2024年秋に放送され、大きな話題を呼んだTBS系金曜ドラマ『ライオンの隠れ家』。俳優陣の高い演技力が注目された中で、特に反響が大きかったのが、自閉スペクトラム症の青年・美路人(みちと/通称:みっくん)を演じた坂東龍汰さんの存在だ。表情の細かな変化や繊細な仕草まで、ひとつひとつが丁寧に表現されており、本当に“みっくん”としての人生を歩んでいるように見えた。
そのみっくんが作中で描く数々の絵を手がけていたのが、福岡に住む画家・太田宏介さん。彼もまた、みっくんと同じく自閉症スペクトラム症の特性のあるアーティストだ。
宏介さんの兄・太田信介さんの視点で、障がいのある弟の兄として、何を感じ、どのように歩んできたのかをエピソードとともにお伝えするこの連載。第1回前編【自閉スペクトラム症の弟の絵がドラマ『ライオンの隠れ家』に。「TBSと申します」と電話を受けた日の話】では、TBSから絵の依頼が舞い込んだときのエピソードについて紹介した。後編では、ドラマ放送前にアトリエを訪れた坂東龍汰さんとの出会い、そしてそのとき信介さんが驚いた、坂東さんの意外な一面について綴る。
坂東龍汰さんがアトリエに
お電話いただいてから数カ月後の2024年6月、TBSのプロデューサー、監督そしてみっくん役の坂東龍汰さんが、太宰府のアトリエにいらっしゃいました。この時点ではすでに松本さんから企画書をもらってプレゼンを聞き、最終話までの台本も届いていました。
松本さんのプレゼンを聞いたとき、このドラマで「障がいのある家族の想いを世の中に啓蒙をしたいんだな」と私は感じました。私も障がいのある家族として、カミングアウトや親なき後で幼少期から悩むことが多かったので、数百万人が見るドラマで取り扱うことになる事は、とても社会的意義があると感じましたし、嬉しい気持ちになりました。
一方で懸念点もありました。障がいのある役を演じる方が大げさに演じすぎたり、家族や視聴者から「障がい者の人権を侵害してる」と思われると、ドラマの評価が下がってしまう可能性もあると思ったからです。しかし、結果はご存じの通り。自閉症スペクトラム症の役を演じた坂東さんの演技は素晴らしく、そういう悲観的な声は全くありませんでした。
素晴らしい演技を見せてくれた坂東さんは、その前に私たちがいる太宰府を訪れてくださり、宏介がアトリエで描いていた2時間、ほとんどしゃべらず、ずっと宏介を近くで見ていました。太宰府に来られた時は、坂東さんは既に私が懸念していたようなプレッシャーを感じていたのではないかなと思います。でも、根掘り葉掘り聞くのではなく、とにかく見ていらした。宏介を理解しようとしてくださっているのだなと感じましたし、だからこそあれほどのリアルな姿を演じられたのだと思います。
坂東龍汰さんが言った忘れられない言葉
皆さまが東京に帰る前に、福岡空港でお食事する機会がありました。その中で、坂東さんがお話した忘れられない言葉があります。
坂東さんは、福岡から成田を経由してパリに行く予定になっていました。パリコレクション参加の為です。成田から13時間のフライトでマネージャーと2人で行かれるとのことでした。俳優さんはビジネスクラス、マネージャーさんはエコノミークラスです。坂東さんは、「途中でマネージャーさんと席を変わり、マネージャーさんに5,6時間寝てもらう」とサラッと私の隣で言ってました。私は「自分が26~27歳の時には、こんな気づかい出来なかったな」と思いました。本当に優しい人だと感じ、すぐファンになってしまいました。
こうして『ライオンの隠れ家』が本当にスタートしたのです。
初めて「ライオンの隠れ家」を見た時
宏介は実家で母と暮らしており、私の自宅は実家から車で30分ぐらい離れたところにあります。第1話の放送は、珍しく太宰府の実家で、宏介と2人で見ました。私にはあらかじめTBSからドラマの台本が届いていたので、内容はある程度わかっているつもりでした。しかし正直なところ台本だけではドラマ全体のイメージがつかめず、映像を見て初めて「台本がこういう形になるんだ」と驚きました。
第1話から宏介の作品がたくさん出てきました。宏介はドラマが始まるとテレビを見ているのですが、スマホ触ったり、あくびをしたりしていて、特にビックリした様子はありませんでした。後から母から聞くと、宏介は暇な時に録画した『ライオンの隠れ家』を1人で何回も見ていたそうです。きっと嬉しかったのだと思います。
今回このドラマに携わる事になったことは、自分にとってもなかなかできない貴重な経験だったと思います。プロデューサーさん・監督さん・俳優さん・スタッフさんなどと接する事で、このドラマに対する並々ならぬ情熱・熱意・拘り・責任感を強く感じていました。だからこそ、実際に放送を見たときは本当に感動しました。
第1話を見て、今まで以上に「このドラマが成功するように」心底願うようになりました。