半世紀以上の歴史をもち、「変革のための総合誌」がキャッチコピーだという季刊の総合雑誌がある。情況出版株式会社が刊行する『情況』だ。
創刊当初は、全共闘運動や左翼運動と強く結びついた思想誌として知られ、同紙を“最左派”の雑誌と見る向きもあった。2022年には、日本赤軍の元最高幹部で出所直後の重信房子への独占インタビューを掲載し、若かりし頃の重信の顔を模したイラストを表紙に採用したこともある。
その雑誌が、NHK党党首・立花孝志氏を表紙に起用し、1万字にわたる独占インタビューを刊行した(2025年5月29日発売号)。
立花氏は、毀誉褒貶のある人物として知られる。昨年の兵庫県知事選では、自ら立候補しつつも当選を目指さず、他の候補者を応援するというトリッキーな行動に注目が集まった。真偽不明の情報を駆使し、敵とみなした人の住所をSNSで晒し、誹謗中傷を交えて激しく攻撃したことでも批判を浴びている。今夏の参院選にも出馬し、落選している。
立花氏を起用した『情況』は、販売するやたちまち話題になり、SNSでは激しい非難の声も飛び交う炎上状態となった。立花氏を表紙に据えて、世に何を投げかけようとしたのか。編集長の塩野谷恭輔氏にその真意を聞いた。(取材協力:茂木響平・ライター、Barミズサー経営)
どういう方針で雑誌をつくるか
――塩野谷さんは、2023年に編集長の座を引き継いだそうですが、そもそも『情況』とはどのような雑誌なのでしょうか。
1968年8月1日に新左翼活動家の一人として知られる古賀暹氏が創刊しました。現在は離島で暮らす古賀さん曰く、当時一緒にいた仲間を何とか食べさせるために考えた事業の一つが『情況』だったそうです。
『情況』はかつて左翼雑誌と見られていましたが、「党派性から独立した雑誌」を一貫して目指していたようです。少なくとも、特定の政治党派の機関誌だったことはありません。現在は左翼誌ではありませんが、私の個人的なスタンスとしても、できる限り党派性にとらわれず、自由にものを考える場にしたいと思っています。
――塩野谷さんが編集長になってから、立花氏を表紙に起用した号ではニューウェイヴ政党特集、昨年はトランスジェンダー特集と時代を反映したものになっているように見受けられます。どんな編集方針で作っているのでしょうか。
「人々が気になっているけど、まだ言葉にできていないざわめき」を言語化して、そこにある衝突をそのまま特集すること、そのようにして時代そのものを考え直す装置を作りたいと思ってやっています。
――『情況』を「伝統のある左翼雑誌」と見る向きもあるように思います。最新号へ寄せられた批判の中には「伝統ある左翼雑誌が、なぜ立花を」といった趣旨のものも見られました。
『情況』は第4期(2018年)まで、レーニンに関する論文など、左翼、もとい共産主義に近い思想も扱う雑誌でした。ただ、その結果、情況出版の経営がかなり傾いてしまったようです。
第4期に対する猛烈な反省があり、私が執筆陣として関わってからは扱う内容も大きく変えました。ですから、紙面構成が急旋回したというのは事実でしょう。“左翼雑誌ではなくなった”と判断していただいてかまいません。
とはいえ、「変革のための総合誌」というスタンスは健在です。ラディカルな雑誌である点も変わっていません。ここで言う「ラディカル」は“過激な左派やリベラル”という意味ではなく、語源であるラテン語で“根”を意味する言葉「ラディクス」に近い意味です。
つまり右や左といった党派性に囚われることなく、「いかに根源的にものを考えるか」にこだわって雑誌を作っているという自負があります。執筆陣にも常にこの思いは共有しています。
立花氏を起用したワケ
――雑誌の表紙に立花氏を起用されたことには、どのような狙いがあったのですか。
『情況』は、なにがしかの”爆発”を起こさないと書店に配本しつづけてもらえないおそれがあり、発売を告知する時点で話題になることが必要です。多くの人に読まれるために考えたことの一つが、表紙の変更でした。
週刊誌のように、表紙に執筆陣の名前や記事タイトル、インタビューに答えた人の顔写真を載せて、一目で雑誌の中身がわかるようにした方がよいという議論があったのです。
特集でニューウェイヴ政党を扱うので、その代表的な政党であるNHK党の党首・立花さんに出てもらおうと考え、表紙に起用しました。立花さんを全面に打ち出してもよかったのですが、立花孝志の特集ではありませんから、新技術やニューメディアを象徴するような画像と立花さんを並べました。
――5月25日のXへの投稿は瞬く間に広がりました(7月15日時点で80万インプレッション)。かなり早くから話題にはなっていました。
炎上させようとは全く意図していませんでしたから、本当に驚いたというのが率直なところです。
――「立花氏を表紙に取り上げることは、立花氏の戦略に加担する、立花氏を推すことになるのではないか」といった批判もありました。
どんな意見をもった人を取り上げても、何かしらに加担せざるを得ない。加担したのが悪いというだけでは批判にはならないと思います。ところで、「立花氏のような人間を表紙にするのは許しがたい悪だ」という批判がありました。
大変驚きました。「傷ついている人がいる」と言って大騒ぎをする人たちが、一方では、立花さんの人格否定は平気でするわけですから。怒る人がいる背景には、紙の雑誌には権威があると今でも思われていることがあるようにも感じました。
――「秩序への挑戦者」と題し、10ページを割いて立花氏のインタビューを掲載しています。政治家としての立花氏をどう見ていますか。
政治家としては、どちらかといえば評価しているというスタンスです。一般的なメディアのイメージでは色物と見られる部分がある。さまざまな議論があることも承知しています。
ただ、兵庫県知事選を経て、功罪はありつつも立花さんが極めて大きな影響力をもつに至ったことには学ぶべき点がある。だからこそ、立花さんが何を考えているか、20年後、30年後に日本で何をしたいのか、ちゃんと聞きたい。そう思ってインタビューをお願いしました。
あくまで売れる雑誌を目指す
――塩野谷さんは、今年で編集長になって3年目だそうですが、毎号で扱うテーマや表紙など、雑誌全体の方向性はどのように決めているのですか。
1年ごとに大きな方向性を定めて『情況』を作っています。編集長になって1年目は「身近な話題を掘り下げる」ことがテーマでした。しかし、これはうまくいきませんでした。
どんなに良いことを載せても、読者に届かなければ意味がありません。あくまでも『情況』は商業誌です。売れる雑誌であることが前提です。
ですから、2年目はアップデートを図るべく世の中ではまだ決着がついていないテーマ、取り上げること自体が衝突を招くようなスキャンダラスなテーマを取り上げ、徹底的に自由に議論ができる場を作ろうというスタンスに決めました。
だからこそ、ほかのメディアからは追い出されてしまったような方にも、積極的に寄稿いただくようにしています。
出版界を見ると、右も左も読者層が固定化しているきらいがあります。こうした傾向は政治、社会のありようからも見て取れます。分断という月並みな言葉はあまり使いたくありませんが、世の中に分断があるのは事実です。そして、市場規模も小さくなってきている。自分と違う意見を受け入れる気のない方だけを相手に雑誌を作るのは、商売としても言論としても間違っている。
雑誌全体としてはライトなファン層に向けて、しかしコアなファン層である知識人向けの記事も忘れずに掲載したいと思っています。
『情況』の読者はどんな人?
――現在の『情況』のライトな読者層とはどういった人たちなのでしょうか。
この3号くらいで見えてきた新しい支持層は、税金や手取りの問題など自身の生活の利害に対する関心から出発して、もう少し大きな枠組みで政治や文化について考えを深めたいと思っている20代後半から40代くらいの人たち。
X(旧Twitter)に感想を挙げている方は、都市部で働く30代、40代の中堅サラリーマンや自営業者の方、中小企業の経営者の方が多いようです。こうした支持層を大事にしていきたい。
――「毎年テーマを掲げている」とのことですが、今年のテーマは何でしょうか。
直近の2号では「戦後80年」がテーマでした。戦後80年が経ち、これまで培われてきた秩序、社会の仕組み、それらに付随する倫理が崩れ始めている。そして、崩れたものの中から新しいものが出てこようとしている。
『情況』では、それを肯定的にとらえ、変革の兆しをつかみたいと考えています。最新号ではニューウェイヴ政党を取り上げたわけですが、『情況』もあわよくばニューウェイヴになりたい。めちゃくちゃ古いメディアではありますが。
――世論を引き付けるには、ウェブメディアの方が効果的ではないでしょうか。あえて紙の雑誌で特集記事を組んで世に問う、その意義をどう考えておられますか。
「紙の雑誌は別枠である」という発想は権威主義的で、私自身は意味がないと思っています。一方で、権威があると思われているのなら、それを活かすべきでしょう。
紙媒体の良さの一つは、消せないことです。ウェブメディアでは、企業がつぶれたりサーバーが使えなくなったり、裁判所命令が下ったりすれば、コンテンツが消えてしまいます。
紙媒体の場合、仮に回収命令が出たとしても、発刊されたものをすべて回収することはできません。言論の自由という観点では、紙媒体で出すことに意味がある。だからこそ、言論は紙の雑誌で残したいのです。
【つづきを読む】『立花孝志を起用した雑誌『情況』の編集長は、東大を出たエリート! 訴訟リスクも恐れずに突き進む理由とは?』