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混迷するボーダレスの時代に基準値の進化は止まらない!
『世界は基準値でできている 未知のリスクにどう向き合うか』、
2014年に出版され大反響を読んだ名著『基準値のからくり』、待望の続編!!
*本記事は、『世界は基準値でできている 未知のリスクにどう向き合うか』(ブルーバックス、2025年刊行)を再構成・再編集してお送りします。
【18℃】暑さと寒さはどっちが危険か
2024年の夏は、全国153の気象台などのうち80地点で、平均気温が歴代1位の高温を記録した。いまや「異常気象」はすっかり夏の風物詩となってしまったが、みなさんは夏の暑さと冬の寒さ、どちらが危険と感じられているだろうか。
多くの人は、熱中症などを心配して暑いほうの基準に注目するが、寒いほうの基準にはあまり注目されていないのではないだろうか。
2018年に公表されたWHOのガイドラインは、室内温度が下がると高血圧や循環器疾患のリスクが高まるため、冬の室温を「18℃以上」にするよう勧告した。子どもと高齢者は、さらに室温を暖かくしたほうがよいようだ。
これにともない、日本の建築物環境衛生管理基準も、室温の基準がそれまでの「17~28℃」から「18~28℃」に更新され、2022年度から施行された。
厚生労働省の人口動態調査によると、2023年の冬(1月、2月、12月)の死者数は月平均14.9万人であり、それ以外(3月~11月)の月平均12・5万人よりも高い。寒いときは月2万人多く死ぬことになる。
同じ調査による月別・死因別の死亡率をみると、「インフルエンザ」「不慮の溺死及び溺水」「煙・火及び火炎への曝露」「不慮の窒息」「その他の虚血性心疾患」「急性心筋梗塞」「喘息」などは、冬になると死亡率が大きく上昇する。溺死は夏に多そうなイメージがあるが、実際には冬場の風呂でのヒートショックによるものが多い。室内を温める重要性は、こうしたデータによって示されている。
このように、暑いほうが危険なイメージがあるが、実際には寒いほうがはるかに危険なのだ。
ただ、冬にリスクが上昇するこれらの死因では、寒さはあくまで間接的な理由であり、熱中症のように暑さが直接的な死因となっているわけではないじゃないか、と思われる方も多いだろう。
そこで、暑さが直接死につながる熱中症と、寒さが直接死につながる低体温症の死者数も比較してみると、両者の死者数は同程度で、低体温症の死者数のほうが多い年もあるのだ(図)。
夏に熱中症で人が亡くなるとニュースになりやすいが、冬の低体温症も同じくらいの人が亡くなっているのにあまりニュースでは見かけない。「暑さのほうが危険」と感じやすいのはそうしたニュースの偏りも原因なのかもしれない。
非常時に如実に現れる寒さの脅威
ところで、KBS瀬戸内海放送のニュースによると、2014年から2019年にかけて全国約2200軒の戸建て住宅の冬(11月~3月)の室温を調べた結果を都道府県別に整理すると、リビングの平均室温が18℃を超えたのはわずか4道県で、ほとんどの県が18℃を下回っていたとのことだ。
最も室温が高いのは北海道の平均19.8℃で、逆に最も低いのは香川県の平均13.1℃だった。寒い地域は家の断熱・暖房がしっかりしており、暖かい地域は逆なのだそうだ。筆者も北海道出身だが、たしかに北海道は暖房をガンガン使用して寒さを我慢しない人が多い。これに慣れてしまうと、関東の室内の寒さは逆に我慢ができない。
このニュースで調査を担当した慶應義塾大学教授の伊香賀俊治らは、人口動態調査をもとに都道府県別に、冬季に死亡者がどれだけ増加するか、その割合をまとめている。
増加率がもっとも低いのは北海道で10%、室温が最も低い香川県は21%で、都道府県の中で9番目に高くなっていた。やはり室温の低さと死者数の増加は関係がありそうだ。
この調査で面白いのは、局所暖房(こたつのこと)を使用している場合は、使用しない場合よりもリビングの温度が平均で1.5℃低いという結果が出ていることだ。
たしかに、北海道の家では部屋全体を温めるので、こたつをあまり見かけない。つまり、こたつの使用が冬の死亡リスクを上昇させることになるのかもしれないのだ。
また、2024年元旦に震度7の揺れが襲いかかった能登半島地震では、多くの人が体育館やビニールハウスなどでの避難生活をしいられた。このような状況で懸念されるのが、寒さを原因とする災害関連死である。
2004年の新潟県中越地震や2016年の熊本地震の際には、地震による家屋倒壊などの直接死よりも、地震後の避難生活での体調悪化などによる災害関連死のほうが多かったのだ。
死因としては、肺炎などの呼吸器系疾患や、心不全などの循環器系疾患が6割ほどを占めており、どちらも寒さでリスクが増加する。本稿の執筆時点(2025年)で、能登半島地震では298人の災害関連死が認定され、直接死の228人を超えている。さらに、これ以外にも申請が出されているため今後も増加する可能性がある。
今後の大災害における災害関連死を防ぐという意味でも、低い室温の危険性はもっと周知されてよいのではないだろうか。