「共依存」で悲劇が起きることも…
2025年6月末、2022年11月に起きた仙台でのバラバラ事件の公判があった。兄弟のように仲良くしていた男性を、その友人と恋人とで残虐な殺し方をしたという衝撃的な事件だ。この公判で話題になったのが、被告人ふたりと、そして被害者と被告の男性が「共依存」の関係にあったということだった。
共依存とは何か。キャリア10年以上、3000件以上の調査実績がある私立探偵・山村佳子さんは言う。
「共依存は親子関係でも夫婦でも職場でも起こり得ます。“自分がいないと相手が困るようにする”ことで自分の存在意義を感じるパターンが多いので、親子だと子どもの自立を妨げたり、子どもが親の問題を抱え込んで追いつめられたりという事例もあります。夫婦では束縛や自己犠牲が常態化するケースもありますね。依存的に相手に尽くして、尽くされる側もそれに依存してしまうと、心身ともに疲弊してしまうこともあります。相手に去られることを恐れて相手の言うとおりにしてしまい、この事件のような残虐なことが起こることもありえます」
山村さんはメンタル心理アドバイザー、夫婦カウンセラーの資格を持つ。「探偵への依頼は、依存が原因となり、困難な状態に追い込まれているものも多いです。相手の状態を判断し行政や医療につなげたり、傷ついた心のサポートが必要です。そこで心理を学びました」と言う。
山村さんは「困っている人を救える人になりたい」と昔から考えていたという。学生時代は警察官を希望していたが、当時は身長制限があり、受験資格はなかった。一般企業に勤務するが、目の前の人を助けたいという思いは強く、探偵の修行に入る。調査に入る前に、依頼者が抱えている困難やその背景を詳しく聞く。そのためには心理をきちんと学び、カウンセラーの資格が必要だと感じたのだという。山村さんは相談から調査後に至るまで、依頼人が安心して生活し、救われるようにサポートをしている。
これまで「探偵が見た家族の肖像」として山村さんが調査した家族のことをお伝えしてきたが、前回からスタートした新連載「探偵はカウンセラー」は、山村さんが心のケアをどのようにして行ったのかも含め、さまざまな事例から、多くの人が抱える困難や悩みをあぶりだしていく。個人が特定されないように配慮をしながら、家族、そして個人の心のあり方が、多くの人のヒントとなる事例を紹介していく。
今回はある「共依存」のカップルの事例を見てみよう。山村さんのところに相談に来たのは40歳の会社員・正雄さん(仮名)だ。彼は、2年前に離婚した妻と現在も暮らしている。「ちょっと変わった関係で、なかなか理解されないのですが、元妻の恋人について調べてほしいんです」と言うのだ。
山村佳子(やまむら・よしこ)私立探偵、夫婦カウンセラー。JADP認定メンタル心理アドバイザー、JADP認定夫婦カウンセラー。神奈川県横浜市で生まれ育つ。フェリス女学院大学在学中から、探偵の仕事を開始。卒業後は化粧品メーカーなどに勤務。2013年に5年間の修行を経て、リッツ横浜探偵社を設立。豊富な調査とカウンセリング経験を持つ探偵として注目を集める。テレビやweb連載など様々なメディアで活躍している。
留学先で出会う
正雄さんから連絡があったのは、土曜日の午前中でした。「だいぶ迷ったのですが、相談したいことがありまして、思い切って電話しました」とおっしゃいます。電話の向こうの声は緊張で震えている。「実は近くにいるのです」とおっしゃるので、30分後に会うことにしました。
カウンセリングルームに来た正雄さんは、清潔感がある知的な男性でした。背が高く、筋肉質で優しい声をしている。サラサラのヘアスタイルに、黒縁メガネをかけており、欲望の気配がない。どこか僧侶のような趣がある方でした。
「あの、相談というのは、元妻のことなのです。元妻と言っても、今一緒に暮らしています。当然、男女の関係はなく、ただの同居人なのですが」
2人の関係を聞くと、出会いは17年前のことでした。正雄さんが大学卒業後、1年間の語学留学をしていたアメリカの専門学校で妻と出会ったそうです。
「僕は理系の大学を出たばかり。大学院に進む前に英語をモノにしたいと思い、かなりの覚悟で留学しました。かじりつくように英語に取り組み、トップのクラスで勉強していたのです。
2歳年下の妻は地方の資産家の娘で、何年もアメリカで暮らしているようでした。現地に友達も多く、遊び半分という雰囲気が漂っていた。彼女は会話程度ならそつなくこなせていた。彼女の周囲は華やかで“住む世界が違う人だ”と思いながら横目で見ていました」
そんな2人も、数少ない日本人同士、1年間かけて距離は近くなりました。ランチをしたり、映画を観に行ったこともありましたが、男女の中にはなりませんでした。
帰国する直前に酔った彼女が部屋に来て…
そして、正雄さんが1年の留学生活を終え、帰国する直前のこと。かなり酔った彼女が、正雄さんが住んでいたアパートに入ってきたのです。
「その日、たまたまルームメイトがいなかったのです。夜中だし、女性が一人だと危ないので、ひとまずソファに案内しました。すぐに彼女は眠ってしまったのですが、とにかくすごい酒のにおいで、こちらが気持ち悪くなるほど。僕がベッドにいると、寂しいと入ってきて。拒否しようとすると泣き出して、抱きついてくる。仕方がないから、朝まで腕枕をして、頭を撫でていました」
男女の関係はなく、猫を撫でているような感覚だったと言います。
「翌朝、日本じゃないので、ここまで飲むのは危ないと言ったら、“私なんて死んでも誰も困らない”と泣く。僕は両親が犯罪に巻き込まれた被害者の支援活動をしていたこともあり、命の大切さを心の底から感じている。まるで自死の道に進むように酒を飲む彼女が心配でたまりませんでした」
また、彼女は不特定多数の男性と性交渉を行っていました。寂しくなると、男性のところについて行き、人肌を求めていたそうです。
そんな彼女に正雄さんは、「あなたのことを大切に思う人がいる。命を軽く扱ってはいけない」と諭したそうです。妻はきょとんとした顔をしていたそうです。
「とにかく、僕は泣きながら、“あなたは大切な存在だ”と言い続けたら、“日本に帰ったら会おうよ”となり、メールアドレスを交換。僕は東京、妻は九州という友達関係が始まったのです」
誕生日プレゼントは毎年「現金」
帰国後、正雄さんは大学院には進学せず、大手の化学関連メーカーに就職。多忙な毎日が始まり、時々会うような関係を続けてきました。
「日本に帰ってきてからも、彼女は家業の役員手当をもらって、仕事もせずに暮らしていました。ダンスや英語、ヨガのレッスンに行っているようでしたが、いつでもヒマという状態。仕事をした方がいいと言うと、絶対に無理だと。毎日同じ職場に通うことはできないし、バカだから仕事を覚えられないと言っていました。彼女は、優秀な兄と姉がおり、“バカ”とか“できそこない”と言われて育ったことを話してくれました」
両親は多忙で、彼女は半ばネグレクトされるように育ったそうです。正雄さんが衝撃的だったのは、彼女がもらっていた誕生日プレゼントが現金だったこと。
「小学生の頃からクリスマスと誕生日に現金をもらっていたんです。彼女のことを思ってプレゼントを選んだり、何が欲しいかを尋ねたり、一緒に買い物に行ったりという人がいない環境に切なくなって、同情する気持ちもあり、彼女の誕生日を祝いに九州まで行ったんです」
それが正雄さん30歳、彼女が28歳のときでした。そして2人は男女の仲になります。
「それまで僕には交際した女性が数人いたのですが、ここまで僕を必要としてくれる人はいなかった。そこで、僕は親の反対を押し切って結婚しました。彼女の両親からは、ものすごく感謝されました」
愛犬の死で平和な結婚生活が…
専業主婦として、料理や家事もこなし、しばらくは平和な結婚生活が続いていました。
「最初の5年はよかったんです。地元を離れた東京での生活は合っていたみたいで、結婚生活を妻は楽しんでいました。友達もすぐにできて、ダンスやヨガの教室に以前と変わらず通い始めましたしね。小型犬も飼って、5年くらいは落ち着いていたんです。ただ、愛犬が死んでしまった後が問題でした」
妻はペットロスになり、家事を放棄し、酒量が増えていったそうです。深酒しては「私が死ねばよかった」と泣く。正雄さんが「別の犬を飼えばいい」というと、「あの子の代わりはいない。そんなこと言うなんて信じられない」と暴力を振るったとか。
これまでの正雄さんの話を聞いても、妻が愛情をかけられずに育ったことで愛着障害になっているであろうことは想像ができました。愛するペットを失うことは、心身共に健康な人でも向き合うことが難しく、とてもつらいこと。妻にとって愛犬は、平穏で幸せな結婚生活の象徴でもあったことでしょう。「別の犬を飼えばいい」という言葉は正雄さんが良かれと思って言ったことでしょうが、ともに愛していたのではないのかと大きなショックを受けた可能性があります。
束縛と暴力が相次ぎ…
それから3年間の結婚生活は波瀾万丈だったそうです。正雄さん行動の束縛、不安になって泣き出す、会社の前で待ち伏せをするなどです。正雄さんの行動が気に入らないと、家出して男性の家にいたこともあったそうです。
「“出ていけ!”と言うから、僕が出て行こうとすると“愛しているの”と追いかけてくる。落ち着いている時はいいのですが、暴れると手がつけられない。夫婦関係もそこから全くなくなりました。妻から迫られても、あんな迫力で怒られたら、欲情もできないです。それに、追及はしませんでしたが、彼女が明らかに浮気をしていましたしね。あるとき、彼女を拒否したことがあったんです。その時に逆上され離婚を迫ってきた。“もういいや”と思って、届けを出したのが2年前です」
すぐに実家に帰るのかと思ったら、家にいるのだと言います。
「家も僕が祖父から譲られたもので、都内の一戸建てなのでプライバシーは確保できます。彼女の実家から家賃として、毎月20万円が振り込まれていることもあり、離婚しても出ていってほしいとは言いにくく、その前に、彼女がいなくなると僕自身も寂しい」
彼女の恋人を調べてほしい
元妻は、離婚してからも何人かの恋人ができましたが、短期で別れます。ところが最近、行きつけのバーで知り合った男性と、すぐに結婚する勢いで交際しているとのこと。「今度、紹介する」と言ってきたそうです。
「彼女は、昔から依存しがちな性格で、寂しくなるとアルコールに依存してしまう。アメリカ時代はおそらく薬物もやっていたと思います。そんな状態で選んだ男性が大丈夫なのか、信頼できる人なのか、調べていただきたいのです。相手が信頼できる人だと分かったら、彼女を送り出し、幸せになってもらいたい」
正雄さん自身は、彼女との10年間の生活に疲れ切っている。また、お互いに依存し合う共依存の関係にあることも自覚していました。
「別れた方が、お互いのためになると思ってもきっぱり別れられない。この泥沼から抜けたい。彼女を実家に送り返すと、彼女は傷ついて自死しかねない。今の相手を見極めて、彼女に幸せになってもらいたいんです」
救いなのは、正雄さんに冷静な視点があり、こうして第三者にヘルプを求めに来たことです。妻も自分が愛されている実感を得ずに育ったことが、さまざまな依存に走る原因であることが想像されます。自己肯定感を育むことがいかに大切なことかも感じさせられます。疲労困憊の正雄さんも、依存しなければ立っていられない妻も幸せにできたらと思いながら調査に入りました。
◇厚生労働省がまとめた「依存症とは?」というページには、「依存症の問題は誰かが困ることです」として以下のように続けている。
「依存症のことを考えるときに大事なのは、そのことによって本人や家族が苦痛を感じているのかどうか、生活に困りごとが生じているのかどうか ということです。本人や家族が苦しんでいるのであれば、それは改善が必要な状態ですので、依存症に関する正しい知識を身に付け、適切な対応をとっていくことが必要といえます」
正雄さんは明らかに困っているし、元妻もそうだろう。少なくともふたりとも誰かの助けを必要としているのだ。
では調査の結果から、二人は健やかに進めるのだろうか。後編「妻からの依存に疲れて離婚した40歳男性が「元妻の恋人」の身元を調べてわかったこと」にて詳しくお伝えする。