚大な逆風を受けることになるからです。
ところがマーケットのネガティブな反応の大きさにトランプ政権も動揺したことから、関税実施の90日間猶予が示されて「トランプ政権は朝令暮改で過剰に反応する必要もない」というムードが高まりました。そして、株式市場に「関税交渉は長期化するし実行可能性も疑わしいのではないか」という信ぴょう性への疑問も生まれ、当面の安心感も手伝って、6月末には日経平均株価は4万円台に急反発しています。
米国が築きあげてきた秩序を、米国自身が壊すことに
トランプ相場で株式市場が大きく動いたことは明らかですが、実はもっと大きなことが起きようとしています。世界は第二次大戦後、米国が覇権を握る構造を確立させたことで様々な利権を享受してきたはずですが、それを米国自身が放棄しようかという、歴史的な局面を迎える流れに変化しています。
米国経済の強さも、そこを基盤として世界をリードしてきたが故に、マネーの流れも米国に集中し、それがリターンを実現してきました。しかしながら、資産運用の前提もこれまでとは異なる世界観で再考すべき時でありましょう。不可逆的に瓦解に向かうとすれば、米国一辺倒ではない、更には米国抜きで再構築される国際秩序が改めて構築されるでしょう。その中で、マネーフローも米国からのシフトを考慮する必要があり、その向かう先の筆頭が欧州だと考えられます。そして既にそうした流れが生じています。
米国経済は確かにに世界主要国の中で最も企業収益性が高く、マグニフィセント・セブンと呼ばれる巨大IT企業群がそれを先導する形で米株式市場をけん引してきました。これまで米国株ひとり勝ちともいえるリターンを実現する中で、投資マネーを集めてきたのです。その一方で欧州は米国に次ぐ経済圏と金融市場がありながら、実体経済の相対的な弱さから、欧州株式市場は安く放置されてきたわけです。それは日本も同様で、米国株式市場の価格水準に対して日欧の株式市場は割安でした。加えて、ここからの米国経済が関税の影響で落ち込んで行く可能性、そして何よりも米国自体の国家ガバナンスの不確実性をリスクとして相応な規模で投資マネーが米国から流出するとすれば、その受け皿として想定されるのが欧州市場であり、日本でもありましょう。
米国のNATO脱退が欧州を強くする
そして忘れてはいけないのはNATOの存在です。これまで米国中心で動いていましたが、トランプ大統領は脱退するという発言もしています。現在は脱退していませんが、現実味を帯びてきたり、実際に脱退となったりすれば大きな出来事に違いありません。米国の軍事費、軍事力がなくなるとすれば、NATOの抑止力は劇的な変化が避けられません。
もし米国抜きのNATOになると仮定すれば、とりわけ対ロシアの軍事リスクが欧州にとっては大きく高まることになるでしょう。それは逆説的に言えば、欧州の防衛はこれまでNATOという防波堤に米国が多大なコミットをしてきたことによって、米国依存でちゃっかりと機能させることができたということです。しかし、今般のトランプ政権のどう喝によって、欧州自身が自衛意識に目覚めて、ロシアリスクを対岸の火事でなく自分事として認識することになったと言えましょう。リーダー格のドイツが、財政拡張政策に大転換すると共に軍事支増大を享受しました。とうとうEUとしての加盟国がGDP比5%への軍事関連費を決議したことからも、欧州が米国抜きの域内秩序作りへと動き始めたことは間違いありません。そして欧州の自助自立に向けた動きは域内の財政拡張方針を受けて内需を喚起することとなり、景気回復のドライバーとなって、欧州株式市場には追い風となるかもしれません。
トランプ大統領は、追加関税をやめるとは一言も言っていない
日本の株式市場だけを見ると、日経平均株価が4万円台を回復するなど最高値圏に値を戻していますが、全てが解決したわけではありません。トランプ大統領は、追加関税をやめるとは一言も言っていないからです。今は追加関税を「いったん」停止にしているだけ。鉄と鉄鋼とアルミニウムは50%の関税が実行され、世界一律の10%の追加関税もあります。それに対して各国が交渉をしていくわけですが、今のところ中国、日本、欧州といった大きな貿易相手国との交渉は続いたままです。
そして、追加関税のために経済活動への影響はさけられません。既に関税が高いレベルで実施されているか否かによらず、それ以前に追加関税の可能性がある限り、企業活動における貿易コストの増大はあまねく阻害要因です。従って対米貿易にこだわるよりも、米国以外の市場を各国と相互に協力して拡大し、米国に依存しないサプライチェーンやバリューチェーンを構築しようとの流れが生じてくることも必然なのです。
他方、米国内を見れば、関税コストが価格転嫁されることになると、インフレ率が再び上昇に転ずる可能性が高くなります。既にピークアウトをむかえているであろう米国景気は減速局面での高インフレ、即ちスタグフレーションという困難に直面するリスクも否定できないのです。
米国経済が弱くなると日本やヨーロッパにも影響が?
米国の金融市場が米景気悪化を織り込んで調整局面に入ることになれば、その影響は世界のマーケットに及びます。これまで米国一極集中とも言える投資マネーの流入が米国株式の割高を正当化してきましたが、米国発の不況となればそれまでのお金の流れは変化せざるを得なくなります。割高にある米国への投資を回収して、相対的に割安な地域に資金配分をシフトしていくわけです。その対象となる市場として欧州と日本が挙げられましょう。
そしてこの流れは不可逆的なものになるかもしれません。米国は国際秩序の中心的役割、基軸通貨国としての大きな役割を果たしてきましたが、トランプ大統領の政策はそれらの役割と恩恵を自ら放棄することです。その結果米国に対する信頼度が一気になくなってしまえば、米国一強という世界経済の構造が転換し、金融市場の資金フローも大きな転機となるわけです。
日本ではオルカンやS&P500がいまだに人気ですが、トレンドは大きく変わっていくことになるのかもしれません。この2つの投資信託が大人気の日本は、結果的にババを引かされることになりかねません。個人投資家は歴史的大転換機が起きている、しかも何十年に一度の大きな変化が始まっていることを意識すべき時なのです。
一方でトランプ大統領が何を言い出そうが、実体経済では別次元で毎日が営まれています。人はご飯を食べますし、電気や水を使います。必要なものがあれば買うのです。しかもこれは日本だけではなく世界中で当然のように起きること。今世界ではヒエラルキーの大転換が起きていますが、それと実体経済は分けて考えなければなりません。我々がちゃんと見るべきことは、一般生活者の日常です。世界経済や日本経済がなくなることはないという事実は、絶対に忘れてはいけないことであり、長期投資とは人間の営みの集積である実体経済活動に資金を投じることなのです。